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++頭文字”D”のそれから++
先日(いや、大分前だが)アップしたCHUZO.NETとの共同企画「ドラコンクエスト[.5」が、どうやら一部の読者の方の誤解を招いているらしい。
あの話は確かに、実際の旅のエピソードをお互いにちりばめてあるのだが、すべてが事実ではない!あくまでもあれは創作である!
しかし、読者の方にはどうやら、わたしが本当に旅行者の前でウンコを漏らし、ゴアでケミカルドラッグに手を出して死にかけたと思われているようなのだ…。
どちらもとっても恥ずかしい(きゃ)話だが、100歩譲って、ウンコの件については、あえて弁解しなくてもよいかなと思っていた。おもしろいしさ。中村うさぎだって自宅の玄関でウンコ漏らしてたしさ。
だが、ケミカルドラッグについては、己の信条にかかわる問題なので、ここできっぱり云わせていただきたい。
やってませんから!!!
ケミカルはおろか、マリファナもハシシもキノコも朝鮮アサガオもやってないから!!!ラオスのハッピーピザもハッピーシェイクも食ってないから!!!
わたしがマリファナをやったのは、遠い昔、一応国をあげて合法になっている、オランダはアムステルダムのコーヒーショップで、ジョイントがまわってきた1回だけである。しかも、何もきまらんかった。

頭文字Dの話については、旅が終わる前にいずれ総括をやろうと考えていた。
前回分では、「インド辺りに行ったらまた考えも変わるかも知れん」と書いていたと思う。その後インドの地を踏み、何故か4ヶ月も旅してしまったが、Dに手を出したことは一度もない。
予想通りインドでは、旅行者の数が増えたせいもあるが、喫煙者の数が明らかに増えた。もちろん、どこの国にもマリファナを喫煙する旅行者は一定の数いる。いや、たくさんいる。しかしインドは本当に多い。それというのも、インドの国教であるヒンズー教の最高神(の一神)シヴァが、自ら率先してマリファナを吸っているため、「別にええやん?」という空気が何となく流れているのである。もっとも、外国人旅行者でヒンズー教徒のやつって、ほとんどいないと思うのだが。ちなみに、インド自体は、麻薬は非合法であるから、誤解なきよう。

インドの中でも、ゴアは”D”の聖地、ゴアと云えば”D”、”D”と云えばゴア、ゴアと云えば”D”、”D”と云えばゴア、ゴアと云えば……と100回くらいしつこく繰り返したいくらい、密接な関係にある。
”D”の聖地と云っても、シヴァの聖地ではない。ヒンズーとは何の関係もない。ヒンズーではなくヒッピーと深あ〜い関係にある。そしてヒッピーと云えばやはり”D”なのである。
往年の勢いはもはやないのかも知れないが、腐ってもゴア、まだまだ初心者や好き者がたくさん集まってくる土地柄である。ゴアでは今も、あらゆるドラッグが手に入るという。

そんなゴアの名物とも云うべきカウントダウンパーティーは、わたしは未見だが、めちゃくちゃであるそうな。
参加していた友人の話を聞くと、なかなか狂乱の宴だったようで、わたしも、あくまでも第三者として、シラフのままじっくり観察してみたかった(いや、酒くらいは飲んだ方がいいかも)。
友人は、それまで草しかやらない人であったが、ついついケミカルに手を出してしまい(エクスタシーとかその辺)かなり後悔していた。どうやら質の悪いやつを採ってしまったらしい。「もう二度とやらん!」って、ホンマかいな…?次回、質のええやつ回ってきたら、どないしますの兄さん?
まーとにかく終わってた、とその友人は云う。。
彼によれば、パーティにいた全員の目が異様にキラキラしており、スピーカーの前で真剣に泳いでいる人なんかもいたらしい。
色々と狂った人がいたようだが、最も印象に残った話は、以下のものである。

