旅先風信71「チリ」


先風信 vol.71

 


 

**親父、オヤジ狩りにあう**

 

土砂降りのイースター島からサンチアゴに帰ってくると、これまた土砂降りでした。
雨もさることながら、いきなり生理になってしまい(頼むからいきなりはやめてくれ)、憂鬱な気分で、同じフライトだったM&I さんカップルにくっついて安宿「NUEVO HOTEL」に行きました。一部でドロボー宿というウワサもあり、あまり評判のよくないホテルですが、ここが最安値で、立地もいいので仕方ありません。

ボロいけど、何となく風情はある部屋

とりあえずスーパーで夕食を買って、町を少しぶらついたあとは、久々にネット屋へ。
実に10日ぶりのネットということで、「アクセス増えてるかなー。見知らぬカッコいい男性から『応援してます』とか『結婚して下さい』とかメール来てないかなー」などと、かなりウキウキしながらネット屋に行きました(バカだ)。
すると、いつも通り、迷惑メールがたんまり入っているのに混じって、珍しく弟くんからのメールが。タイトルは「おい!」
…一体何だというのでしょう。エラソーに。と憤慨しながらメールを開いた次の瞬間、、、背筋が凍りました。

「おとんがオヤジ狩りに遭ったぞ!救急車に運ばれて、頭5針縫ったぞ!」

オヤジ狩りって?オヤジ狩りって???
しばらくの間、これはたちの悪い冗談ではないのだろうか、あまり電話をしないわたしに、びびらせて電話させようという弟くんの魂胆なのではないか、と考えました。
しかし、弟くんは、そんなウソをつくほどヒマではないはず。それに、わたしも電話しないけれど、弟くんもめったにメールを寄越してきませんから、わざわざ電話の催促をしてくるわけはない…。

ネット屋にいる間中、気温が低いせいもあって(チリは現在真冬)、わたしはぶるぶる震えていました。
とりあえず、イースター島でつくってきた友人ほかへのメールを送信し、HPをアップしたあと、近くの電話屋に駆け込みました。
南米と日本の時間は、まるっきり昼夜逆転なので、今向うは朝だから、誰も家にいないかも…と思いましたが、一刻も早く真相を確認しなければ、眠れそうもありません。呼び出し音が、異様に長く聞こえました。

電話を取ったのは、伯母でした。伯母はときどき、男所帯の現在の我が家に、家事手伝いに来てくれるのです。
「あ、おばちゃん!?弟くんからメールもらってんけど、お父さん救急車で運ばれたって!?」
伯母は「…あの子、云うてしもたんか。あんたが心配するから知らせたらアカン、って云うたんやけど…」と云ったあと、今お父さんいるから代わるわ、と電話を父に回しました。
「もしもし!ちょっと!オヤジ狩りに遭ったって、どーゆうこと!?」
激昂するわたしとは対照的に、父親は少々覇気がないものの、落ち着いた声で「ああ、そうやねん」と答えました。

話を総括すると、こういうことでした。
とある土曜日の夜11時30分頃、おそらく飲み会か何かの帰りで家路についていたところ、まさに家の50メートルくらい手前で3人組の若い男たちに突如囲まれ、ボコられた。おそらく、しばらく付けられていたのだが、相手はスニーカーを履いていたので足音に気づかなかった。犯人グループは何故か財布類は盗らずに逃げ去り、父親はとりあえず家に到着したが頭から血がダラダラ流れているのに気づき、その日弟は家にいなかったため、自力で救急車を呼んだ…と。

…何ということでしょうか。
そして、この話、どっかで聞いたことあるなあ…と思ったら、、、わたしだよわたし!
例のジンバブエでの強盗事件!あれにそっくりじゃん!
男3人組、頭を殴られて血がダラダラ、家(宿)のすぐ近く…そして5針縫ったという針の数まで一緒かよおい!(※前に6針と書いたのですが、抜糸の際、F先生が見てみると「あれ、おかしいな。最初に数えたとき6針やったはずやけど…5本しかないわ。」その後しばらく探しても6本目の糸は見つからなかったのだった)

