旅先風信89「ベネズエラ」


先風信 vol.89

 


 

**エンジェル・フォールとさまよえる女たち(後編)**

 

さ、前回はエンジェル・フォールとは何のカンケーもない話で一章を使い切ってしまいましたので(笑)、今回はごくごくフツーに観光のお話をばいたしませう。

ベネズエラで最も有名な観光スポット、エンジェル・フォールは、”世界最長の滝”と云われています。
いや本当は隣国ガイアナにある滝が世界最長なんだ、という話も実はあって、それを聞いて、「なんだ。じゃあエンジェル・フォールは見なくていっか」と判断した不届きな旅行者もいたりするのですが、ともかくも、世界一長い滝として世界に名をはせているのは、このエンジェル・フォールなのです。

アドレナリン・エクスペディションで3泊4日のツアーに申し込み、わたし、およびHさん、Tさんの、少々トウの立った女子3人組は、キョウコさんさんに見送られてシウダ・ボリバールの町を発ちました。
エンジェル・フォール観光の入り口であるカナイマ国立公園までは、バスと小型プロペラ機での移動を繰り返します。どうやら相当アクセスが悪いようです。そりゃ個人では行けないわな…。

国立公園までのフライトでは、遊覧フライトじゃないの?というくらいの、素晴らしい絶景を拝むことができました。
眼下に無限に広がる、ブロッコリーを敷き詰めたような巨大な(そしてちょっと可愛い)森林。その間を切り裂くようにして、ダイナミックな曲線を描き流れる河。
そして、テーブルマウンテンも見えてきました。おお、これぞギアナ高地!
「すげーなあ…」それ以外の言葉が見つかりません。
今までも、”大自然の驚異”ってやつを、いろいろと見てきたはずだけど、ここはケタ違いかも知れない。否応なしに、胸がばくばくと音を立て始めます。セスナ酔いなんかしている余裕もないくらいに、わたしは、機上からの壮大な眺めを、深呼吸するように脳内に吸収していました。ここまで旅を続けて来られたことの幸福とともに。

CANAIMA04.JPG - 45,551BYTES 自然の一筆書き。

このツアーには、われわれのほか、イスラエル人男子3人組も参加していました。
おお、まるで合コンのようじゃないですか!…なんてことは、まったくないです。
世界各国でどうも評判の悪いイスラエリーバックパッカー、実はわたしは、パッカーには珍しいことに、今までほとんどイスラエリーパッカーと絡んだ経験がなく、うわさに聞くだけのことしか知りませんでした。そのうわさの内容は、大体は、”ケチ””うるさい””排他的(イスラエリーだけでつるむ)”…と、この辺に集約されるでしょうか。

イスラエリーパッカーにはほとんど会わなかったけれど、イスラエル本国でのイスラエリーの印象というのは、”見た目はヨーロピアンと変わらないのに、どことなく特異な感じがする”でした。
果たしてこの3人組―アロン君、オメル君、トメル君はどうかというと…ただのヘンな人たちでした(笑)。
体調不良だったらしいトメル君とはほとんど接触がありませんでしたが、残りの2人とはわりと仲良く話すようになりまして、特にアロン君は人懐こく、ちょっとアホっぽいところに親近感が湧きました(笑)。同い年でしたしね。
メリダというベネズエラの観光地のみやげTシャツ(でかでかと「MERIDA」とかロゴが入っているよーなやつ)を何種類も所持して着ているのも謎のセンスですが、やはりメリダで買ったというポシェット(死語)風の小さい手編みのカバンを肩掛けして、まっ黄色のキャップをかぶるという、幼稚園児みたいな格好なのが実にマヌケで(しかも図体がデカいので余計ね)、Hさんとわたしは「ちょっとアホの子みたいじゃない?」「しかも何で持ち物が全部メリダ製?」「メリダをよほど愛してるんやねえ」などと、いじりまくっていました。

さて。ツアーの話に戻しましょう。
セスナを降りたあとは、ボートに乗ってカナイマ湖を渡ります。
湖の波打ち際には、紅茶色の水が寄せては返しています。水はほとんど濁っていなくて、本当に紅茶として飲めてしまいそうな錯覚を起こします。多分鉄サビ色なんでしょうが。

