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++旅先恋愛その鉢〜野ぎくちゃんと、旅先の王子様(後編)〜++


そして、旅先でもう会うことはなく、舞台は日本に移る。

最後の再会からは、ずいぶん時間が経過していた。
旅の間、どうやら向こうは向こうでいろいろとあったようだし、わたしにも乏しいながら心ときめく出会いもあったりはした。
でも、わたしにとってその人は、ずっと心のアイドルであり、心の支えであり続けていた。旅先で苦しい時、一人が寂しくなる時、その人も今、一人世界のどこかを歩いているのだ、と思えば頑張れた。
しかし逆に、その人からのメールの頻度が落ちたり、そっけない内容だったりすると、どうしようもないと分かりつつ、凹んだ。そういう時は、せっかく素敵な景色を見ても、心が曇ってしまうせいで感動が薄れてしまう。今思えばとても勿体ない。

その人は、東京に住んでいた。
帰国後のわたしは大阪の実家にいて、ご存知のようにしょーもないニートだった。
彼はそんなわたしとは好対照に、ちゃんと社会復帰し、旅人とは思えないほど(笑)しっかり働いていた。

ニートの時に、2回再会していた。
最初の東京行きの前、わたしが東京で就職活動したい旨をメールでほのめかすと、何と「よかったら家で居候してくれてもいいですよ」という、信じられない申し出があった。今にしてみれば、あれは実は、わたしの妄想が作り上げたメールなのだろーか…と、まるで白昼夢を見たかのような気持ちになることすらあるくらいだ。
しかし、わたしは「そんな、片思いの人の家で居候なんて、恐ろしくて出来ない(( ;゚Д゚))ブルブル」と思い、丁重にお断りした。ありがたく甘えていれば、今はどうなっていただろうか…と、今でもたまに思う(空しいif)。
まあ結局居候はしなかったものの、ある時はお台場にご飯を食べに行って、何故か2ショットの写真まで撮り、デートっぽい雰囲気を醸し出していたこともあった。

それでも。
それでもやっぱり、何かが起こることはなかった。
人気の少ないお台場、クリスマスにはまだ早いけれど、東京タワーとレインボーブリッジが一緒に見えるそのシチュエーションなら、その気になれば彼の手を掴むことだって、出来たのかも知れない。
でも、所詮ニートの身分で王子様にご飯をおごってもらっている自分が情けなくて、自ら何かを起こす気にもなれなかった。いつもなら、スキあらば何か起こそうと身構えるのだが…。
今のわたしは、彼にまったくつりあっていない。旅していた頃は、お互い旅人同士で、わたしもそこそこ旅の経験値があったから、対等に渡り合えていたのに…。この、日本の現実の中では、わたしの旅人としての輝き(?)など、何と取るに足らないものだろうか。
…なんて、今にして思えば、そういう話でもなかったんだろうけど。

わたしが、東京での就職にこだわった理由は、無論、出版社で勤めたいという1点には違いない。しかし、多分2割くらいは、王子様にいつでも会える場所で暮らしたいという願望だったと思う。
そして、きちんと就職して上京できたら、その時はちゃんと自分の気持ちを話そうと決めた。
が、晴れて就職&上京が決まってからも、わたしは半年以上もずるずると、何らアクションを起こせないままだった。
彼もだがわたしも死ぬほど忙しく、慣れない日本社会での激務(笑)に精神がボロ雑巾のようになっていたため、恋愛に心のスペースを割けなかった。仕事も恋愛も何もかもうまくいかない状態は、本当につらかった。
彼とはたまに飲みに行くこともあったが、ほとんどは旅の思い出や共通の趣味のことなど、他愛ない話題に終始していた。

それが、秋になって少し仕事が落ち着き、精神的な余裕が少し生まれた。
仕事の波風は治まった(ま、その後すぐに津波が来たけどね)、そうしたら後は恋愛にケリをつける番だと思った。現に、いちばん煮詰まっていた頃に行った占いでは、「仕事も恋愛も停滞している」と云われたし…。