まったく、親子そろって何という目に遭ったものか。何かに呪われているとしか思えません。
何だろう…モアイかな?(違うだろ)

しかし、殴られたのは額の部分だったため、一応中身に影響はないようで(これも今すぐは分からないけど…)、まともに喋っているところをみると、とりあえず今のところは胸をなでおろしてもよさそうでした。
元気だと分かった途端、わたしは急にエラソーになり「また酔っ払って帰ってたんやろ!今度からな、お酒飲んでるときは、弟くんに電話して迎えに来てもらいや!」と説教こきまくり。このセリフだけ聞いたら一体どっちが親なんだか(笑)。
「いやあ、そんなに酔っ払ってたワケとちゃうで。でもまあ、あんまりにも遊び呆けてるから、罰が当たったんかもなあ」
そう云われると、わたしは父親の100倍くらい遊び呆けているので(うちの家族は全員遊び呆けとるな;)、何とコメントしていいのやら。。。
「まあそんな罰とかじゃないやろけど、とにかく気いつけてや!頼むでホンマに!」
父親は、分かった分かった、と、ホンマに分かってんのかいなと思うようなテキトーな返事をして、珍しく長電話をしてあげているというのに、けっこうあっさり電話を切りました。

計算するに、この事件の遭った日は、父親の誕生日から3日後でした。
誕生日くらい電話してやるつもりでしたが、あいにくイースター島にいたため、サンチアゴに帰ってから安い国際電話でかけよ、と思っていたのです(※そう、サンチアゴは何故か電話代が安く、このときも10分近く話して2ドルちょっとくらいだった)。
それが、こんな電話をかけるハメになるとはね…。

ジンバブエの件と違うのは、犯人が捕まり、何故か毎日新聞(大阪版)にも小さく載ったということでした。
わたしもそうだったけれど、頭を殴られたときは意外と意識ははっきりしていたようで(もちろんこれは殴られた部分によります)、犯人の服装や顔などはよく見ており、その供述がすみやかなる逮捕につながったとか。
「ホンマ、そんな奴らは一生刑務所入っとったらええんじゃ!」とすっかりガラの悪いわたしに、「でも、これぐらいの事件やったら、すぐ釈放されるみたいやで」と父親。
改めてこの世の中というのは、悪人に都合のよいように出来ているなと実感しました。悪人にも人権を!悪人も極楽に行ける!by親鸞ってか。
釈放されたその犯人どもが、逆恨みして再び父親を襲わないとも限らないのに…。

新聞の件は、この事件を知った翌々日、近所に住む友人(※いつも荷物を預かってくれている友人だ)が、「云おうかどうか迷ってんけど…」と前置きして送ってきてくれたメールに書いてありました。
彼女は、事件が起こる30分前、やはり同じ道を通っており、3人組のあやしい奴らも見かけたらしい。一歩間違えていたら、彼女がやられていたかも知れない…と思うと、またぞろ背筋が凍るのでした。
「N市(われわれの住む市)も物騒になってるわ。日本の未来も明るくないなー」メールの最後はそう締めくくってありました。

父親が襲われた道というのは、昔っから雰囲気のよくない道なのです。
ただでさえ人気がないのに、片側は民家の裏口で塀に覆われており、片側は田んぼつきのでかいお屋敷ということで、何かあってもすぐには助けが来そうにありません。
働いていた頃など、夜の12時1時に帰宅することもしばしばだったので、ここの道を通るのはかなり怖かった。携帯電話を片時も離さずに早足で帰っていました。
ちなみに、わたしは以前ここで露出狂に出くわし(しかも2回)、また、母親は痴漢に遭いました。とにかく、そういう道なのです。何故こんな道が我が家の近所にあるのか…やはり呪われているな。

