旅先風信166「タイ」


先風信 vol.166

 


 

**バンコクの父と娘(前編)**

 

父ちゃんがバンコクに来ることになりました。

…ってこれ、HPの特別企画とかじゃないです(汗)。
父ちゃんに、「もうすぐゴールデンウィークやし、旅行でもせーへん?」と持ちかけたのは、誰でもない、このわたくしめでございます。ガチンコです。決して決して、ネタで呼んだわけじゃないんですよ。ドキュメンタリー的手法のバラエティ番組じゃないんですから…。

実は、インドのコルカタに戻ったあたりから、ぼんやりとですがそんな構想を練っていました。
東南アジアの旅程を考えながら、ゴールデンウィークには遅くともタイには入れているだろうなと思ったとき、ふと、
「父ちゃんを呼ぶのはどうだろうか?」
という天啓(ウソ)が下ったのです。
海外旅行など、パックツアーでヨーロッパに2回、しかも1回は母、1回は弟同行でしか行ったことのない父ちゃん。しかし、タイなら気軽に来られるんじゃないか?リタイアした元駐在員がわざわざ移住してくるくらいだから、きっとオッサンにはやさしい国のはず。

かなりおこがましいけれど、この思いつきは、ちょっとした親孝行のつもりでもありました。
ま、金は親持ち(親は金持ち、ではない)ってところが全然親孝行じゃないやん!ということはとりあえず横に置いておくとして…。
帰国したらわたしは、就職活動して働かないといけないわけで、就職なんかしたら1週間の旅行だって難しくなるでしょう。しかし今、完全にプー太郎で海外にいるこの間なら、わたしの飛行機代はかからないし、時間だけはナンボでもある(?)。この機会に父ちゃんと旅行をしようじゃないか。可愛い1人娘(笑)との海外旅行はきっと、冥土のみやげになるはずだ(って、父ちゃんはまだピンピンしておりますが)。
…とまあ、そのよーな心持もあったのです。とっても胡散臭く聞こえるのは重々承知です。もちろん、父ちゃんの金で豪遊しようという心持も、なかったとは決して云えませんので。

旅行の話を持ちかけたのは、ミャンマーに発つ直前。
「まあ、一応考えといてよ」と云っておいたまま、その後バンコクに来るまでの約4週間弱、ほったらかしにしていました。
それというのも、ミャンマーは通信の非常に制限された国で、インターネットはないし(ちょっとあるけど、メールが使えるのは1箇所だけ)、国際電話かけるにも1分4ドルとかありえない値段、加えてATMもトラベラーズチェックも使えない…というわけで、家との連絡が取れなかったのです。
さすがにまずいと思い、ミャンマーで唯一メールの使える町で、弟に「とりあえず、飛行機だけ取っておいてくれれば、どこへでも迎えにまいります」とのメールを送り、その後バンコクまで音信不通になってしまいました。

バンコクに着いてすぐ、家に電話しました。が、留守電。翌日、翌々日も留守電。
どういうことやねん!と逆ギレしそうになり、もうあの計画は無かったことにするか…と思った4日目、やっと父ちゃんが電話に出ました。
「おう。弟くんからメールで聞いて、とりあえず、バンコク行きのチケット取ったぞ」
おおっ、父ちゃん!もう若干ボケが始まっているかと心配していたけれど、意外と仕事が早いじゃん。しかも、海外旅行に慣れているわけでもないのに、さらっと航空券を手配してくるとは…やるな、オヤジ。

………。
…ってか父ちゃん、ホンマに来るんですね???

わたしは、自分で父ちゃんを呼んでおきながら、この話が実現してしまったことに、ただならぬ焦りを覚えました。と云うのも…。

☆☆これまでのあらすじ☆☆
野ぎく(25歳)は、就労中に温めていた海外逃亡計画を実行するにあたって、実家の家族に「英国に留学する」とウソをついて出国した。その後、3年にわたって旅を続けているが、月1回のこちらからの電話以外は家との連絡を取らず、現在も、英国で滞在中ということになっている。無論、家族はHPの存在など知らない。イラ○やアフ○ンに行ったことなども知る由もない…。

