旅先風信96「メキシコ」


先風信 vol.96

 


 

**私家版・極彩色メキシコ巡礼《ウルトラバロック編》**

 

わたしがメキシコでもっとも見たかったもののひとつに、ウルトラバロックの教会群があります。
ウルトラバロックと云われても、一体何じゃらほい?と思われる方が多いでしょうが、言葉通りに”超バロック”と解釈していただければよいと思います。つまり、もともと華美で派手なバロック様式を、さらにさらにハデハデにしてしまったという、何だかすごい建築(装飾)スタイルのことなのです(笑)。

ウルトラバロックという呼び方が、果たして正式名称なのかは分かりません。ガイドブックにも、一言もその言葉は出てこないのです。『歩き方』に書かれている”チュリゲラー様式”というのが、おそらくウルトラバロックを指しているのだと思われますが、定かではありません。
ともあれ、このハデハデなウルトラバロック様式は、主にメキシコ特有の教会建築で、同じくカソリック信仰のヨーロッパや南米、ほかの中米諸国でも見られないものです。

わたしがウルトラバロックの教会の存在を知ったのは、かれこれ3、4年前になります。
作家・嶽本野ばら氏のエッセイでちらっとその名を見かけて以来、「ウルトラバロックって何だろう?」と気になっていたのですが、ある日書店を物色していたところ、その名も『ウルトラバロック』という写真集が売られているではありませんか。
写真家・小野一郎氏の著作であるこの写真集は、タイトル通り、ウルトラバロックの教会ばかりを撮影したものです。ものすごい吸引力を持つ写真群に、わたしはあっという間に引きずり込まれていきました。
壁と天井に施された、無数の天使や聖人の彫り物…まるで教会の内部が人形の顔で埋め尽くされているかのよう…これは一種の曼荼羅世界なのか…それにしても正気の沙汰とは思えない、恐ろしいまでの過剰さは一体…。
特殊な宇宙でも見ているかのようでした。感嘆とも驚嘆ともつかぬため息が、何度も洩れました。度肝を抜かれたとは、まさにこのことでした。
”何なんだこれ、この世界は一体何だろう…”
一も二もなくレジに直行しました。この本は今でもわたしの愛蔵書の1つです。

メキシコ行きが近づいてきた頃、わたしはふと、ウルトラバロックのことを思い出しました。旅の当初は、まさかメキシコまでたどりつけるとは思っていなかったので、『ウルトラバロック』に載っている教会の名前なんか、当然チェックしていません。ただ、あれがメキシコの教会であるということしか、記憶に残っていませんでした。しかし、メキシコに行くとなったら、どうしても見たい…見たいぞ。
そこで、懐かしのドイツのKさんに、メキシコにおけるウルトラバロックのリサーチをお願いすることにしました。
何故彼女なのかというと、Kさんはこのテのものがかなり好きな人なので、彼女のセレクトなら間違いないと思って依頼したのです。ちなみに、死者の日のことを知らせてくれたのも彼女。何しろわれわれは、ともにチェコを旅した際、同行者のカタロニア人男子を置いて、いそいそと”骸骨教会”なるものに出かけた仲なのです(笑)。

Kさんは、ウルトラバロックのことは知りませんでしたが、「『ウルトラバロック』或いは『極彩色メキシコ巡礼』という本があるので、それを元に、ウルトラバロック及びメキシコのおどろおどろ系スポットを書き送ってくれませんか?きっとKさんも気に入ると思うんです」とメールしたところ、やはりKさんは気に入ってくれ、本もしっかり購入していました(笑)。
そして、わたしの期待にばっちり添った、秀逸なレポートを寄越してくれたのです。彼女の調査は、後の観光に、かなり役立ちました。どうもありがとう。
ちなみに、『極彩色メキシコ巡礼』は、『ウルトラバロック』の小野一郎氏の著書です。ウルトラバロックの教会だけでなく、死者の日の写真なども載っているようです。わたしはまだ持っていないのですが、日本に帰ったら絶対に買うつもり。この原稿のタイトルも、そこから勝手に引用しました。