その頃のわたしはもう、彼と上手くいくとは思っていなかった。何度飲みに行っても、寄せては返す波のように、距離がはっきりと縮まることはなかったから。
わたしが彼を何とも思っていなければ、ただの友達として、もっとざっくばらんに話ができ、自分をもっと素直に表現できたかも知れないけれど、惚れた弱みのせいで、わたしはいつももどかしい思いで彼に接していた。
ただ、すべてが曖昧なままでは、また要らぬ期待を抱き、そこから抜け出せないに決まっている。実りがないのに畑を耕し続けるほどバカバカしいことはない。

わたしは、ついに、というかやっと、思い切って彼を呼び出すことにした。
それも、「久々に飲みませんか?」みたいないつものノリではなく、「ご相談がありまして」と、なにやら意味深な誘い方である(笑)。後に、彼が本当に「相談事」だと思っていたことが判明するのであるが…。
ちなみにこの頃、会社の2人の同僚と恋愛話になった時に、「告白しようと思ってて…」と話したら、予想外に盛り上がってくれ、1週間前くらいから毎日、挨拶代わりに「あと○日!」「何着ていくか決めたか?」などと、まるで祭りのような騒ぎだった。この1週間は、仕事も比較的ゆるく、同僚たちの冷やかし半分な励ましもあって、本当に楽しかった。
彼女らは当日、上司まで巻き込んで、いい感じの店も探してくれた。そして、これまでの最高記録と云っていいほど、早く帰らせてもらった。

某所で待ち合わせた彼は、いつもの飲みと変わらない感じで気軽にやって来た。自分が本日企んでいることを思うと、わたしは何だかちょっと申し訳ない気持ちになったが、その日も彼は王子様然としていて(わたしにとってはね)、満員電車で図らずも彼の背中にくっついていると、甘い気持ちが沸沸としてくるのを抑えられなかった。
上司まで巻き込んで探した店で、楽しく談笑しながら食事をしていると、ついうっかり今日の目的を忘れそうになった。
その空気はいつまで経っても変わらず、某駅のホームでいよいよ分かれようとする段になっても、わたしは何も云えないままだった。
まーたいつものパターンじゃねーか…でも仕方ないかあ…とテンションが下がりつつあった。
しかし、「じゃあ、また」と云われた瞬間、今日諸手を上げて送り出してくれた同僚たちの怒った顔が浮かんできて(笑)、わたしは思い切って「話があるので、あと少し時間をください」と云った。
そして、わたしと彼は駅を降りて、近くの公園に行った。

しかし、その後は、実に無様だった。
切り出してから15分近く、鋼鉄のように重い沈黙が流れ続けていた。
何故、「好きだ」というその一言がこんなにも困難なのか(しかも明らかにそれと察せられている状況下で)…と、陳腐な恋愛小説の登場人物のようなことを、脂汗をかきながら思った。
そしてようやく、その言葉を云った…はずだけど、実はあまり覚えていない。
ただ、彼もまた長い沈黙の後、「大学のときの彼女をずっと思い続けている」と云ったことだけはよく覚えている。別れてから、ちょこちょこ他の女性とも付き合ったけれど、やっぱり忘れられない。彼女は今は外国に留学していて、あまり連絡も取っていないけれど、いつも思っているのだ、と。

ああ、フラれちったのね…と、静かに思った。
はっきりとフラれたのって、高校以来だな…。告白なんていう古典的な形で恋愛が始まることも、ここ何年もなかったもんな…。
ほとんど覚悟していたから、大きなショックは受けなかったものの、ボディブローのようにじわじわと効いてくる感じだった。
わたしだって、ずいぶん長く、誰よりも彼のことを思っていたつもりだった。でも、そんな昔の、わたしがまだ彼のカゲもカタチも知らないような時代から恋人だった女性に、勝てるワケない。考えてみればわたしは、彼の何を知っているのだろう?片思いとは云え、何て独りよがりな恋愛だったことだろうか。30前にもなって、蜻蛉のように儚い期待に、長いことしがみついていたわたしって…。

それにしても、彼は、わたしの気持ちに気づいていたのだろうか?
尋ねてみたら、曖昧な返事が返って来た。
わたしは、絶対に絶対に気づいていて、でも今さら無碍にも出来ないから、たまに飲みに行ってくれたりするんだ…と思っていたけれど、どうやらそうでもなさそうだった。
今さらだけど、わたしにそういう感情を抱きかけたこともあった、と彼は話した。
でも、これまでの膨大な期待や不安や勘違いや苦しさ…そういうものがすべて灰になった今となっては、空しい言葉だった。