…というわけで、父ちゃんがバンコクに来ることは、由々しき事態でもあるのです。
まあ、さすがに父ちゃんも今さら、わたしがイギリスで真面目に勉強しているとは思っていないでしょうし、これまでの電話でも何度も、
父ちゃん「で、お前どこにおるんや?何をやっとるんや?」
わたし「(一瞬絶句の後)もちろんイギリスで勉強に励んでおりますわ。オホホ」
というような白々しい会話が行われていました。
なので、バンコク呼び出しは、暴挙と云うか何をとち狂っとんねん!と云うか、ある意味自殺行為とすら云えるのではないですか?会ったら当然、100%、これまでの行動を問いただされるだろう…何しろほとんど、家出状態なのだから。
ま、体裁としては「イギリスでの留学を追え、帰国ついでにちょっと東南アジアにぶらっと寄りますので、そのとき合流しましょ」的なことになっているのですがね(←どこまでもあがくわたし)。
父ちゃんに会ったら、わたしは何と云うつもりなのか?一時は、墓まで持っていこうと思っていたこの秘密(笑)。洗いざらい話すべきなのか、シラを切り通すべきなのか…。

父ちゃんは、最初と最後の日だけホテルと送迎がついていて、あとは自由行動というツアーに申し込んだようでした。
「…ということで、次の日の朝、ホテルに迎えに来てくれるか」
「うん。分かった。5月2日ね。はいはい。ナライホテル、10時ごろ、と」
「ところでお前は、今どこにおんのや?」
「バ、バババ、バンコクですが何か…」
「何っ!?もうバンコクにおんのか?何でもうおるんや?」
「いやほら、お父様をお迎えするにあたって、先に来ておいていろいろ下調べをした方がいいかと思いましてね…おほほのほ(汗)」
こんなことでツッコまれているようでは、本当のことを話したら、いったいどんな結果になるのか、分かったものではありません。ああ、頭がいてー…。ま、自業自得以外のナニモノでもありませんけど。

…バンコクでだらだらしている間に、Xデー(んな大げさな)はやって参りました。
すっかり住み慣れてしまった1泊80バーツの木賃宿を出、父ちゃんを迎えに行きます。
市バスに乗るかタクシーにするか迷ったあげく、ここは父ちゃんに後で請求しようと思い、タクシーに乗りました。
ナライホテルは、中級ホテルと聞いていたものの、実に立派な門構えで、薄汚いバックパックとインド製の麻の荷物袋をポーターに運んで行かれたときは、顔中に脂汗が噴出しました。
レセプションに直行し、父親の名前を告げているまさにそのとき、背後からわたしを呼ぶ声が。
振り返ると、父ちゃんでした…って、そりゃそうか。ほかにわたしの名前を呼ぶ人間はここに居るわけがない。それでも、こんな場所に父ちゃんが居るということが、どうも現実感が薄くて、しばしぽかんとしてしまいました。

3年ぶり、いや、一度帰国しているから2年半ぶりか…そのわりには、特に感動の対面という風でもありません。
父ちゃんは、あまり変わっていませんでした。頭髪も、思ったよりも後退しておらず、思わず第一声が「髪の毛、なくなってないね」になってしまいました。実の娘とは云え、失礼すぎます。
父ちゃんの方は、このホテル内で異彩を放つ、どー見ても貧乏旅行者なわたしの風体に(と云っても、服装はかなり気を使ったつもりでしたが、汚いバックパックは隠しようがなく…)、完全に呆れ返っている様子。
「何やお前……
お前は2年半もずっと乞食でもしとったんか?
娘も娘なら、父も父でひどいコメントだなおい。。。
どうやら父ちゃんは、やはりわたくしを、ただの留学生とは思っていないようだな…。バックパッカーという正体についても、すでに見破られている模様(でも何で?)。しかも、バックパッカーといふものを、全世界における下から2番目のカーストくらいに考えているらしく、「そんな身なりまでして、お前は海外におりたかったんか…」とため息までつかれる始末です。いや、だから、乞食じゃないんですけど…。

とまあ、微妙な空気が流れつつも、とりあえず、その日はわたしもナライホテルに泊まるべく、チェックインしました(もちろん、父ちゃんの金)。
積もる話はめんどくさいことになりそうなのでそこそこにしつつ、この日のために取っておいたワット・プラ・ケオ&王宮、ワット・ポーを観光し、ワット・ポーのタイ式マッサージも受け、チャオプラヤー川を運航するローカル汽船にも乗り…と、ザ・王道の観光コースを巡りました。だらだら過ごしている間にも、いちおう下調べはしておいたのです。営業時間とかね(笑)。
1人なら、ワット・プラ・ケオを観ても普通レベルの感動しか湧かなかったでしょうが(同じワットなら、ワット・ファイロンウアの方がよっぽど楽しめるもんね)、父ちゃんがいちいち「デカイなあ」「豪華やなあ」「おばちゃん(※父ちゃんの姉でわたしの伯母)を連れて来たら、『極楽に来たみたいや』とか云いよるで〜」などといちいち感嘆しているので、なんかわたしまで、見るものすべてがスゴイもののように思えてトクした気分です(笑)。

 ワット・プラ・ケオ。ギランギランの装飾が、日本の寺にはない感じで、父ちゃんはいたく驚嘆しておりました。

 ワット・ポー。これは涅槃物の足。でけー!