それでは、順不同ですが、わたしのウルトラバロック詣でをレポートするといたしましょう。

まず、押しも押されもせぬぬウルトラバロックの最高傑作、オアハカサント・ドミンゴ教会。ここはもう、ウルトラバロックファンでなくとも度肝を抜かれる凄い建築で、オアハカに来てここを訪れない人はまずいないと思います。てか、訪れなきゃダメです。世界遺産ですしね。
入り口を入ってすぐの天井のレリーフが、いきなり凄い。”生命の木”と呼ばれる、聖ドミンゴを中心にした聖者の相関図ともいうべき絵が、金箔を施した木彫りで立体的に描かれているのですが、これが気が遠くなるほど細かい仕事。これだけでも充分凄いのに、ここから主祭壇まで、天井は1ミリの隙間もなく絵画と浮き彫りで埋め尽くされているのです…はああー。凄すぎて、ため息しか出て来ませんね。
主祭壇は、大掛かりな仕掛け時計のような、背の高い
飾り祭壇。8体の聖人像が左右対称で配置され、その間に宗教画が飾られ、祭壇自体はまぶしいほどの金箔で完全に覆われています。
右手にあるサンタロサリア礼拝堂も同様に、壁から天井から祭壇からすべて金箔と彫り物でデコレーションされ、見ているのが疲れてしまいます(笑)。この教会が完成に1世紀かかったというのも、そりゃあんた当然でしょ、という感じです。

OAXACA153.JPG 生命の木。

オアハカ近郊の村、トラコルーラにもウルトラバロック様式のカテドラルがあります(名前を聞いたら、イグレシア・セニョール・デ・トラコルーラと云われたのですが、ほかの名前も教えられたので、正式名称が分かりません)。
ここは、小野一郎氏曰く「メキシコでもっとも魔術的な教会」とのこと。
装飾が施されているのは、大聖堂ではなく、隣の礼拝堂の方。規模は小さいのですが、首のない聖人が、自分の生首を持って立っていたり地べたを這いずっていたり、逆さ釣りにされていたり(これは首がついてた^^;)…といった不気味な彫刻が、壁のあちこちに施されており、「なるほど、この辺が魔術的なのかな…」と勝手に納得しました。

オアハカとシティの間にあるプエブラの街には、オアハカと同じ名前のサント・ドミンゴ教会があります。ここも同様に、ウルトラバロック教会の傑作です。
ここの中央祭壇は、オアハカのサント・ドミンゴ同様、仕掛け時計風の金の飾り祭壇なのですが、こちらは18体と聖人像の数が多く、まるで人形の館のようで、大迫力でした。
しかし、ここで驚いていてはまだ早いのです。真打ちは、その左隣にあるロサリオ礼拝堂。壁面から柱、聖壇まですべて浮き彫りで装飾され、その緻密ぶりは目が痛くなるほど。ほかと比べても、かなり細かい装飾ではないでしょうか。ありあまる財をすべてここに費やしたという感じで、見れば見るほど言葉を失うばかりです。

PUEBRA3.JPG - 35,863BYTES 人形の館状態の主祭壇。

プエブラには、ほかにも素晴らしい教会がいくつかありますが、乙女的に見逃せないのが、「目から血を流す女の子の像(現地名はサント・ニーニョ)」が安置されている教会(ここも正式名称が分かりませんが、「カプチナス」と云えば分かってくれるみたい)。
これも、Kさんからのおすすめで、曰く「ゴスロリ(※ゴシック&ロリータの略)ファンには見逃せないでしょう」。メキシコシティのソノーラ市場の何処かの店にあると聞いていたのですが、聞き込みの結果、プエブラの教会にあることが判明。教会自体を探すのも、少々手間取りましたが(そんなに有名な教会ではないようです)、何とか発見できました。こういうことにかけての執念は、我ながらなかなかのものだと思います。

わたし自身は、このプエブラの教会の方が、(トラコルーラのそれよりも)魔術的な印象を持ちましたね。
女の子の像は、何故か相撲取りの回しのようなものを身につけていて(下写真参照)、ゴスロリというには「んん?」てな感じでしたが、目からはばっちり血を流しておりました(笑)。何故こんないたいけな幼女が、よりにもよって目から血を流しているのか、一体どんな意味があるのか…と想像をめぐらすだけで、何だかゾクゾクするような人形です。
この教会は、そうでなくとも怪しげな雰囲気をぷんぷん漂わせておりまして、例えば、不健康そうな緑色の蛍光灯とか、安っぽい薄ピンクの塗装とか、入り口に何故か牢に入ったキリストだか聖人の像が立っていることとか…ウルトラバロックの壮麗な教会とは違う二流三流さ加減が、かえって味わい深く、魅力的に感じられます(倒錯してるか?)。