CANAIMA09.JPG - 45,072BYTES こんな水。ちょっと美味しそう。

ジャングルの中を歩き、阪神タイガース色のカエルなどいかにも秘境チックな生き物を観察しつつ、目指すはエル・サポの滝。
エンジェル・フォールのように長さを誇る滝ではありませんが、何がすごいかというと、その激流っぷりです。
そして、激流の下をくぐるのが、ツアーのアクティビティになっているワケですが…何じゃこりゃあ!?激流というか、地獄っ?!
何しろ、ものすごい爆音です。心臓を直接叩いてくるかのような…。あまりの流れの強さで、視界がまったくききません。見えるのは、白色と鉄さび色が混じった水の猛攻のみ…。
…これ、マジでくぐるんスか?オソロシすぎないですか?一瞬でも流れにぶち当たったら、くしゃって潰れて死ぬんじゃないスか?

ま、ツアーでやることなんだから、死ぬわけはない…死ぬわけは……と、恐る恐る踏み出していくと、何と、あまりの水量&水圧のために、息が出来ないではないか!こんなことってありえるのか!?!
これでは、激流をくぐるというより、激流に身を投じるのと変わらないのでは…
それはすなわち死では?
どうしても息が出来ないために、行っては引き返しすること3回、もうやめようかなこんな危険なアクティビティ…と思ったところに、ガイドの兄さんが、
「鼻をつまんで、口で息をしながら行けば大丈夫だよ♪」
とアドバイスをくれました。ああ、なるほど…って、いやいやいや!それってやっぱり、激流に突っ込むのと同じじゃん?!
それでも、決死の覚悟で云われた通りにして、見事、滝の向こうに行くことが出来ました。パチパチパチ!何というシゲキ的なツアーだ…(力なく笑)。

なんやよう分かりませんけど(笑)、岩の部分以外は、すべて滝の流れでございます。。。

その後は、ボートに乗ったり、降りて歩いたりしながら、この日の宿泊先アオンダキャンプを目指します。
この道中で、警告されていたものの、見事にサンドフライに噛まれまくり、後日足の甲がパンパンに腫れ上がることに…。
キャンプ場には、清潔なシャワーとトイレが付いていて、大きな半屋外のスペースに、たくさんのハンモックが吊られています。おお、アマゾンぶりのハンモック寝。でも、あそこで6日間しっかり鍛えてあるので、楽勝です。

翌日はいよいよ、メインイベントであるエンジェル・フォールへ向かいます。
このところ、雨女疑惑がむくむくと頭をもたげているわたしは、この日の天気をかなり心配していました。
ちゃんと滝見られますかねえ、何せ最近雨女なんで…とすっかり弱気になるわたしを、Hさんは、「大丈夫!わたしの名前は晴子やからね(あ、ばらしちゃった)、絶対晴れるって!」と励まして(?)くれました。
わたしも、ゲンとか迷信に弱い人間なので、「そうか、晴(れ)子さんがいれば、晴れるに違いない!」と、単純に納得(笑)。

エンジェル・フォールまでは、紅茶色のリオ・カラオ(カラオ川)を小さなボートで上がって行きます。
このボートトリップ、ボート旅の優雅さとラフティングのスリルを同時に味わえるという、一粒で二度美味しい、大満足の内容でした。次々と現れる巨大なテーブルマウンテンはもちろん、アマゾン河のツアーよりも秘境感あふれる途上の景色も素晴らしく、実はこのツアーのメインはこれだったりして…という思うくらい楽しかったですね。時間も4時間くらいと長かったのも、何だかトクした気分です。

RIO CARRAO02.JPG - 53,466BYTES ちょっとアドベンチャークルーズな感じ。

ボートを降りて上陸し、いよいよエンジェル・フォールに向かって、ジャングルの中を歩き出します。
いちいち比較するのも何ですが、つい1週間前に行ったアマゾンのジャングルウォークよりも、こちらの方がよりジャングルっぽく、手つかずな雰囲気に満ちていて、ワクワクします。
しかし、喜んでばかりもいられない、さすがはジャングル、たまらん暑さだわい…。全身の毛穴という毛穴が、絶え間なく汗を放出しまくって身体がしぼんでしまいそうです

汗だくになりながら歩くこと、1時間は過ぎたでしょうか…。
ついにエンジェル・フォールとのご対面ポイントにやって来ました。
ジャングルの一角から岩を登り、開ける視界。そこには、白くてやわらかい羽衣のような滝が、音もなく静かに、降臨するように流れ落ちていました。
滝から続いて流れている川の音はもちろん聞こえるけれど、滝自体が流れる音は、それにかき消されているのか、何も聞こえません。
あまりに距離が長いために、下の方までは水流が届かず、水蒸気と化してしまうのだそうで、確かに下半分くらいは、滝というより白い煙のようでした。水量の多い時期だと、今われわれがいる展望スポットも、雨が降ったようになるそうですが。

