旅先風信80「ブラジル」


先風信 vol.80

 


 

**日本の裏側は日本だった**

 

こんにちは。日本の真裏、ちょうど12時間の時差のあるブラジルはサンパウロからお届けします。

サンパウロは、文句なしに南米一の大都市と云えるでしょう。超高層ビルが林立し、オフィス街であるパウリスタ大通りを歩くと、東京のど真ん中を歩いているような錯覚にとらわれます。いくらブエノスアイレス、サンチアゴが都会と云ったって、サンパウロには及びません。まさしく”大都会”、クリスタルキングの歌う「大都会(♪ああ〜果てしない〜)」なのです。
しかし、単なる大都市というだけで、特にこれと云った見どころがなく、通り過ぎてしまう旅行者も多いようです。同じブラジルの大都市でも、リオ・デ・ジャネイロは、華やかなカーニバルや美しいビーチで有名な観光都市ですが、サンパウロはバリバリの商業都市ということで、観光資源はほぼ皆無。

大都会でござい。

にもかかわらず、わたしはサンパウロには必ず立ち寄るつもりでした。
というのは、ここには日系人街があり、コロニアオキナワ以来日系人という存在に興味を持ったわたしは、南米最大と云われるこの日系人の街をぜひともこの眼で見てみたかったのです。

日系人街のあるリベルタージ地区には、日本人の経営する「ペンション荒木」という宿があります。
ここ、女買いの人が多いとか、部屋が薄暗いとか、キッチンが狭くて汚いとか、あまりよい話を聞かないのですが、いざ行ってみるとそれほど居心地の悪い宿でもなく、荒木のおばちゃんは、いかにも日本のおばちゃん!てなキャラ(例:同じ話をとうとうと繰り返す)で笑えました。ちょっと気の弱そうなおっちゃんは、毎朝トイレやキッチンの掃除をしていて、こういう姿を見ると何だか切なくなるわたしは、そこまでここが悪い宿だとは思えないのでした。確かにボロいし、1泊20ヘアル(6ドルくらい)はちょっと高いけどさ。

さて、この日系人街。初日はアドレナリン大放出でやたら歩き回っていました。
何故かってアナタ、「ここ、日本じゃねーの?!」な光景が、地球上で日本の裏側にあたるブラジルの地に存在しているという事実!提灯のアーケード飾りに、これでもかと云わんばかりの日本語の看板、看板!「ラーメンあすか」とか「明石屋宝石店」とか「ヒロセ眼鏡店」とか書いてある!引き戸の食堂には「本日の昼定食」と日本語で書かれた紙が貼られ、配られるチラシもしっかり日本語。日本語の本屋には、ジャンプ、週刊文春、アンアン…と日本の雑誌がずらり並び、コミックも置いてあります。
そして、極めつけは、メインストリートにかかる橋にででーんと建っている大鳥居!今ドキこんなでかい鳥居、日本でも神社以外では見たことないです。しかも、この橋の名前が大阪橋。何ゆえ大阪?(笑)
よくある感想で申し訳ないのですが、「日本の地方の商店街に来たみたいだ」と思いました。はるばる地球の裏側まで来たら、実はそこは日本でした、というすごいオチ(笑)。

あとすごいと云えば、日本食のスーパーマーケットが圧巻の品揃え!
しょうゆが置いてあるのなんてトーゼン、チューブわさびから練からしから、ごま油、みりん、ハウスバーモントカレー、そうめん、お豆腐、納豆、海苔、お茶漬けの素…すげえ。すごすぎる品揃えです。コンビニ弁当風の海苔巻とか寿司は並ぶわ、きなこ餅やら大福やらの和菓子は並ぶわ、せんべいとキャンディーはやたら種類豊富だわ…ああ、くらくらしそう。
わたしは早速、ケープタウン以来求め続けていたふりかけを購入。もちろん日本米も買って、早速ふりかけご飯を賞味いたしました。そして、デザートにはきなこ餅(笑)。あー幸せ。

寿司は高くて買えないので、撮影のみ(空しい)。

また、毎週日曜日になると、リベルタージ広場にて縁日が催されます。
ブラジルくんだりまで来て、縁日が見られるなんて思いもしなかったなあ…。今川焼きがフツーに売られているのには驚いたね(笑)。もちろんいただきました。美味かった〜(感涙)。
縁日には日系人ばかりではなく、ブラジル人もたくさんつめかけていて、けっこう値段はお高いのに色んなもんバクバク食ってました。いかにも日本!な文化がブラジル人たちにもちゃんと受け入れられているというのには、ちょっと感激しました。

しかしまあ、何が一番うれしかったと云ったら、久々の活字三昧に明け暮れたことですね。結局サンパウロには1週間居たのですが、んー、何してたんだオレ???てな毎日でした(苦笑)。
毎日快晴というのに、図書館通い。もしくは本屋で立ち読み。何しろ、宿から徒歩1分のところに図書館があるのですから仕方ありません(そうなのか?)。
旅に出てからというもの、すっかり週刊誌好きになってしまったわたしは、とりあえず週刊女性と女性セブンを片っ端から読み倒し。ガクトが昔韓国人ディーラーの女性と結婚してたとか、チョーどうでもいい情報ばかり仕入れてしまった…。あと、結婚しない(できない?)30人の女優たち、みたいな特集があってけっこう興味深かったわ(笑)。

