旅先風信27「モロッコ」


先風信 vol.27

 


 

**モナミー**

 

Rへ。

お元気ですか。こんなときでもなければ手紙を書くこともない筆不精かつ薄情者のわたしを許して下さい。
いや、“こんなとき”と云うほど大したことではないのよ。本当に…。でも、君なら、この脈絡のない今の感情を少しは理解してもらえるかと思って筆をとった次第です。

サハラ砂漠からリッサニに戻り、マラケシュ、エッサウィーラと移動してきました。
マラケシュは巨大なメディナで有名なところです。昔、松田聖子が『マラケシュ』って歌を唄っていたの覚えてないかなあ?あの街です。
静脈のように縦横に広がるスーク(市場)、夜になるとメディナの中心に当たるフナ広場に50以上の屋台が並び、いっそう活気が増します。毎日お祭りのようです。

そして今いるエッサウィーラは、大西洋に面した小さな港町。
白い壁にブルーのドアといういかにも地中海風の家々が並び、サーフィンのできるビーチがあります。
気候も温暖で、小規模ながらおもしろい市も立ち、のんびりするにはいいところかも知れません。

…とまあ、申し訳程度に足取りを説明したところで、早速本題に入ることにするよ。
と云っても何から書けばいいのやら。
結論から先に云うと、1人で旅をしているのがちょっと辛くなってきたって話。

マラケシュ行きの夜行バスで、わたしは2人の旅行者と知り合いになった。
いつもならこの旅行者ってのは日本人なんだけど(苦笑)、今回は珍しいことに外人。チリ人の男の子たち。
1人はマルセロ、もう1人はフランシスコという名前。この先ひんぱんに出てくるので覚えておくように(笑)。
彼らはバスの中でぼんやり出発を待っていたわたしに、「ハロー。1人なの?どこから来たの?」と人なつこく声をかけてきたの。これまで話しかけてくるのは怪しいモロッコ男ばかりだったから、何だかすごおく嬉しくてね。やっと普通の人に会えたよー、なんてちょっと感動したよ。しかも2人とも男前だし(笑)。

このうちのフランシスコ君(長いので以下フラ君と略すよ)が特に、女子1人で旅行しているわたしが珍しかったのか、隣に来て色々尋ねてきてね。「1人で旅行してて大変じゃない?」とか「モロッコで何かイヤな目に遭わなかった?」とか、別によくある会話だけど、久々に普通にやさしくされたような気がしてねえ。わたしも相当参っていたんだろうなあ。あとはお互いの旅のルートとか(モロッコからの足取りはほぼ同じだった)、お互いの国のこと、年齢、一体何者なのか(笑)などなど、英語の会話に苦労しつつ話してた。フラ君は多分大学を卒業してこれが最後の旅行だみたいなことを云ってた気がする(正確に分からない。英語だから)。

そのうち夜になって、乗客もしんとし始めて、わたしも英会話に疲れたもんで(情けない)何となく黙ってた。ただ黙ってフラ君の隣に座っていた。それだけのことなんだけど、そのときのことは忘れようにも忘れられないよ。
彼は身長が194センチもあるかなりの大男で、その大きな身体がすぐ隣にあって…わたしは膨大な量の安心感を覚えたの。彼の手が何気なくわたしのももの上に置かれていて、それがまるで眠りにつく前の子供によしよしって頭なでてるような感触がして、ああ、何はともあれ、今は、明日の朝マラケシュに着くまでは大丈夫だ、ぼったくりもセクハラも宿の心配もない、わたしは守られてる…そんな風に思って、何だかとても安らかな気分になったんだよ。被害妄想ならぬ拡大妄想もいいとこだけど(笑)。誰もお前なんか守ってないっつーの。
わたしは今まで1人で旅していて、寂しいとかつらいと思ったことはあったけど、別に平気だった。同行者が欲しいと思ったこともなかった。でもこのとき初めて、「1人じゃないというのはいいな…」と思ったのさ。そして、誰かに守られていると感じるのは何て幸福なんだろうなあ、ってね。

その後マラケシュに着いて同じ宿を取ったまではよかったの。
もちろん彼らはツインでわたしはシングルだよ。フロントで9番と10番のキーを渡されたときフラ君が「お隣さんだねえ」と云って笑ったのが、彼らを見た最後だった。

