ゲイ術手帖其の壱

「殉教」(三島由紀夫・新潮文庫)


 三島由紀夫がホモだったという話は、裁判沙汰になった福島次郎の『剣と寒紅〜三島由紀夫〜』に詳しいが、われわれやおい族にとってはホモはホモでも「ちょっと違う世界のホモ」という印象が強い。どちらかというと「さぶ」とか「薔薇族」系列の、正統派ホモと云うべきだろうか。自身がホモであったという事実を踏まえてなお、三島はやおい族にとっての耽美作家ではなかったのである。

  が! 新潮文庫の『殉教』という短編集の表題作を読んで、私はのけぞった。わずか20頁の短編なのだが、それを一番先に読んでしまったために、もはや他の収録作品など、全く読む気が失せてしまった。もう、ゆきちゃん(三島由紀夫を敬愛する友人Sと私の間では三島をこう呼ぶ)たら、 いつのまにこんな凄い小説を書いてたの!? って感じである。森茉莉の『枯葉の寝床』にも匹敵する、耽美小説の傑作と云えよう。

  昭和初期の、貴族の子弟ばかりの寄宿舎。そこに君臨する青年のような少年と、偏執的な美しさを持つ少年の、妖しくも悲劇的な関係。ホモテイスト(と言うかやおいテイスト)のみならず、SMの要素もふんだんに入った、美味しすぎる内容だ。閉鎖された空間で異様に膨れ上がる少年期の自意識、そして残酷性が、見事に凝縮されている。 私が好きなのは、「魔王のような」Sの少年・畠山が、Mの美少年・亘理(この二人のネーミングも抜群に素晴らしい)をいたぶりまくったあげく、二人とも疲れて眠ってしまうのだが、その後目を覚ましてからの場面だ。

(以下引用) 「ここが痛い」
「ほんとうかい、本当に痛いの?」
畠山は体を二回ころがした。するとすこし行きすぎて亘理の上へ半分のしかかる形になった。すると亘理が今まできいたこともない、貝の鳴くような可愛らしい小さなククという笑い声を立てた。魔王はその笑いをさぐりあてると生毛がそのまわりにいっぱい生えた亘理の唇に彼の顔ぜんたいを押しつけるような動作をした。

  ……ううっ、ゾクゾクする!(←ヘンタイ) 亘理という少年の白痴的なまでの受動性、これぞエロティシズムである。いや、もうエロそのものだ。この後物語が悲劇的な結末を迎えることを暗示するかのような、究極的に美しい場面である。また亘理の描写 が素晴らしい。遠くから見ると平凡だが近くで見ると恐ろしく整った綺麗な顔立ち、とか、いつも真っ白なシャツをお洒落に着ているというのもポイントが高いが、何と言っても「ただ、爪の中が異様なほど黒く汚れていた」という部分! な、何といういやらしさだ! 伏せ字にしなくていいのか!?

  このエロス、分かる人には分かっていただけると思うのだが、いやー、ここで私は完全にやられた。三島様、あなたのおっしゃる通りです(何がだ)、とひれ伏したくなるようなこの描写! 爪の中の汚さに目を付けるとは、やっぱしゆきちゃん、タダモノではない。立派なヘンタイだ(笑)。この部分こそが少年特有のエロスというものを一言で、しかもこの上なく的確に表現しているのである ……と三島ファンの友人Sに力説したが、さっぱり分かっていただけなかった。いいもん。だって奴はノーマルな男なんだもの。私の耽美眼が理解できるわけはないのだ(したくもないだろうが)。 とにかく 『殉教』は凄い耽美小説である。やおいの皆様にはぜひ。


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