PUEBRA27.JPG - 63,506BYTES 血、流してます。

タスコサンタプリスカ教会
タスコは銀細工で有名な町ですが、この教会は、16世紀のタスコの銀山王ボルダが町に寄贈したもので、当時の金額にして170万ペソ(と云っても今の金額にしてみないと、凄さが分かんないけど)を費やしたと云います。
ちなみにここは、わたしがメキシコに来て一番初めにお目にかかったウルトラバロックの教会でもあります。
銀細工を買いに行く「ペンション・アミーゴ」の泊り客たちに混じって、1人だけ教会を見るのが目的でタスコにやって来たわたしは、皆が銀細工を物色する中、1人うっとりと教会の中でたたずんでいました。
実は、この教会のことが、カラカス→メキシコシティのTACA航空の機内誌に紹介されていて、以来ずっと気になっていたんですよね。主祭壇はもちろん、右祭壇、左祭壇、その手前の右・左祭壇…と、すべての祭壇がものすごいデコレーション。キラッキラで彫り物だらけ。あまりに飾りが多すぎて、遠くから見ると、何が何だか分かりません。1つの祭壇の中に、一体何人の聖人&天使がいるのでしょうか…。祭壇自体の数も多すぎです。
初の生・ウルトラバロック、ひたすら圧倒されっぱなしでした。あまりの装飾過剰っぷりに、「何これ、狂ってる…」という感想すら抱いてしまいましたよ(笑)。

TAXCO9.JPG サンタプリスカ教会の中央祭壇。かき揚げの衣みたい…。

ケレタロサンタ・クララ教会
『歩き方』にはひとことも記述がないけれども(何故だ?分からん)、ここも素晴らしいウルトラバロック装飾が
見られる教会です。ちなみに、『FOOTPRINT』には、”メキシコで最もラブリーな教会のひとつ”と説明してありました。わたしがケレタロに来た唯一の目的です。
ここは、何故か中央祭壇はシンプルなのですが、両壁面に配置されている6〜7個の祭壇が例の過剰装飾でした。すべて金箔で覆われ、真ん中にはガラスケースに入った聖人が祀られています。聖人や天使の浮き彫りも、非常に色鮮やかで美しい。

素晴らしいのは、これらの教会がすべてタダで入場できるということだ(笑)。しかも写真撮影OK(※フラッシュはNG)。何だか申し訳ないくらいですよ。とか云いつつ、募金はしなかったけど。
以上にご紹介した教会以外でも、サカテカスカテドラルはウルトラバロック(チュリゲラー様式)の傑作と云われていますし、サン・ルイス・ポトシにあるカルメン聖堂というところも、かなりおどろおどろしさ高めだということで(Kさん情報)、ぜひ行ってみたかったですね。どちらも遠かったので断念してしまいましたが…。

QUERETARO56.JPG - 60,525BYTES サンタ・クララ教会の祭壇の一部。

ウルトラバロックとは少し外れますが、南部チヤパス州に行くと、一味違ったおもしろい教会が見られます。この地方は、先住民であるインディヘナたちの、土着の宗教色の強いキリスト教が信仰されており、独特の不思議な、魔術的な雰囲気を創り上げています。
例えば、サン・ファン・チャムラ村の教会。内部は撮影禁止で写真をお見せできないので、口で何とか頑張って説明しましょう。

昼間でも薄暗い教会内部。床には、松の葉が敷き詰められ、松の木も中央祭壇の手前に、対になって飾られています。祭壇までの通路の両脇には、彩色された木箱がずらりと並んでおり、木箱の中には民族衣装、花柄の布を幾重にも着込んでいる聖人像が安置されています。聖人のマネキンの顔はかなり独特で、目はぎょろりと見開き、肌も妙に青ざめていて、何だか不気味。皆、胸に鏡を抱いており、わたしの顔がいちいち映るのが、気になってしょうがありません。木箱の前には、コップに入った、赤や白のろうそくが捧げられ、ゆらゆらと妖しく揺らめいています。
村人たちは、床に立てられた何十本、いや何百本のろうそくの前に、跪いて祈りを捧げています。お供え物が、何故かタマゴと炭酸飲料という不思議な取り合わせ。何故コーラを祀る?(笑)あ、でも、日本でもお盆のときは、缶コーヒーとかスナック菓子を墓前に置いたりするか。
右手には、メキシコの聖母グアダルーペ(後述)の絵と、同じくグアダルーペの電飾つきの板、後光がくるくる光っているのがチープでいい感じです(笑)。

わたしの中では、メキシカン・カルチャーは、チェコのそれと同様、限りなく乙女趣味に近いものという認識があります。そのキーワードは、”可愛さとおどろおどろしさ”
チェコにおける、マリオネット劇やゴシック・ホラー、ヤン・シュヴァンクマイエルの映画がそうであるように、メキシコの、カトリックから派生したさまざまな宗教文化(教会もそうだし、「死者の日」に見られる骸骨崇拝とかも)は、乙女心をくすぐるに充分すぎる要素を兼ね備えています。骸骨崇拝については、旅先風信92と、旅先写真館のオアハカのページをご参照いただければ幸いです。
チェコ・カルチャーが重厚でクラシック、暗黒のにおいがするのに対し、メキシコのそれはチープ&キッチュ、駄菓子屋的ポップさを感じます。これは、スラブとラテンの民族性の違いなのかも?どちらも、不気味なのは同じなんですけどね(笑)。