MARAKESH17.JPG - 30,093BYTES マラケシュの街角風景。見事にオッサンしかおらん…。

もちろん、わたしは彼らと行動をともにしようとは思ってなかった。だって、2人で旅行に来ているわけだし、こんな英語の下手くそな(ちなみに2人はペラペラ)外人女子が割って入るのも面白くないだろうと思ったし。
それにわたし、2人はもしかしたらゲイのカップルなんじゃないかってちょっと疑ってたからね(笑)。毎度ながらこのテの妄想好きだねーわたし。でもバスの中でじゃれてた様子なんかが仲良すぎに見えたし。フラ君が194センチでマルセロは多分170くらいしかなくて、何か身長差的にもカップルっぽくて。

それはそれとして、隣同士なんだから廊下ですれ違うくらいのことはあると思ってた。もしかしたらメディナを観光していてばったり会うかも、とも。
何なんだろうなあ、わたし、とりあえずもう1回フラ君の顔が見たかったんだよねえ。で、写真が欲しかった。だって、美形だったからさー…。
わたし、ジャンヌ・モローみたいに「お金も知性もわたしが持っているから、殿方は美しければそれで結構」なんてカッコいいことはとても云えないけど、後半部分には賛成できるんだよ。つまり美男子にすこぶる弱いのさ。君もよく知っていると思うが(笑)。

わたし結局マラケシュには2日間いたのかな。でも一度も彼の顔を見ることはできなかったよ。
部屋の鍵穴からのぞくと確かに荷物があって(やめなさいって)、夜もちゃんと電気がつくんだけど、まるで神隠しにあったみたいに彼の姿だけが見えなかった。思い切ってドアをノックして「写真撮らせてほしい」って云おうかなとも思ったんだけどできなかった。わたしは独房のようなシングルルームで、体調のよくないせいもあって鬱々と眠れぬ夜を過ごしていた。

マラケシュの屋台のことは先に書いたよね。屋台もそうだけど、フナ広場では色んな催しものが行われていて、わたしはその中のボクシングを何となく見ていたの。
そしたら何故か興行師に「おー、ジャポンか。こっちに来い」といきなり目をつけられリング(らしきもの)に上がらされてしまった(苦笑)。で、闘えとばかりグローブもしっかとはめさされて、完全にキョドっているわたしは、観衆のいい笑いものになってたわ。相手は笑顔がかわいい…というより生命力にあふれまくった黒人の少女。完全に草食動物(わたし)と肉食動物(少女)の戦いって感じ…。いよいよ戦いの火蓋が勝手に落とされそうになったそのとき、これまたいきなり、観衆の中から車椅子の男がリング(?)に突っ込んできて、戦闘はうやむやのうちに終わった…って、何やねんこの茶番は!?
でも、そんなワケわからん状態にいてすらわたしは、「もしかしたらここをフラ君が通りかかってわたしを見つけてくれるかも…」なんて空しい期待を抱いたもんだ。もちろんそんなウマい話はあるわけない。

MARAKESH21.JPG - 42,698BYTES  フナ広場のフレッシュオレンジジュース屋台。めっちゃ美味いです。

わたしは1日も早くマラケシュを発って、このつまらぬ、明らかに旅のジャマになる煩悩を振り払おうと思った。だって、これ以上マラケシュに、そしてこのホテルにいたらどうしても彼の姿を探してしまうからね。きっとあれはマボロシだったのさ〜♪と思うことにして、さっさと気持ちを切り替えたかった。そのわりには出発の朝もギリギリまでホテルにいて、偶然会えることを期待してしまったけどね。往生際悪すぎ。

エッサウィーラに行くバスの中はもちろん1人だった。思ったんだけど、欧米人の女の子ってほとんどカップルで来てるよねえ。
砂漠ツアーのときもそうだったよ。みんなカップルだった。わたしだけがまるで奇形の人みたいに思えた。
タイ人だかフィリピーナだかのアジア系の顔した女の子がカナダ人の男の子とカップルだったんだけど、背の小さな彼女が大きな彼にさりげなく抱きついていたりするのを見ると、無性にうらやましかったもんだ。

エッサウィーラはさっきも書いたようにこじんまりとしていて、雰囲気もなかなかいいところで、何となくビーチを目指して歩いていると次第に気持ちもやわらいできた。ビーチまで来ると風が気持ちよくて、これまでの懊悩がバカらしくなってきた。

まさかここで彼に遭おうとは、夢にも思っていなかったよ。
最初は自分の目を本気で疑った。だって彼らはまだマラケシュにいるものとばかり思っていたからね。
一瞬、声をかけるのに躊躇した。もうええやん、マボロシの人ってことで処理しとこうや、って。
でもそんなつまんない理性なんて所詮は本心じゃなくて。わたしは思い切って、でもあくまでも何気なく「ハロー」って声をかけた。