「パーティが終わって朝になって、音楽もとっくに止まってるんだけど、へろへろ踊り続けてる日本人がいるのよ。それで、周りにいたイスラエル人たちが見かねて、そいつにバリウム飲ませて、ようやく踊るのやめたんだけど、その後もそいつはワケ分からんことをぶつくさ云ってて、しまいには『人間ねえ、死ぬときはこうっスよ』って体育座りで、手をおにぎりの形にして掲げてた。後で聞いたら、そいつはそのとき、三途の川みたいなところを渡りかけてたらしいけど、さすがに懲りて止めるのかと思いきや『あの(死ぬ前の)感じはサイコーっす。また行きたいのでやります』って…そこにいた全員が引いてたよ」

共通の知人であるAくんというD大好きっ子(笑)がいるのだが、そのAくんですらもパーティのあまりの狂態に、どん引きだったという。のみならず、Aくんもまた質の悪いドラッグを摂取して死にかけ、一時は「もうマリファナもやらない」という、彼にあるまじき発言すら飛び出し(後に撤回されたが…)、若い女の子たちがムチャクチャな摂取をしているのを聞いて、真剣に懇々と注意していたくらいである。

ゴアと云えば、盗難後、お世話になっていたスペイン人は、毎日タバコのようにバカスカ草を吸っていた。時折「お前も吸うか?」と差し出されたが、全部断っていた。
顔にまったく似合わず、実はパーティーにも数回足を運んでいたのだが、これまた一度もやっていない。
まあそんなワケで、それほど誘惑の多いゴアですら、わたしは手を出さなかったということである。エラい。いや、別にエラくはない。むしろ、パーティ帰りのジャンキーはチョロいというので狙われ、部屋に侵入されて大金を失ったわたしであるから、本当はジャンキーでなくともジャンキーと思われていたワケで、つまりはジャンキーと同じ扱いであり、金を盗まれていないジャンキーよりしょーもない存在である。悔しい…。

これまで、しつこいくらいにあれこれと”やらない理由”を考えては、「でも何だかしっくり来ないなあ…」と思い、「ならやればいいのでは?」と思いつつも、何故かためらいを捨てきれないわたしであった。
だが、いつからか、理由をこね回すのがもう面倒になった。
もはや、喫煙者に対してあれこれ云う気も失せた。説教なんかとんでもない。やりたい人は勝手にどうぞ。ただ、わたしはやりませんから。それだけ。喫煙者だからって友達になれないワケじゃないし。

ただ、根本的なところで覚える違和感だけは、いかんともしがたいのである。
たかがマリファナと思うかも知れないが、喫煙者だと分かると、心が自動的に”自分とは違う人種”と線引きをしてしまう。これは、好き嫌いとかそういうことじゃない。
ちょっと違うかも知れないが、例えば、犬を食べる習慣のある人種がいる。愛犬家からすればそれは信じられない行為であるだろう。しかし、わたしは特別な愛犬家でもなく、犬も可愛いが猫も可愛く豚も牛も羊も全部可愛いので、犬だけ差別して食べないってことは逆に失礼(?)かなーなんて思って、犬も出されれば多分平気で食べる。愛犬家の人は、そんなわたしを見て「信じられないこの人…本当に同じ人間?」と思うであろう。だからって、友達をやめるところまではいかないであろう(え?やめる?)。”D”についてもそれと同じではなかろうか。

”やらない”明確な理由は今だに分からない。旅の理由が明確でないのと同様に。
それなら、考えても分からないなら、”何故かためらいを捨てきれない”自分の感情を、優先しようと思ったのである。

わたしは、自称”アウトロー”が一番(でもないが)苦手である。
他人の悪ぶった言動を見聞きすると、あーあー…と思ってしまうんだよな。こっちが気恥ずかしくなってしまうというのかな。典型的なのは「昔ヤンキーだった」という話か。まあ、本当のことなら別にいいんですけどね。
あと、友達にやたら悪いやつ・変態なやつ・基地外のやつ・めちゃくちゃ遊んでるやつ…etcが多いという話もちょっとゲンナリする。
PTA的・優等生的言動もまったく好きじゃないが、まだ何かそっちの方がかわいいと思えるくらい、アウトロー話はいたたまれない。何故だろう?