11月の夜、外でい続けるにはあまりに寒かった。
結局終電を逃してしまったわたしに、彼は親切に付き合ってくれて、始発まで近くの居酒屋で、朝まで何事もなかったように話をしていた。
「今まで、好きだというヨコシマな気持ちが邪魔して素直に接することが出来なかったけど、これからはもっと本音で話せるようになれると思います。だから、今日のことは気にせず、これからも友達でいてください」
…わたしは確か、こんなようなことを云ったと思う。今これを書いているドロドロした気持ちと、あの当時の殊勝な気持ちは、何てかけ離れていることだろう。でも、つい数日前までは、本当にそのつもりだったのだけど…。

彼と分かれて一人になると、疲れがどっと襲って来た。
最寄り駅から家までの距離が、いつにも増して長く感じた。駆け込むようにして自分の部屋に入ると、わたしはまず布団を敷いて、そこに倒れこんだ。
そして、枕に顔を埋めて、わんわん泣いた。
10分くらい泣いた後、泥のように眠って、次の日は仕事も特になかったので、昼から出勤した。

めったに更新しないトップページに、“恋愛がうまくいかなかった”的なことを書いて長い間放置していたのは、その時の出来事である。
告白する前は、「もしフラレた場合は、晴れて新しい男を探せるじゃん。むしろ可能性が無限に広がるからいいじゃん」なんて思っていた。
しかし、フタを開けてみれば、茫漠たる空しさが広がるばかりだった。大体、新しい男なんて、どこにいるんだよ?(苦笑)
王子様にふさわしい人間でありたいと思うから、仕事がつらくても耐えられた部分もあった。もう少しだけ頑張ろう、あの人も頑張っているんだから、と…。でも、もはや、あの人にふさわしくならなくてもよくなったのだから、頑張る必要もない。
モーリスがクライブと別れたあと、何の目的も無く、希望も無いけれど、ただ黙々と生きていく、それこそがあらゆる人間の偉業の中で最も尊いことだと、E.M.フォースターは書いていたっけ(※小説『モーリス』の話です)。
そして、モーリスはアレックに出会った。
わたしにとってのアレックは誰だろうか?わたしの手を取って、ここから救い上げてくれる人はいるのだろうか?

…なんてセンチメンタルになっていたのも束の間、またもや仕事量が恐ろしいことになり、“時間”と“忙しさ”という薬によって(後者は劇薬だったなー)、わたしの中の王子様の存在は少しずつ薄れていった。
たまに飲み会などで顔を合わせることはあったけれど、自分があの時に云った「よい友達でいましょう」という言葉を忠実に守って、何事もなかったように笑顔で接していたし、そのことに慣れつつもあった。
失恋の痛手をカンペキに治す最もよい薬“新しい恋愛”に、なかなか巡り合えないために、たまに思い出しては胸が痛くなることもあった。しかし、フラれた以上、彼には何の期待もない。敗者復活もありえないし、そこまで引きずったら、何のためにわざわざフラれに行ったのか、意味が分からなくなる。このまま静かに、忘れていけたらと思っていた。

……はずだった。

ところが先日、わたしは、昨年来の知己の女性から一通のメールを受け取った。
「えーっと…○○(←王子様の名前)さんと付き合うことになりました」

この文面を見た瞬間、わたしはマジで凍りついた。

直接紹介したわけではないが、出会いのきっかけをつくったのはわたしだった(飲み会に誘ったのだ)。彼女は、そのことに対してわざわざお礼的なことまで書いていた。背景を知らないのだからしょうがない。しかし、わたしにしたら、ナイフでいきなり切りつけられた上、そこをグリグリやられるような気分だった。
いや、“寝耳に水”という程に意外だったワケではない。その前に、前フリ的な出来事はちょっとあって(詳しくは書きませんが)、わたしはその時まあまあ傷ついて、仲良しの友達に愚痴っては「あのさー、もう彼のことは完全に忘れたって云ってなかったっけ?!」と呆れられたりしていた。