そのときマルセロは海の方にいて、フラ君は1人だった。ちゃんとわたしを覚えていたよ。って当たり前か。2日しか経ってないもんねえ。
いつこっちに来たの、なんて話をしながら、わたしは今起こっていることがまだ信じられなかったよ。
話を聞くと、どうやら彼らはわたしより1日早くマラケシュを発っていたらしかった。…ってことはわたし、昨日は全然カンケーない人の部屋をのぞいてたんかい!って(笑)。アホやなあ。

ESSAOUIRA5.JPG - 13,063BYTES エッサウィーラのビーチ。広くて人が少なくて、気持ちいい。

それからは彼らと何するでもないけど行動を共にしていた。彼らはこの日もう1泊して、次の日カサブランカかラバトへ行って、その後セウタからスペインに戻るということだった。というのはマルセロがバルセロナに住んでいて、友達が遊びに来るから金曜日には帰らないといけないらしい。ところがこの予定も、スペインの電車がストか何かで金曜日は動かなくなっていることが分かり、彼らは急遽この日の晩の夜行でタンジェに向かうことになってしまった。
どの道そんなに長く一緒にいられるわけではないとは分かっていたけど、寂しかった。やっと見つけたのに。

彼らのホテルにお邪魔して、マルセロがシャワーを浴びている間、わたしはフラ君と少しだけ2人で話すことになった。
こんなときに限って適切な言葉が出てこないというのは皮肉なもんだよ。言葉に詰まったわたしが何を云い出したかというと、彼らの部屋のツインではなくダブルのベッドを見て、
「彼と一緒に寝てるの?」
…この期に及んでも、まだわたしはゲイ疑惑を捨てていなかったのさ(笑)。
彼は苦笑して「一緒に寝てるけどゲイじゃないよ」と先回りして云った。何故気づかれてる!?(笑)わたしはどう言葉をつないでいいか分からず(しつこいようだが、なにぶん英語なもので)、「ゲイだったらもっと面白かったのに」とさらにアホなことを抜かしやがったのだ。もちろんフラ君は「WHY?」と尋ねてきた。そりゃそうだよな…。
わたしは、日本のある一部の女子がゲイ好き、ゲイカルチャー好きなのであるということを下手くそな英語で何とか説明した。何やってんだよわたし、って感じだけど、そしたら急に彼は神妙な顔つきになって「僕はゲイだ」。

えーーーーー?!やっぱりそうなんかっ?!と、わたしはしばらくハニワになってしまった。。。
普段ゲイゲイと騒いでいるわたしも、さすがにこうまでストレートに云われると返す言葉がなかったわ(笑)。どぎまぎしながら「別にノープロブレムだよ。むしろその方がわたしにはインタレスティングだよ」と云ったら、あっさり「冗談だよ」と笑われてしまった。ははは…。

その後、彼はバスの中で尋ねたことと同じ言葉を繰り返した。
「誰かと一緒に旅をしようと思ったことはないの?君はきれいだし(…す、すまん。自分で書くのも最低だがあとの文脈につなぐため敢えて…)、1人でいたら誰かが声をかけてくるだろう?」
わたしは泣きたかったよ。そして云いたかったよ。1人でいるのはやっぱり寂しいって。誰かと一緒に、いやあんたと一緒にいれたらどんなにいいだろうね、って。でもそんなこと云ってどうなるんだよ。どうにもなんないじゃねーかよ…。
実はこの少し前、マルセロが冗談とも本気ともつかない口調で「何で君は1人でチュニジアに行くんだ?フランシスコと一緒にスペインに行けばいいのに」と云っててね。一体この人どういうつもりでそんなことを云うのかしら、たとえ冗談としても…と思ったんだけど、都合のいいように解釈するなら、彼も少しはわたしと一緒にいたいと思ってくれたていたのかも、と思ったの。思いたかった。
「ユーアービューティフルなんて云って。モロッコ人みたいだよ…」

それからはもう2人きりになることもなく、マルセロと3人でご飯を食べに行ったりバスのチケットを取りに行ったりしてた。
マルセロも好青年だったよ。明るいし、男前で(笑)。2人ともわたしより年下なのにすごくしっかりしてるように思ったな。欧米人のパッカーって何となくそういう風に見えるよね?砂漠ツアーのときも思ったんだけど、何か堂々としてるっていうかね。束の間、わたしは出来のいいボディガードに守られているような気がしていい気分だったよ。

