旅先風信3「リトアニア」


先風信 vol.3

 


 

**暗黒**

 

引き続きリトアニアからお届けします。
すっかりここんちのYHが居心地いいもので、また一泊延ばしてしまいました。これでフィンランドはあきらめることに…。でもどっちみちサンタクロースもムーミンもオーロラも見られない日程だったから、行っても仕方ないですものねえ(と自分に言い訳)。

だって、ここで働いているサダおじさんはいろいろ面倒みてくれるし、話し相手になってくれるし、ご飯も作ってくれるし…(何をやってるんだわたしは)。彼はボランティアでここのレセプションなどをやっていて、実は4代目。過去にもリトアニアを気に入ったバックパッカーズがしばらくの間勤めていたようです。ちなみにサダさんは、妻子を日本に残して(と云っても失踪とかではなくて)、モノ書き修行のため長い長い旅に出たらしい。
オーナーのリヴィウスもバックパッカー経験者ということで、この宿が過ごしやすいのは彼の旅経験によるものなのかも知れないですね。

YOAKENOMON.JPG - 36,155BYTES 旧市街の入り口にある夜明けの門。ここのマリア様は何でも願いを叶えてくれるそう。

さて、わたしは別にホテルでだらだら過ごしているわけではなくて、けっこう精力的に活動はしていました。
しかし、行くとこ行くとこロクでもないアウシュビッツ系の博物館ばかり。自分の人間性を疑ってしまいますね。人の不幸が好きなんでしょうか。。。

まずはKGB博物館。KGBというのは、旧ソ連の秘密警察のことですが、実はわたしもよく知りません。ナチスのゲシュタポみたいなものと勝手に認識しています。博物館はKGBが実際に使っていた監獄を現在一般公開しているというもので、外から見るとよくある石造りの建物です。博物館(監獄)はその地下にあります。

監獄は全部で20くらいのCELL(小部屋)に分かれています。新しい囚人の写真撮影室、尋問室、シャワー室、家具が動かせないように固定された独房、1日5分間・1度に40人が詰め寄せるトイレ…。
どの部屋も薄暗く、気味が悪いことこの上ありません。
しかし、最高にぞっとするのは、外に叫び声が漏れないように壁全面に分厚いクッションを張った拷問室です。血痕らしきものがうっすら残った部屋には、囚人用の拘束服が飾ってあって、それがまるで、悪魔かコウモリのように見えていっそう不気味でした。
水牢というのもありました。部屋の真ん中にパン皿くらいの大きさの丸い円があって、囚人はそこに立たされ、周りに水を入れられるのです。眠れば凍った水の中に落ちるので、眠れないというわけです。

さらには処刑室。大きなかまどのようなこの部屋で、約1000人くらいのリトアニア人が殺されたようです。床がガラス張りの展示になっていて、眼鏡や靴や歯や人骨やらがポツポツと散乱しています。『歩き方』によると、ここを案内しているおじさんは、実際に抑留されていた人だとか…わたしが見た人はとても上品な雰囲気の老紳士で、何だか切なくなってしまいました。

しかし…相変わらず英語アレルギー気味のわたしは、パネルを読むのも一苦労。
何となくは分かるのだけど、長文になると途中からワケが分からなくなってしまって…。
アウシュビッツのときもそうでしたが、英語がすらすら読めていたら、もっと多くのことを学べたのになあと悔しいです。

KBG.JPG - 120,429BYTES 拷問室。後ろに見える不吉な黒いものは囚人の拘束服。

そして今日行ってきたのが、リトアニア第2の都市・カウナスにある、第9要塞博物館。
どういうところかと云うと、おなじみ(?)ナチスのユダヤ人強制収容所です。何だか名前からして不吉な感じがしますが、ここがまた、想像を越える怖さで、ほんと、今日はうなされるかも知れません。

何が怖いって、観光客がわたし一人!
展示内容や規模はアウシュビッツの方が凄いんですが、あそこはまだ観光客がたくさんいたので、あくまでも観光地としての一面があったわけです。ところがここは誰もいないため、まるで廃墟のよう…。収容所に足を踏み入れた瞬間から、マジで帰りたくなりました。
好奇心にかられてこんなところばっかり来ているわたしがバカでした、もうしませんから許して下さい、ってこんな恐怖はめったに味わえないでしょう。怖いもの好きの方はぜひ挑戦してみて下さい(違うか)。
第2アウシュビッツ・ビルケナウ収容所もそうなんですが、当時のままの建物が残っている場所というのは、半端じゃなくぞっとしますね。ここもいくつかのCELL(小部屋)があって、1階の一番奥まったところにある”WET CELL”なんて、もう牢屋というより墓場です。まったく光が入らない上に、天井から水が滴り落ちてきて…。

地理的にもうら寂しいところで、車しか走らない道に囲まれただだっ広い草地に、コンクリートの無機質な博物館と、元収容所と、モニュメントがぽつぽつと建っているのです。そして、モニュメントの側には、銃殺刑の行われた壁が…。
今日は非常に寒くて風も強い日で、心身ともに凍りついてしまいました。

YOUSAI.JPG - 26,015BYTES 第9要塞博物館の元収容所。マジで怖いです。

リトアニアって本当に気の毒な国ですね。まあほかのバルトの国もそうだと思うけれど、ドイツと旧ソ連の間という地理条件ゆえに、両国からさんざんな目に遭わされてきたわけですから。
先述の「第9要塞博物館」は別名”リトアニアの痛み”と呼ばれているそうです。まさに、リトアニアの歴史は痛みの歴史と云えるかも知れません。

えば東ティモールにしろ、台湾にしろ、独立ってそんなに重要なことなのか?何で今までの国に属してちゃいけないんだ?などと思っていましたが、ちょっと考えが変わりました。どんなに小さな国でも、一つの国であるという事実は、想像以上に大きなことなのではないか、と

ここのアダムクス大統領という人がまた、とても熱い人のようで、何しろリトアニアを世界に知らしめて「ロンドン、パリ、ローマ、ヴィリニュスと云われるようにする」とおっしゃっているとか。何をバカな、と笑う人は笑うでしょう。でもこの小さな新興国が、熱く理想に燃えている姿って何だか感動的だと思いませんか?彼の支持率は圧倒的で、K首相どころの騒ぎではないそうです。

この辺の話をサダさんからいろいろ教えてもらって、今まではその首都名すらも知らなかったリトアニアという国に愛着が湧いてきました。カウナスのバスの運転手はとってもいい人だったし…。こういうことがあるから、やっぱり旅はいいなあなんて思うのです。

脈絡なくてすみません。いずれ収容所やら拷問関係の写真のみを収録した写真館でもアップしたいものです(こらこら)。それではまた。

(2002年4月6日 ヴィリニュス)

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