あんまりシリアスな事件を書くのはこれくらいにして、もうひとつ、今度はしょーもない事件?をば。

父親の無事がすぐに分かり、安心しきったわたしは、何故か財布のヒモまでゆるくなり、翌日は鼻歌を唄いながら買い物にでかけました。と云っても一応目的はあるのです。
昨日ホテルに着いてズボンを脱いだ(と書くと何だかヘンタイみたいですが、ただの着替えです)瞬間、ビリビリっとイヤ〜な音がして見ると、もものところが10センチ以上裂けているではないですか!
強盗事件で少し地面に引きずられたこともあって、ズボンのあちこちに小さな亀裂が入っていたのですが、そこから思いっきり破けてしまって…かなり気に入っていたズボンなのに…。

しかし、もはや修繕する気も起こらないほど裂け目が大きく、元々裾の部分なんかがボロボロになっていたし、ポケットも穴が空いているしで、「これはもうお払い箱だな…」と諦めることにしました。
となると、ズボンはあと1本しかないので、やはり新しいものをとりあえず、あまり高額ではない、しかしあまりダサくないズボンを買わなくてはなりません。
「よし、ジーンズを買おう」。

よく考えてみると、この旅でわたしはジーンズなるものを履いたことがありませんでした。ジーンズもどきのストレッチパンツみたいなのは履いていたけど、リーバイスだのエドウィンだのといった、”ちゃんとした”ジーンズとは無縁のまま、ここまで来たのです。理由はズバリ、似合わないから。あと、洗濯が大変そうだから。
一時帰国した際に、古いジーンズを持って来ようかとも思ったのですが、それも断念しました。
旅人の8割はジーンズを着用しており、まさにジーンズは旅人のユニフォーム(ホンマか?)。わたしも旅に出て1年以上になるし、ここらでそろそろジーンズデビューしてもいいのではないか?解禁してもいいのではないか?…とどーでもいいことを考えながら、いそいそと出かけて行きました。

SANTIAGO1.JPG - 31,988BYTES サンチアゴの中心地、アルマス広場。何故かタロット占いが大はやり。

サンチアゴの繁華街には、デパートが乱立しています。
どこもまあ、日本の伊勢丹やら阪急やらには及びませんが、何もないイースター島から帰って来たこともあり、とりあえず片っ端から入っては物色に物色を重ねるわたし…本と、毎度ながら己の物欲の深さには恐れ入りますね。
お目当てのジーンズですが、リーバイス、リー、ラングラーなど世界的なメーカーのほかに、南米独自のものもあってけっこう目移りしてしまいます。

せっかくだから、リーバイスなんてベタなのは買わずに、日本では手に入らないようなメーカーのを買おう、と、何事もマニアックを好む歪んだ性格のわたしが選んだのは、「SOVIET」というメーカー。
南アフリカでも見かけたことがあるので、南米のメーカーではなさそうですが、日本では見たことがないのと、あとソビエトっていう名前に引かれたのです。うーん、しょーもない理由。。。
2着ほど試着したあと、履き心地のよかった2着目の方を、カードを切って買いました。

久々に(でもないか)新しい洋服を買って、しばらくはスキップでもしそうな勢いで浮かれていたのですが、その後性懲りもなくデパートに入りまくっていると…あれ、けっこう安くてカッコいいジーンズ、あるやん。
ブラジルの「ELLUS」というメーカーが、かなりカッコいいので目をつけていたのですが、ELLUSのジーンズはけっこうお高いので諦めていたのです。が、よくよく探してみると、値下がりしているのもあるではないか…。

そしてわたしは、大変なことに気づいたのです。
「わたしの買ったやつ、異様に黄色くないか??」

…そうなのです。古着っぽくていいかなー、と思って買ったはいいけれど、よく見ると、色が薄すぎるかつ何だか黄色い。黄色いというのは、まるで犬に小便をひっかけられたまま洗ってないような、そういう色です。
古着を通り越して、これはただの汚いジーンズでは…?本当は、もっと色の濃い、ブルーブラックとでもいうような色合いのジーンズを探していたのに、何故、何故わたしは、それとは全く反対のジーンズを買っているのだっ!?