(※実は、この図書館以外にも、パウリスタ大通りにもう1つあって、ここは何と『ドラゴンボール』『幽遊白書』『ちびまる子ちゃん』『ベルサイユのばら』が全巻そろっているという、非常にキケンな場所でした。が、荒木をチェックアウトしてから行ったので、「うーん、もう1泊…」という悪魔のささやきをかろうじてはねのけました(笑)。でも、閉館ギリギリまで雑誌読みまくってましたけどね。)

日本語の本屋でも、何も買わないのにとりあえず毎日覗いては、注意されない程度に立ち読み。小学生みたいだ(笑)。アンアンのけっこう新しいやつとかあって、思わず買いそうになってしまったわ。しかも特集が「男にウケる女」とか「素敵な恋愛をしたい」とかだよ(笑)。そんなもん今読んでどーすんだ…。

SAOPAULO7.JPG - 24,477BYTES リベルタージ名物・大鳥居。

しかし、そんな過ごし方ではちょっとマズいと思い、サンパウロ美術館や移民博物館やサッカー観戦にも出かけました。
移民博物館は、宿から徒歩1分、て云うか図書館と同じ建物内にあるのですが、結局行ったのは出発の前々日…ははは。でも、ここだけはちゃんと見ておこうと思っていたのです。ただただ「日本食!日本語の本!」と浮かれてばかりいるのではなく、この街がそうなるまでの歴史をきちんと知ろうというこの殊勝なココロ…って、自分で云ってちゃ台無しですけど。

展示は、最初の移民がブラジルへやって来た1908年からの歴史を、移民を運んで来た数々の船の写真や、コーヒー農園での労働風景を撮影したビデオ、当時の開拓小屋、使用していた農具、新聞記事etcで見るという内容です。
その中に”海外雄飛 行けブラジルへ!”と染めで書かれたハッピがあって、わたしはしばしその前で立ち尽くしました。
今からずっと昔、海外に出ることなんて途方もない話だった時代に、一旗上げてやろうとはるか日本の裏側までやって来て、最初は奴隷労働に近い状況から、徐々に自分たちの居場所を作り上げていったパワー…それも、南米を一気に植民地化してしまったスペインのようなやり方ではなく(まあ時代が違うけどさ)。何だかね、日本人ってこんなに力強かったんだなあって思って、胸が熱くなったんですよ。そして、この日本から一番遠い国で、日本人たちが根を張って今も生き、ブラジルという場所に同化しながらも、鳥居を作り、縁日を開いて日本の文化を守ろうとしている事実に、云いようのない感慨を覚えたんです。

美智子皇后が移民のために詠んだ和歌が、博物館の一角に刻まれていました。和歌のことなんてよく知らないけれど、いい歌だなと思いました。「移民きみら辿りきたりし遠き道に イペーの花はいくたび咲きし」イペーの花というのはブラジルの国花です。

例えば、世界中何処にでもいる中国人たち(笑)って、何処にいても中国語を喋っていて、詳しくは知らないけれど、「中国人がチーノとか云って嫌われているのは、その国で稼いだ富を地元に還元しないからだ」と誰かが云ってました。
でも、この日系人街は地元にしっくり溶け込んでいるように見えるし、食堂なんかで日系人のおばちゃん団体と隣り合わせると、聞こえて来るのは日本語ではなく、ポルトガル語。日本人なんだけど、ブラジルにちゃんと腰を据えて生きている。そんな気がするのです。

サンパウロは移民の街とも云われるだけあって、とにかく色んな人種が入り乱れ、尚且つ大都会ということで実に混沌とした雰囲気なのですが、混沌の中にも不思議な予定調和のようなものがあって、見どころがないわりには何だか不思議な魅力のある街なのでした。決して日本食と本につられて長居したワケでは…ないようなあるような(笑)。

SAOPAULO24.JPG フシギな日本語の看板。「あなたののぞみはかなえられます」…???ちなみにここ、ただのファーストフード店でした(笑)。

ここからは余談。と云ってもサンパウロでの出来事ですが。

長旅をしていると、しばしば不思議な出会いに遭遇するものです。
荒木では、かのサファリホテルで会ったTさん夫婦に再会しました。彼らとは、ほぼ入れ違いだったのですが、向うはちゃんと名前も覚えていてくれていて、「年末、アクセルくんとビール飲んでたよねー」なんて懐かしいことまで。わたしも、当時名前こそ聞いていなかったものの、2人が年末サファリに来て、元旦のピラミッド登頂に出かけていたことを思い出しました。しかしまさか、サンパウロで再会とは!お互い心の底から驚いていましたね。

