ゲイ術手帖其の伍

 「絶愛」「BRONZE」(尾崎南・集英社、「絶愛」全5巻、「BRONZE」1〜10巻)


 この漫画を初めて読んだ時は衝撃的だった。それまでもアニパロをはじめとするやおい漫画は読んでいたが、少女漫画の王道とも言うべき「マーガレット」にこのような漫画が白昼堂々(笑)連載されていることにまず驚いた。描線も他の少女漫画とは全く違っていたし、何よりその内容の激しさに、まだうら若き乙女だった私はひっくり返ってしまった。ホントに。

 あらすじを説明するのは面倒だ。はっきり言えば筋なんてどうでもいいのである。要約すれば、サッカー命の天才サッカー少年泉拓人と超美形・超女たらしのカリスマミュージシャン南條晃司の命がけの恋愛物語、といった所か。続編の『BRONZE』になるともう、二人を邪魔する出来事(交通事故やら泉の海外留学やら)が次から次へと起こるが、そんなことは枝葉末節というか、ストーリーの展開を彩る道具にすぎない。要は泉と南條が100%愛し合えるかどうかがこの物語のすべてである。実の母が父を殺したというトラウマを抱える泉は、愛を信じられない。信じれば必ず裏切られると思っている。一方の南條は、その完璧すぎる自己故に誰も本気で愛したことのない人間だったが、泉に出会ったことで大きく変わる。愛しても愛しても愛し足りない、泉のすべてが欲しいと渇望する南條と、どうすれば愛を返すことができるのか、自発的に愛することができるのかと悩む泉の姿はあまりにも純粋すぎて痛い。世の中に蔓延するぬるま湯の如き恋愛に思わず嘔吐を催すほどに。ある意味でこの漫画は、最高の愛、最もピュアな愛とは何かという問いを探求する哲学書なのである。故にいつ完結するのかは全くもってナゾだ(※現在は休載中で再開も不明)。ちなみにハイライトは、耐え切れなくなった南條がついに行動を起こしてしまう(つまり泉をゴーカンする)コミック4巻。真剣、ゾクゾクします。

 作者の尾崎南は『キャプテン翼』のアニパロ出身者で、同人誌界では高河ゆんの「夜嬢帝国」と並ぶ巨大サークル「彼烈火」を取り仕切っていたカリスマ的人気作家だ。アニパロを多少なりとも知っている人なら、泉が日向小次郎で南條が若島津健だということは明白すぎるくらい明白で、尾崎南は本当は『絶愛』など描かず、日向と若島津の恋愛だけを書き続けていたかったのではないかと思えなくもない(でもそれじゃあメジャーにはなれないからなあ)。イラスト集のアンケートでも「タイムマシンがあったら行きたい所は?」という質問に「Hさん(=日向)とWさん(=若島津)がいる世界」と答えているし、『絶愛』の連載中も相変わらず同人誌で日向と若島津を描いていたくらいだから相当なもんである。いやしかし笑ってはいけないのだ。彼女はこのカップルを通 して、愛の純粋培養実験を試みているのだから。日向&若島津を読みたい方には、「独占欲」という彼女の同人誌全集が出ている。かなりハード(笑)なので、薦めてよいものやらという気はするが……。


画面トップへ   前頁へ  次頁へ   ゲイ術手帖表紙へ 

inserted by FC2 system