わたしは、首が痛いのも忘れて、口を半開きにしてひたすら滝を見上げていました。正確には、滝の落ち始める天辺のところを。あんなところから、水の流れが始まっているなんて…何だか信じられないな…。
水は、まるでスローモーションのように、岩肌を滑っていきます。時間の流れが、あの部分だけほかとは違うかのように。
普通、”滝”というと、轟々と音を立てて、怒涛の水流が落ちてくるイメージじゃないですか。昨日見たエル・サポの滝なんかは、まさにその典型ですが、今まで見た滝と云えば、どれも荒々しかったものでした。しかしこのエンジェル・フォールというやつは…本当に滝なのでしょうか?静寂を保ったまま流れているこの白い流れは、一体何なのでしょうか?

ANGEL9.JPG - 40,537BYTES 神々しい…。

しかし、目の前には、エンジェル・フォールから降りてきた水が、激流となって流れています。あの滝とこの流れは確かにつながっているのです。
そして上を向けば、滝はあくまでも静かに流れていて、この、ともすれば平凡とすら云える激流と、同じものとは到底思えず、何とも奇妙なコントラストです。
ジャングルウォークで汗びっしょりになりましたが、滝から気前よく放出される冷気とマイナスイオンが、あっという間に身体を冷やしてくれます。
流れの途中で池のようになっている場所で水浴びすると、身体がビリっとするほど冷たいのですが、あのエンジェル・フォールの水かと思うと、何やら霊験あらかたな感じがしますよねえ(笑)。

(→なーんて当時は書いていましたが、よくよく考えると、エンジェル・フォールには滝壷とゆうものがないので、この激流は、滝とはまったくカンケーがないのやも…うう、恥ずかしいぃー;)

それにしても晴れてよかった…きっと晴子さんのおかげだ(笑)。

エンジェル・フォールの流れる水源となっているテーブルマウンテンは、「アウヤンテプイ」といって、ギアナ高地最大のテーブルマウンテン=テプイなのですが、これ、素晴らしくカッコいい名前ですよねえ。しかも、先住民の言葉で”悪魔の山”という意味だそうで、「悪魔の山に天使の滝!」と、世界素敵コピーマニアの会に所属しているわたくしは、1人激しく興奮。
もっとも、”天使の滝”の由来は、発見者がエンジェルさんという名前のアメリカ人パイロットだったから、ということなので、ちょっと萎えますが(笑)。
素敵な名前って、魔力がありますよね。言霊が宿っているからでしょうか。

テーブルマウンテンの登山は、『失われた世界』(byコナン・ドイル)の舞台になったロライマ山が有名ですが、どうせなら、この最も大きなテーブルマウンテンであるアウヤンテプイに上ってみたいですね〜。それで、上からエンジェル・フォールを見る!素敵だ!でも、徒歩で20日くらいかかるらしいです…めちゃくちゃ秘境だなー。

しかしまあ、何という凄烈で不可思議な光景の連続なのでしょう…。
ボート上から見える、いかついテプイ群。その岩肌をすべる様に流れる、白く細い滝の数々。テプイの下に豊かに繁るジャングル。あまりに完璧で圧倒的な構成に、ひれ伏したいような気持ちになります。
ギアナ高地は”最後の秘境”と云われていますが、本当に、その名にふさわしい場所だと思います。まあ、われわれのような一般ピープルが、そないに高い金を払わずとも来られるという点は、秘境っぽくないですけども(笑)、その手垢のつき具合(知名度)など、この景色の前では言及するに値しませんかね。

CANAIMA23.JPG - 28,231BYTES 雲を抱くテプイ。

3日目はオプション日なので、特にイベントはありません。
キャンプ場でトランプしたり、歩いて滝を見に行ったり(また滝?)、夜は村のサッカー大会を観戦したりと、1日のんびり。こんなゆっくりしたアウトドアもよいですね。
そしていよいよ最終日は、あの感動をもう一度ということで、今度はエンジェル・フォールをセスナ機に乗って見よう!という遊覧飛行。これもかなり楽しみにしていたイベントでしたが、かなり心配していたイベントでもありました。というのも、このところ、わたしには雨女疑惑が…(以下略)。
この日は、晴子さんのパワーを持ってしても絶好の晴天とはいかず、フライトまではしばらく様子を見ることに。や、やっぱりわたしが雨雲を呼んでいるのか?