観光ついでに(?)、カオサンにも連れて行ってしまいました。
カオサンにだけは、足を踏み入れさせないようにしようと思っていたのですが…いや、ほら、そういう世界の人だと思われたら、いろいろバレそうじゃん? しかし、ラオスビザの受取があったので、やむをえません。
出来れば先にホテルに帰ってほしかったけれど、何しろ父ちゃんはバンコク初日、右も左も分からんので、目を離すわけにはいかなかったのです。
しかし何がいちばん怖いってアンタ、ここを歩いていたらいつ知り合いに会うか分からないこと。それも、頭がドレッドとか、よれよれの服を着たヒッピー風とか、ガラの悪そうなのばっかだし(笑)。
「あ、野ぎくちゃん」と声かけられるならまだしも、
「ほら、アフリカで会った…」なんて云われた日にゃ、わたしはどうすればいいのだっ!?逃げも隠れも出来ねーよ!!!
「ここは、世界中の若い旅行者が集まるところなのよん」とガイドのよーな説明をしつつ、内心は、知り合いに会いませんように…と終始ビクビクしていました。結果的には、そのような不幸なアクシデント(笑)はなかったんですけどね。
それにしても、カオサンにいる父ちゃんの場違いなこと場違いなこと…。我が父親ながら、見事なまでに浮いており、滑稽なことこの上ありません。あそこにいる人間の中で、おそらく、カオサンが最も似合わない男NO.1だったと思います。。。

 何となくぎこちない。。。

カオサンはそこそこで切り上げ、夕食を食べにサイアムへ。
何しろ大名旅行の父ちゃん、金をばんばん使ってタイを満喫するのが仕事(?)ですから、事前に調べておいた、“フカヒレの食べられるお店”にご案内しました。
おおっ、フカヒレが浮いてる〜☆…と感動しつつ、よく考えてみたらフカヒレなんか、生涯で初食。つい、「あー、こんなエエもん食べたの、いつぶりやろ〜…」とうっかり本音が出てしまいます。
その後は、ゲストハウスの人たちと一緒に行ったマンゴースイーツ専門店で、マンゴーアイスプレートを食べました。完全に若者向けな小洒落た店内で、父ちゃんはここでも明らかに浮いていましたが、本人は「これ、美味しいやん」と満足そうでした。そんな父ちゃんは、親と云うよりピュアな子どものよう(笑)でした。

 店に陳列されているフカヒレたち。

翌日。5つ星ホテルに泊まりたいという父ちゃんの夢(笑)を叶えるべく、ロイヤル・オーキッド・シェラトンに予約の電話をかけ、その日のうちに移ることになりました。1泊約180ドルなり。ひょえええ。でもいいんだ、わたしの金じゃないから。
ナライホテルだって、わたしには十分すぎる設備でしたが、さすがはシェラトン、部屋のグレードが明らかに違いました。
チャオプラヤー川を見下ろすリバービューのお部屋は、22階!今まで高層階の部屋に泊まったのなんか、エル・パナマかサファリホテル(笑)くらいなもんよ。部屋もバス&トイレも広くなったし、生意気にもバスローブなんかついていやがるじゃねえか!ベッドもムダに広い!ムダにふかふか!何もかもがムダ!嗚呼、ムダって何て素敵なことなの!
「ええホテルに泊まると、外に出る気がせーへんわ。もったいなくて」
と、ついパッカーの本性がにょろりと首をもたげるわたし。
しかし、生まれ育ちが貧乏人である父ちゃんも、「ほんまやなー」とか云って、ベッドでごろごろしています。
コーヒーをつくり、川を眺められるソファに座って、わたしと父ちゃんは、ぽつぽつと積もる話をはじめました。
と云っても、話すのは主に父ちゃんの方。弟の話、親戚の悲喜こもごもの話、父の友達の話、新地の飲み屋の話、習っている社交ダンスの話…。それらを、テレビのニュースでも見るような感覚で聞くわたし。
何と、わたしには見合いの話もあったそうな。それも、資産家のお家との縁組!玉の輿やんけっ!!!
まあしかし、日本を3年も離れて、何やってか得体の知れない家出娘をそんな家に嫁がせられるわけもなく、父自ら丁重にお断りしたそーです…勝手なことを〜〜〜(怒)。
あとは、いとこ連中の話なんかにもなりました。わたしには、同い年のいとこが男2人、女1人(正確にはこの子ははとこ)いるのですが、男2人はすでに結婚しており、のみならず1人はすでに離婚→再婚まで経ているとか…ううむ、何てこった。
対する女1人、この子はまだ独身で結婚の気配もないらしい。仲間じゃん。帰ったら、そこら辺のことをじっくり語り合いたいね(笑)。