他のジーンズを見れば見るほど、わたしは後悔に苛まれました。
それらのジーンズと自分のジーンズを合わせて比べながら、「ああ、やっぱり黄色い…色が薄すぎる…しかも黄色は膨張色だからデブに見える…」と、どんどんマイナス思考に陥り、最後は心身ともに疲れ切って、宿に帰りました。
せっかく久々に買い物したというのに、いや、久々の買い物で浮かれていたせいで、目が節穴になっていたのでしょうか…。貧乏人が金を持つとロクなことはないと云いますが、まったくその通りだわ。けっ。

宿に帰ってから、I さんにも「聞いて下さいよ〜。わたし今日このジーンズ買っちゃったんですけど、すんごい黄色くってヘンな色なんです!何でこんなの買っちゃったんだろう…ホントにバカなわたし」とえんえんグチってしまいました(すみませんでした)。
というわけで、今後南米あたりで黄色いジーンズを履いている女のバックパッカーを見かけても、「あいつのジーンズ、小便色やな」などと揶揄せずに、どうぞ放っておいてくださいませ。

そんなことがありつつも、翌日はしっかり黄色いジーンズを履いて(笑)、ウワサのアニータの店に行きました。
アニータって誰じゃ?と思われた方にカンタンに説明しますと、3〜4年前日本のワイドショーを騒がした、チリ人女性のことです。青森県の公務員の男性が、アニータに貢ぐために役所から金を横領して逮捕された、と云えば「ああ!」と思い出される方も多いことでしょう。
アニータはチリでも有名人らしく(ゲイシャになったチリ人女性、とかそういうことでしょう)、自伝まで出版されている始末です。本土からはるか離れたイースター島住民のおねーちゃんですらもこの本を愛読しており、「これはわたしのバイブルなの。これを読むと元気が出るの」と云っていたくらい。何だか知らないけど、すごいじゃないかアニータ。

汐見荘の情報ノートにも「パタゴニア、イースター島と並ぶチリの見どころ、アニータの店」と実にミリョク的な(?)コピーが書いてあり、これはぜひ、話のネタに行っておきたいところです。
しかし、1人で行くのもなあ…と思っていたら、運良く、行きたいという日本人旅行者Kさんが現れてくれたので、早速翌日ランチを食べに行くことにしました。

アニータの店(正確にはアニータの経営しているレストラン)は、サンチアゴ市内でも、高級エリアっぽいところにあります。
名前は「デリリオ・カリベーニョ」。何故かキューバ料理のお店らしい。汐見荘で、行った人から外観の写真を見せてもらっていたので難なく見つかりました。…が、あれ?閉まってないかここ?
それでも一応ドアを叩くと、中から従業員が出てきました。「食事?今はやってないんだ」。うっそー…。
…もしかしてこれは、
今アニータが起訴されているからか? そう、昨日KIOSKで新聞を見たら、一面にデカデカとアニータの写真が載っていたのです。多分脱税か何かでしょう(笑)。
つたないスペイン語で話を聞くと、どうやら夜は営業しているとのこと。しかし、夜では同行していたKさんのフライトに間に合わないので、そこからすぐのところにある、同じくアニータ経営のハンバーガー屋で手を打つことにしました。お店は、表にアニータのセクシーポスター(笑)がでかでかと貼ってあるほかは、ごく普通のファーストフード店でした。

ANITA.JPG セクシーアニータ。この顔に見覚えある日本人は多いはず(笑)。

ついでに、アニータの自伝もしっかり買いました。もちろんスペイン語なのですが、「スペイン語の勉強になるかも知れない」とちょっと真面目な考えもあって、迷わず購入。表紙は、アニータがキモノを着て、ナゼか片乳を出しているというシュールな写真で笑えます。帰国したら見せてあげますね。
↑って、後で聞いたらこれ、日本でちゃんと訳本出ているらしいっすね…さすがは日本。何でも売っている国だ(笑)。

(2003年7月9日 サンチアゴ)

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