わたしが”D”に対して抱く拒絶感の根っこには、”ワル”なことに対する気恥ずかしさがあるのでは、と思う。
何というか、”D”は、ワルな人たち(って、この云い方究極にダサいな)の必須アイテムみたいな感じがするのだ。実際、あれをやっている姿って、退廃的でワルそーに見えるし。
あと、マリファナなどのナチュラルドラッグに関しては、精神世界系の必須アイテムでもあるが、わたしはそちらの方も苦手である。何故って、これまた気恥ずかしいからさ。
もちろん、どちらも徹底している人はすごいし、面白いけれども、大半の人はそうじゃないと思う。
わたしの”ためらい”の正体(というほどでもない)は、この”気恥ずかしい”という感情なのだと思う。倫理的、道徳的なものでは決してなくて。

でも、困っちゃうのは、ヒッピーな人たちというのは、”アウトロー的見かけと行為をしながらも、何だかいい人たち”ってことなんだな(笑)。
インド・コルカタの有名な安宿「パラゴン」に泊まっていたときは、客の大半がジャンキーであった。まあ珍しいことではないが、これだけ多いのも久々だったので、ちょっとばかし宿の居心地が、わたしにとっては悪かった。
しかし、このジャンキーのみなさんは、揃いも揃って早朝から、マザーハウス(※マザー・テレサの設立した介護施設)にボランティアに出かけていらっしゃるのだ。それも、毎日皆勤でな!そんで、ボランティアが午前中に終わってホテルに戻るだろ、そしたらおもむろに巻き始めるんだよ(苦笑)。ううーむ。ボランティアとマリファナ(ドラッグ)って、何か妙な取り合わせなんだけど…。
そう云えば、これまで会った喫煙者たちも、圧倒的に”いい人”の割合が多かった気がする。いい人っつーか、”気さくでフレンドリー”なんだよなー。何で?きまってるからゴキゲンなだけ?(笑)

「アメリカではマリファナなんて酒と同じ。特殊でも何でもない」なんて云われると、マリファナをアウトローアイテムと思っている自分の方がかえって気恥ずかしくもなるのだが…。
”たかがそんなこと”でこだわっている自分。世界の色んな国を渡り歩き、妙な偏見はなるべく捨てることをモットーとしながら、”D”への偏見と抵抗感だけは捨てられない。ちっこい人間だとつくづく思う。

まあでも、Dがあくまで違法である以上、一応危ない橋であることには変わりない。
”見つからないから””みんなやってるから”大丈夫なんて云っていても、清廉潔白の身であること以上の強さはないのである。
「どうぞ、調べたければどこからでもどーぞ」と、自ら腹を見せられることの強みと引き換えに、Dの快楽をむさぼる方を取るか?
否。わたしは弱い人間である。もしいったんDに手を出し、そこでその快楽を覚えてしまったら、多分止め処なく溺れていくであろうことは、火を見るより明らかなのである。また、妙な求道精神があるために、どうせならDを極めてしまおうか、などとアブないことを思ってしまうかも知れない。
マリファナくらいで?と、喫煙者は思うであろうが、ゴアであれだけの人間がケミに手を出しているのである。Dをいっさいやらない人間がマリファナに手を出すよりも、マリファナだけやってた人間がケミに手を出す方が、その一線ははるかに越えやすいような気がするのだが、いかがなものであろうか?
そうこうしているうちに、覚せい剤にまで手を出して人間やめることになったら、シャレにならんのである。

堕ちることの何がいけないのか?という反論もあろう。
”堕ちるところまで堕ちる”というのは、ある意味潔くも思える。 裏であれこれ悪いこと(違法なこと)をしながら、平気な顔して普通の人生を歩んでいる人の方が、わたしはよっぽど許せないくらいである。
でも、とりあえずわたしにはムリ。命がけで悪を極めるくらいなら、命をかけずに大人しく習字とか茶道を極めたい。

だいたい…わたしは麻薬なんかに手を出さなくても、すでに”麻薬”と喩えられるモノにすでに手を出してどっぷりハマっているのであり、そっちで手一杯、しかも十分楽しいのである。ま、これも、下手したら、人間やめるレベルに陥りかねないが(笑)。
それは何かって?今まさにやっていることです。
敢えて書きませんが、旅人のみなさんなら、きっと分かっていただけることでしょう。

(2005年7月 ベトナム)


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