彼らはわたしがゲイ疑惑を抱いているのを面白がっていたみたいで、しきりに「僕らのセックスが見たいか?」と云うので「うん、見たい」と正直に云うと、「それには君も参加するという条件つきだ」なんてバカなことを云い合っていたもんだ。これでparticipate(参加する)という単語を覚えちゃったじゃねーか(苦笑)。
でもやっぱりゲイではないと分かったのは、彼らがガールフレンドの写真を持っていたから。フラ君のガールフレンドの写真を見ても別にショックではなかった。ただ、何だ、ほんとにひとりもんなのはわたしだけかよ!ってちょっとすねたくなったけどね。

そんなことをやっているうちに、あっという間に夜行バスの出発時間になった。
もう遅いし、ホテルに戻るか?と云う彼らに、わたしは、いや見送ると云ってしつこくついて行った。
マルセロが「また1人になるね」と云うので、わたしは「今までも1人で旅行してたから、1人になるのは慣れてるよ」と答えた。もっと云いたいことはあったけれど、ボキャブラリーがないからそんなことくらいしか云えなくて。情けないな。
「この先の旅でいろいろな素敵なことに出会えることを祈ってるよ」マルセロはあくまでも紳士的だった。
「どうもありがとう」
「短い時間だったけど一緒に過ごせて楽しかったよ。どうか気をつけて旅してね」これはフラ君。お決まりの文句だけど、心に染みたよ。
最後にわたしたちは一緒に写真を撮って、わたしの苦手な欧米式あいさつ(キス)でお別れした。フラ君の大きな身体に飛びつくようにしてキスしたとき、ちょっと泣きそうになった。

バスを見送ってわたしはホテルに帰った。で、パソコンなど叩きながらふと思った。
そっか。わたしまた1人になったのか。
でも今までだって1人だった。それでやってきたんだから、元に戻っただけだよねえ。

次の日わたしは、彼らのいなくなったエッサウィーラの街を歩き倒した。
もう今度はフラ君の姿を探す必要はなかった。だって彼らは確かに行ってしまったんだから。
相変わらず旅行者はみな1人じゃなくて、カップルかグループで、楽しそうに歩いていた。ように見えた。わたしはこれまでにないほど、自分が1人きりだということを実感せずにはおれなかった。
わたし1人で何してるのかな、どうして1人でこんなところにいるのかな…そう思うとやりきれなくて、もはや旅そのものすらが行き止まりに来てしまったような気さえした。

1人でいることは今まで自由と同じ意味だった。1人でいろんなことを考え、動き回ることがこの旅の目的だったから、1人でいるのが平気で当然だよね。
でも今は、1人でいることのマイナスしか感じられない。はっきり云って寂しい。ひとり旅でこれは云っちゃいけない台詞だと思うけど、でも、でもやっぱり寂しいよ。何とかならないのかな。
彼のことが好きだというには時間も言葉もまったく足りてない。だから彼のせいじゃない。ただ、わたしは1人ということに深く気づいてしまっただけなんだと思う。彼のことはきっと忘れていくだろう。新しい記憶に上書きされて…。今のこの気持ちは一時的なほとぼりだと思ってる。

ああ、もっと君に話したいことはいっぱいあるんだよ。今すぐ会って話せたらどんなにいいだろうと思うよ。
だって、こんな手紙じゃまだまだ伝え足りないもの。つまらないことでも全部話したい。聞きたくないと耳をふさがれても無理やり喋りたい(笑)。
でも君に再会する頃にはきっと記憶も風化してしまっているんだろうね。今だってすでに、全部を覚えているわけじゃないんだから…。すべての言葉と瞬間を確実に保存できる何かがあればいいのにね。

それではまたね。

………

…すみません。今回はまるきり私信ということで申し訳ない。
ただ、どうにもまとめようがなくて、ある友人―彼女は昔わたしと一緒に行った旅行で外人男子を好きになり、その後1年間泣き暮らしたという経歴の持ち主である―に宛てるつもりで書きました。一番聞いてほしい相手に対して書けば少しはまとまるかな、と思ったんです。こんなつまんない話、公共の電波で読みたくないとは思いますが、でも前にも書いたように、これ、わたしの自己満足のページだからさ(笑)。

ちなみに、タイトルの「モナミー」というのは別れ際に彼がわたしの肩を抱いて云った言葉です。どういう意味かって?それは内緒です(笑)。でもこのときのことを思い出すと、自動的に泣けてきますよ。ははは…。どうしても知りたい方は(いねーか)スペイン語の辞書引いて見てくださいな。

FRA&MAR3.JPG ゲイな二人(笑)。

(2002年7月11日 カサブランカ)

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