何と2人は、あれから5ヶ月サファリにいて、サファリ崩壊劇にもしっかり立ち会っていました。その後のサファリ話やわたしの知らないアクセルの悪行(笑)などなど、おもしろおかしく聞かせてくれて、しばしディープなサファリネタで盛り上がりました。いやー、サファリは本当に濃い。ネタの宝庫です。かえすがえすも崩壊が惜しまれる(笑)。
旦那さんのTさんがまた、何だかアクセルに似てるんだ(笑)。顔もそうだけど、話し方とか、ノリとか(奥さんもそう思っていたらしい)。なもんで、サファリでは仲良くなる時間もなかったけれど、二人とも昔からよく知っているような気がして、他人とは思えなかったですね。南米を回ったあとはアジアに飛ぶということなので、またどこかで再会できるかも知れません。

そして、ここではある本との出会いも。
本との出会いは、人との出会いと同じように心トキメクものです。そして、しばしば運命の出会いとでも云いたくなるような不思議な出会い方をすることがあります。
最近、あまり劇的なことはなかったのですが、サンパウロの日本語書店では、そうした本との邂逅がありました。

わたしは、ある時期から、旅人とメールアドレスを交換する際、”好きな本と好きな映画”を書いてもらうことにしています。
僭越ながら、本と映画の嗜好を通してその人となりをさらによく知りたいという気持ちと、あとは単に、自分では見つけられなかった面白い本(映画)を教えてほしいという好奇心。メルアド交換のときに、本と映画の話でひとしきり盛り上がれるという長所(?)もあります。
ある程度仲良くなったり興味を持った人たちに書いてもらった本と映画リストは、数は決して多くないけれど(最近はむやみやたらとメルアド交換はしないようになった)充実した内容で、それらの本を読み、映画を観るのが帰国後の大きな楽しみのひとつになっているのです。

前置きが少々長くなりましたが、今回発見した(まさに発見という言葉がふさわしい)本というのは、吉行淳之介の『湿った空乾いた空』という本。ボリビアで分かれたGさんが薦めてくれた本です。
本と映画を書いてもらう際、やはりひとしきりその話になるわけですが、彼のこの本に対する思い入れはけっこう強く、日本を出てから旅の間中ずっと持ち歩いていたらしいのですが、途中である人に貸したまま返って来なかったという曰くつきの本。しかもこれ、絶版本らしいのです。

「サンパウロに日本語の本屋があるらしいから、そこで一応探してみようかな」というGさんに、わたしは「じゃ、わたしが先に見つけて買っちゃいますね」と冗談めかして云ったものです。
でもまさか、本当にあるなんて!だって、日本語書店と云ったって、日本で云えば町の本屋さん程度の規模。つまり、紀伊国屋みたいなものすごい品揃えではないのです。
しかし、逆に見れば、本の回転率が日本の本屋ほど早くないせいで、いやおかげで、絶版本が生き残ることができたわけですね。むしろ、日本で探すより確率は高かったのかも知れません。

それにしても、この本を見つけたときの驚きと云ったらありませんでした。
一瞬、2ヵ月後くらいにサンパウロに来るというGさんのために置いておくべきかな…とも思ったのですが、発見自体に狂喜してしまって、そのとき手持ちのお金が足りなかったので走って宿に取りに帰り、また走って引き返したという、そのくらいの興奮ぶりでした。その後すぐ本人にメールしたら、彼もかーなーり驚いてました。「帰国したら譲って!何でもおごるから!」と書いてあった(笑)。

もう1冊、ブダペストにいるタケシさんが、最近読んで非常によかったとメールをくれた、寺山修司の『少女詩集』も購入しました。
このタイトルを見ただけで、乙女なわたくしとしてはゼが非でも読みたいと思っていたところ、寺山修司の本が他に一冊もないにもかかわらず、これだけが置いてあったのです。
値段は見なかったことにして即購入。費用対効果を考えると、詩集というのは行間・空白が多すぎて、活字に飢えるわたしとしては少々もったいなくも思ったのですが(笑)、逆に考えれば詩集は何度でも色んな読み方ができるという点で耐久性はあるのかも知れません。
何てったって少女詩集、しかも表紙は林静一のイラスト(※小梅キャンディーの絵の人)!乙女たるわたくしが読まずして誰が読むというのでしょう(笑)。

いやはや、本との出会いは不思議なものです。今回も、「欲しいな」と思って手を伸ばしたらぶつかった、とでも云いたいような、まるで用意されていたかのような出会いでした。こんなことってあるもんなんだなあーと、 しみじみ。
「求めよ、さらば与えられん」というわけですね。ついでながら、図書館でも、森茉莉の『贅沢貧乏』の新潮文庫版という超レアもの(分かる人には分かるはず…)を発見し、「この本もわたしを待っていたのかしら」と勝手に解釈し、思わずパクりそうになりましたが、すんでのところで思いとどまりました。それではまた。

縁日の今川焼き屋台。

(2003年8月26日 サンパウロ)

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