メキシコのみならず、中南米じゅうの巡礼者が訪れる、メキシコシティグアダルーペ寺院には、”グアダルーペの聖母”と呼ばれるマリア様が祀られています。
言い伝えによると、「16世紀、テペヤックの丘を歩いていた先住民ディエゴの前に、褐色の肌をした聖母が出現し『この地にわたしの教会堂を建てるよう、司祭に伝えよ』と語った。スペイン人司祭はその話を信じず、ディエゴは落胆するが、彼の前に聖母がもう1度現れ、証拠の品として、バラの花を与えた(時は12月、12月にはバラの花は咲かないので、奇跡の証拠になる)。ディエゴは、司祭たちの前で、バラの花を包んだマントを広げた。すると、金色の光とともに、マントの上に褐色の肌の聖母の絵が浮かび上がった。司祭はこれを喜び、テペヤックの丘に寺院を建立した。」
これが、グアダルーペの奇跡と呼ばれるエピソードで、寺院にはこの”奇跡の布”が祀られています。この布には不思議な話がいくつもあり、中でも謎なのが、絵に使われている染料は、地球上には存在しない成分でてきているという、科学者の分析結果。そんなことありえるのかよ?と思うけれど、ほかの逸話とも考え合わせると、この聖母は実に、謎に満ち満ちた存在なのです。

ともあれ、先住民たちは、この”黒髪と褐色の肌を持つ”聖母を、自分達の文化であるアステカの女神と同一視し、長きにわたって信仰してきました。それは今も脈々と続いており、グアダルーペはメキシコの国家的シンボルといった感すらあります。

そんなわけで、グアダルーペのモチーフは、メキシコのいたるところで見かけます。街にあふれるさまざまなグアダルーペをキャッチした、その名も『グアダルーペ』という写真集を、シティの本屋で見つけたのですが、チープ&キッチュな要素満載の、素晴らしく乙女趣味な写真集でした。これを見ていると、グアダルーペというのは、敬われるべき聖母でありながら、まるでマンガのヒーローの如く、世間に氾濫していることがよく分かります。門前市を見ても、グアダルーペのペンダントやフィギュア、ラミネートカードくらいはいいとしても、タオルやらTシャツやら壁掛けやら、グッズになりすぎだよ、グアダルーペ(笑)。イスラム教が偶像を否定するのとは、対極にある姿勢ですね。

MEXICO79.JPG - 23,556BYTES これが本物の、”奇跡の布”に描かれたグアダルーペ像。

このチープさ(いい意味でね)は、メキシコの教会のいたるところで見られます。
ウルトラバロックならずとも、教会はたいがいハデなんですが、新しめの教会になると、電飾やらモールやらシールやらで、やたらキラキラしたデコレーションがなされており、グアダルーペ像の周りをイルミネーションがちかちかしているのを見ると(後光のつもりなのね)、パチンコ台かよ!?と突っ込みたくなってしまいます。
ツーリストが訪れることはおそらくないでしょうが、サン・ルイス・デ・ラ・パスという小さな町にある教会は、教会自体が電飾で飾られており、しかもそれが、メキシコの国旗カラーである赤・白・緑という取り合わせ。いやー、チープだね(笑)。
メキシコの教会に、”シンプル&シック”という言葉はおそらく存在しないのでしょう(笑)。”極彩色メキシコ巡礼”とはまさに云いえて妙だと思います。

ウルトラバロックにしろ、電飾ギラギラ教会にしろ、はたまたチヤパスの教会にしろ、共通して云えることは、メキシコの教会は、土着的なオリジナリティにあふれているという点です。
ウルトラバロックの起源は、メキシコの土着文化とは関係ないかも知れませんが、いくらヨーロッパのバロックが派手と云ったって、ここまで過剰な装飾ぶりは、メキシコだからこそありえたと思いますし、すべてに通底する”不気味さ”は、遠くマヤ・アステカの文化のシュールさ(ほんと、ぶっ飛んでます)に相通ずるものを感じます。

…なぁんて、もっともらしいことを書きましたが、結局云いたかったのは、メキシコ宗教文化というのは、乙女的に美味しいってことなのです。乙女を自称されるみなさんが、もし海外旅行をされるなら、メキシコとチェコを強くお奨めしたいですね(どちらも食べ物も美味しいし)。ま、フランスやイギリス、北欧なんかもいいのですけど、その辺は定番ですし。
次回は、もっと一般になじみやすい民芸品&雑貨のお話を、やはり乙女的視点(偏見とも云う)からお届けしたいと思います。

MEXICO186.JPG - 80,231BYTES グアダルーペ寺院の門前市。まさに極彩色!


(2003年12月某日 メキシコシティ)

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