でも、まさか付き合ってしまうとは。てゆーか、大学時代の忘れられない彼女の話はいずこへ???
あの時「そこまで長く思っている相手には勝てないや…」と思ったわたしの立場はいったい…???
まあその後、半年以上も経っているから、心が他へ動くことだって充分ありえる。恋愛はある日突然やって来るものだし、誰を好きになろうと、わたしがとやかく云う筋合いは全然ない。
でも、せめて、わたしのまったく知らない誰かと結ばれてくれればよかったのに。何も内輪で、わたしの目の届く範囲でやらなくてもよかったのに。

こんな時は、数人の親しい友人たちに痛みを少し和らげてもらって、本人たちには何食わぬ顔で「よかったね」的なことを云い、その後彼らと飲み会で会っても、フツーの友達の顔をするのが、いちばんよいのだと思う。
でも、わたしは、長年の読者さんならご承知のとおり、そこまでいい人ではない。むしろとても性格が悪い人なので、こんな、時限爆弾みたいな文章を書いて、一人悦に入っているしだいである(つくづく暗い性格)。
当事者たちには、ここは読んでほしい気持ち3割、読んで欲しくない気持ち7割といったところか。傷つけてやりたい、不幸にしてやりたいという気持ちはナイフのように鋭いけれど、そんなことで自分を貶めたくないという気持ちは海のように深い。
とりあえず、彼女にメールの返信はしていない。多分不審に思っているだろう。それが、せめてものささやかな意地悪だ。今頃は、彼女が彼に「野ぎくからメールが返って来ないんだけど…」とか話しているかも知れないし、彼女の不安を取り除くために彼は、実はこういうことがあってさ…と話しているかも知れない。それで彼女はわたしに、同情するかも知れないし、反感を抱くかも知れない。ああ、何てつまらない想像。今さらどうでもいいよね、そんなこと…。

恋愛なんて所詮、負けたヤツが悪者なのだ。
まして、わたしがもともと彼と付き合っていてかっさらわれたとか、彼にさんざん貢いだのに捨てられたとかいう話であれば、同情の余地もあろうが、勝手に好きになってフラれただけの相手に恨みがましいことを云っても、哂われるだけだろう。はっきり云って、誰も悪くない。悪いとしたらやっぱ、そんなことでグチグチ云って、こんなものを書いているわたしだろう(苦笑)。つくづく空しいヤツだ。

この顛末をある女友達に話すと、彼女はこう云った。
「何かを手に持っているうちは、新しいものを掴めないよ」と。
元来わたしは、ある程度仲良くなった人と、疎遠になることはあっても、自ら縁を切るようなことはめったにしない。だって、勿体ないからね。
その論理の延長線上で、わたしは、一度好きになった恋愛相手とダメになっても、しばらく時間が経てば絶対に友達に戻れるという自信があった(そんな自分は“心が広い”と思っているフシすらあった)。
それを云うと、たいていの人からは「ありえない」という反応が返って来るのだけど、今にして、それが当たり前の反応だということが、とてもよく分かる。
やっぱり、自分の精神衛生上、手放さなければいけない縁もあるってことか。長い目で見たらどうだか分からないけれど…。ま、この先、彼と彼女が結婚したり、子供を生んだりする(かどうか知らんけど)姿とか、わざわざ見たくないもんね。わたしの知らないとことで勝手にやっててほしい(…とか云いつつ、行く末がちょっと気になるわたし。誰かスパイになってくれないかな)。

これで、「旅先恋愛」は終わりである。
読み返してみると、実に実にくだらない話だなーと思わないでもないけれど、書いていてそのくだらなさがよおく分かったので、スッキリした。
長い長い妄想の虜になり続けていただけだったんだなあ。そこに舞台があると信じて踊っていたけれど、実はただの砂漠だった、みたいな(苦笑)。
やっぱ、外に発散するって大事だね、自家中毒に陥らないためには…。子供の時、怖い話の後に「この話を3日以内に5人の人に云わないと呪われる」なんていうのが流行ったものだが、そういうのと同じかも。この話も、ずっと放置していたら、多分呪われてた(笑)。
まあ、こんなもん読まされた方はたまったもんじゃないでしょうが、もともとこういうメーワクなHPなので(笑)、許してやってください。

(2007年7月)


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