 ホテルの部屋からチャオプラヤー川を見下ろす。セレブな眺めだ(笑)。

ついつい高級ホテルライフに酔ってしまってこの日は観光モードになれず、買い物に費やすことになりました。
父ちゃんはもともと、それほど観光する気はないらしいので(そもそも、タイについての基礎知識も限りなくゼロに近い)、こちらも異国の空気を適度に味わってもらえれば…というスタンスで、いつも通りのパッカー的エッセンス(笑)を散りばめつつ、そぞろ歩きます。
クソ暑い中で倒れられては困るので、大半の移動はタクシーですが、時には水上バスに乗ったり、SKYトレインに乗ったりと、細かいアトラクションもちゃんと取り入れます(笑)。
3年の間旅してきたわたしにしてみれば、バンコクはとても日本に近い印象を受けますが、父ちゃんの目には、バンコクは紛れもない異国の地に見えるようです。
高層ビルが林立する様子に「バンコクっちゅうのは、えらい都会なんやねえ」と驚嘆し、夜中まで多くの屋台が営業しているのを見て「タイの人は頑張ってるなあ」と感心する。路上の国王の写真を見て「タイには王さんがおるんか〜」、水上バスに乗れば「大阪も水都と云われているんやから、バンコクみたいに水上交通を発展させたらええのになあ」と、元公務員的な(笑)コメント。
いやいや、いちいち驚いたり感心したりして、短期旅行者、しかも旅慣れない旅人の心はほんとにピュアだよね(笑)。わたしなんてもう、父ちゃんに比べたら擦れに擦れまくった旅人だよ…アバズレだよ…。
でも、いちいち感動してくれると、別にタイ好きとかでもないのにやけに嬉しくなるわたしもまあ、ピュアと云えばピュア(笑)。わたしだってまだバンコクに来て2週間足らずだというのに、完全に“自分の街”みたいなツラして案内してますからね。
夜は、「タイ宮廷料理を食べながらタイ民族舞踊を見る」という、J○Bのツアーに入っていそうなベタなチョイスにしてみました。
日本で云えば、京都で湯豆腐を食べたり、都踊りを見るノリでしょうか…。
わたしの“バンコクの辞書”には、そういう場所は載っていないので、本当は、わたしがいつも歩いているような、カオサンとか、チャイナタウンとか、パッポンとか(笑)の方が案内しがいがあるんですけどね。

しかし…父ちゃんのような、小金持ちリーマン短期旅行者(無理やり区分け)と、わたしのような長期旅行バックパッカーでは、地球人と火星人くらい旅のスタイルも、考え方も違うんだなあと、たった2日いただけで実感します。
例えば、父ちゃんとの移動手段の大半であるタクシー。そんなに遠出はしないものの、大体1回60バーツ前後払っています。そしてその金額は、わたしの1日の食費なのです!ちょっと奮発したって100バーツ行くか行かないか。
でも、父ちゃんにしてみたら小銭もいいところで、ポーターやら何やらにいちいち20バーツのチップをやるのを見るたびに「あ、それ、わたしの1食分…」とか思ってしまうのでした(苦笑)。ってか、そんなに海外慣れしてないのに、いや、ないからか、チップだけはしっかり払おうとするところが涙ぐましいというか何と云うか。
それにしても、この2日間で50000円も使っているのですよ!思わず、「スリにでも遭ったのでは!?」という疑惑が芽生え、3回くらい出費を計算し直してしまったわ。ま、大半は日本へのみやげとかですが…。
だってだって、50000円もあったら、バンコクに1ヶ月?いや、もっといられるよ?1ヶ月の旅費くらいじゃん?それを、たった2日で消費って…アンタは王様ですか?
数日前までわたしが80バーツの木賃宿に泊まっていたとは、とても告白できない感じです(苦笑)。

まあ、それはそれとして、父ちゃんとバンコクにいるというのは、とてつもなく不思議ではあるけれど、こういうのもたまには悪くないなあ、帰国してちゃんと働けるようになったらまた、父ちゃんをどこかに連れて行ってあげたいなあ(今度は自分の金で)と、殊勝な気持ちになるのでした。

(2005年5月10日 タオ島)

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