…と内心責任を感じていましたが、無事セスナは飛ぶことになり、上空からのエンジェル・フォールを拝むことができました。よかった…。
しかし、まだ雲が多く、景色も何となく紗がかかったような見え方で、パイロットに「あれだ、あれだ」と云われて、「え?どこどこ?」なんて酔いそうになりながら夢中でカメラのシャッターを切っているうちに、あっけなく終わってしまった感じでした。
やっぱり、2日目に下から見たエンジェル・フォールの方が感動的だったかな。

CANAIMA-FRI7.JPG - 21,044BYTES セスナから見るエンジェル・フォール。

さて、話は少し逸れるのですが、3日目、キャンプ場にてHさん、Tさんとともにくつろいでいると、アロン君がわれわれのところにやって来ました。
「ガイドへのチップをみんなでまとめて払おうと思うんだけど、どうする?」
わたしたちは一瞬、顔を見合わせました。
Hさんは、アラワク・インディアンの末裔という女の子のガイドにはあげると云いました。確かに、Hさんとそのガイドはわりとよく話していたし、いい印象を持ったのでしょう。
わたしが「うーん…」と首を捻っていると、今度はTさんが、
「わたしは払うつもりないんだけど。特別お世話になったわけではないしね」と、あくまでもあっけらかんと答えました。そしてわたしだけが、YesともNoとも云えないまま黙っていて、結局Hさんが代表して、「わたしたちは個人で払うよ」と断ったのでした。

こういうとき、はっきりした態度を取れないのを、てんびん座生まれのせいにするのもどうかと思いますが、本当に、しょうもない性分だなと嫌になります。
わたしには、チップという習慣が、どうしても快く納得できないんですよね。これだけ長く海外にいて、実に偏狭だとは思うのですが…。
チップというのは、”もともと支払ったお金以上のサービスなどを受けたと思ったときに渡すお金”と、わたしは勝手に考えていて、しかしケチな貧乏旅行者のわたしが、余程のことがない限り、「これは申し訳ない程のサービスだ…」なんて思うことなど、めったにありません。
途上国などでは特に、ガイドが旅行会社からもらえるお金は微々たるもので、観光客のチップに頼っているという風に云われていて、なるほどそう云われると申し訳なくは思うのだけど、ツアー代ですら数ドルでも安く上げたいという長期旅行中に、それは予定外の出費としか思えないのです。

だから、心情としてはTさんと同じでした。それで結局は、払わないことにしたんですけど、われながら思い切りの悪さに、歯軋りしたくなりますね…。
「やっぱり払ってあげた方がいいのかな…」と悩む気持ちが何割かはあったのと、それ以上に「払わないと、心の狭い、常識の分かってない人と思われるんじゃないか」ということを反射的に考えてしまったから、はっきり答えられなかったのです。
何の迷いだよだそりゃ?と思われそうですが、他人の国に来ている以上、そこの習慣には従おうとは、一応考えてはいるわけです。ただ、チップのあるなしというのは、かなり曖昧ですよね…。よほど高いレストランでも入らない限り、普段は旅行中にチップを払う機会って、あんまりないし…。
Hさんなどは、海外で暮らしていた経験が長いから、あまりチップに対する抵抗がないんだと思います。そのスマートさに、「わたしなんて、どんだけ海外を旅行しても日本の常識から離れられない小さな人間…」なんてまた卑屈になったりして(苦笑)。
どっちにしても、払う払わないはキッパリ決めた方が、美しい態度ですよね…反省。

…っと、またお決まりの脱線コースを走ってしまいました。すみません。

CANAIMA14.JPG - 32,244BYTES だいぶ前の文章に出てきた、阪神タイガース色のカエル。

こうして、3泊4日のエンジェル・フォールツアーは終了し、シウダ・ボリバールに帰って来ました。
相変わらずクソクソ暑いので、アドレナリンのオフィスで、またクーラーをがんがんに浴びながら、旅の乙女たちと喋くったり、ホームページの更新をしたりと、休息のひとときを過ごすのでありましたが、あああ、そうこうしている内に、メキシコの”死者の日”が刻一刻と…。

(2003年10月11日 シウダ・ボリバール)

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