ゲイ術手帖其の壱拾壱

「孤島の鬼」(江戸川乱歩・春陽堂文庫)


 世に推理小説は数あれど、わたしは江戸川乱歩と横溝正史が一等好きです。他をあまり知らないということもありますが、ホームズやポワロよりも、明智小五郎、金田一耕助なのです。日本的な怨念、復讐といった大げさなテーマのもと繰り広げられる、猟奇的で奇怪な殺人劇は、後発の追随を許さない完成されたエンターテインメント世界です。

 さて、『孤島の鬼』は江戸川乱歩の傑作中編小説です。主人公の青年蓑浦は、同じ会社に勤める女性と恋に落ち、結婚を誓いますが、彼女は何者かによって殺害されてしまいます。そして間もなく第2、第3の奇怪な殺人事件が……。孤島にたたずむ古城、洞窟の迷路、不具者製造など、乱歩らしい要素がふんだんにつまっており、推理小説としてももちろん楽しめますが、これは仮にもゲイ術手帖、あくまでもゲイ術的観点から鑑賞しなければなりません。

 そこで、主人公蓑浦に思いを寄せ、共に事件を究明する美貌の医学生、諸戸道雄の登場となります。美貌の医学生、という肩書きだけで既にそそりますが、彼が女性を全く愛せない(どころか嫌悪すら感じる)という真性のホモと来ているのですからたまりません。対する蓑浦は全くのストレートなので、諸戸の思いを知りつつも、あくまで友人として接します。しかし諸戸の思慕は強く、蓑浦の婚約者に熱心な求婚活動を始めてしまう始末。また、事件のクライマックスで、諸戸と蓑浦が洞窟の迷路に閉じ込められる場面でも、死を覚悟した諸戸は「この期に及んで羞恥も礼儀もない」と開き直り(笑)、蓑浦に再び求愛します。見苦しいと云えば見苦しいのですけど、頭脳明晰な美男子がすべてをかなぐり捨てて愛を乞う様はかえってエロティックです。ちなみにわたしの中では、諸戸氏のイメージは高畠華宵の描く、切れ長の目をした大正ロマンあふれる美青年です。

 物語の始めあたりで、諸戸が蓑浦に初めて愛を告白する下りは、これが探偵小説の一場面かと目を疑うほど美しく官能的です。二人してしたたかに酔い彼らの下宿に帰って来るところから、以下は引用です。(注:蓑浦はつまずいて寝床の上に転がっています)

諸戸はわたしのわきに突っ立って、じっとわたしの顔を見おろしていたが、ぶっきらぼうに、
「きみは美しい」
といった。そのせつな、非常に妙なことをいうようだけれど、わたしは女性に化して、そこに立っている、酔いのために上気はしていたけれど、それゆえにいっそう魅力を加えたこの美貌の青年は、わたしの夫であるという異様な観念がわたしの頭をかすめて通り過ぎたのである。
諸戸はそこにひさまづいて、だらしなく投げ出されたわたしの右手をとらえていった。
「あつい手だね」
わたしも同時に火のような相手の手のひらを感じた。

 このあと間もなく蓑浦に拒否された諸戸は「軽蔑しないでくれ。僕は異人種なのだ」と泣いて訴えます(つくづくゲイの恋愛って切ないよなあ)。いやー、餌付きそうなくらい濃厚ですね。セックスシーンなどよりよっぽどエロい。 実際のセックスなんてアメーバと童貞以外はみんなやっているのですから、やはり人間たるもの、セックス如きでエロスを満足させてはなりません。そこに至るまでの心理の綾にこそ、官能は潜んでいるのではないでしょうか? さらに云うなら、ストイシズムにこそエロスは宿る。それはさておき、一説によると乱歩もまた同性愛者だったそうで、さすがに餅は餅屋(?)、本物が書くと凄みがあります。


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