旅先風信155「インド」


先風信 vol.155

 


 

**インド最後の地〜ちょっとだけボランティアなど**

 

いかにも田舎っぽいブッダガヤーから来ると、コルカタの町はまるで、巨大な工場地帯のように見えました。
ついにインド最後の地か……。
ハウラー駅から市街地へと渡る、フーグリー河の渡し船に乗りながら、長かったインドの旅にしばし思いを巡らせました。ほんの少しだけ寂しさも覚えながら。

KOLKATA002.JPG - 34,369BYTES 船からハウラー橋を臨む。

駅で一緒になった京大生とタクシーをシェアして、目指したのはホテルパラゴン。コルカタの安宿エリア・サダルストリートにある、老舗のパッカー宿です。
とりあえず、一番安いドミトリーにチェックイン。したのはいいけど……うむむ……めちゃめちゃ狭いっ!
実家のリビング&ダイニングくらいのスペースの6人ドミトリー。こんなせっまいドミも久々です。もっとも、ここしばらくドミトリーに泊まっていなかったので、必要以上にそう思ってしまうのかも知れませんけど……。

あまりドミでゆっくりする気にもなれないので、とりあえず街に出てみます。
サダルからニューマーケット周辺は、いかにもインドらしい雑然さと汚さと喧騒っぷりで、屋台でチャイなど飲んでいると、ここをインド最後の地に選んだのは正解だったかもな……としみじみ思います。
人、動物、建物、食物、乗物etc……様々なものが境界なく混ざり合い、一緒くたになって蠢いているような光景。わけの分からんエネルギー。むせかえるような空気。でもこの感じ、決してキライじゃない。強烈。だけど何か落ち着く。コルカタの徹底した混沌具合は、すっと肌になじむ気がします。イギリス風のデコラティブな建物たちがインド風味にボロくなっているのも妙に味があっていいし、映画館が多くて何やら文化的な香りもする(?)。もしかすると、いきなりインドで好きな街ベスト5入りするかも知れません(笑)。

KOLKATA007.JPG - 47,830BYTES コルカタは人力車も健在。

……なーんてちょっとウキウキして、再び宿に戻ってくると、ドミの狭さもさることながら(しつけーよ)、宿の空気そのものに、うっすらと違和感を覚えて、何となく肩身の狭いわたしなのでした。
マザーハウスのボランティアなどで、比較的長期の滞在者が多いせいか、ドミでは、ってか宿全体ですでに仲良し集団のような出来上がっており、多国籍なみなさんで屋上に出てボン(草)を回しながらギター&合唱という、んもうラブ&ピースを絵に描いたような光景が繰り広げられていまして…。
夕食を終えてドミに帰って来て、シャワー浴びて……ってやっているうちに、ドミから人がいなくなっている。あーみんな屋上で、何か楽しそうに騒いでるんだね……。でも、新入りでいきなりそんなところに顔出せないじゃん(あと、性格的にも)。別に今さらお友達ごっこなんかどうでもいいけど、大勢の中で一人になると、必要のない寂しさを覚えてしまう、弱虫ちゃんなわたし。
宿内ですれ違う日本人の子たちも、新顔の同国人が1人入ってきたところで目新しくもないのかほぼシカト状態(ま、わたしが挨拶すりゃいいんだけどさ)。そのくせ、
「ハーイ、アントニオ!」なんて、後ろから来た金髪の兄ちゃんには超愛想いいじゃん。楽しい国際交流をしている自分に酔ってんじゃねーのー?
おっと……だいぶいじけてんな(苦笑)。早くも第3の眼が閉じたんじゃねーか?「努力を怠ると閉じてしまう」って云われてたしな……。

ただでさえ、どんな場所でも新入りっつうのは入りにくくて、しばらく居心地が悪いもんなのに。
こういうの、ムダに疲れるよなあ…。うーん、もはやドミの狭さ以上に、この雰囲気に耐えられないかも……って、何だ、やっぱ寂しがりやさんだな、オレ。
しかしこれが、宿内に限ったことではなく、近辺のレストランでも同様だというのが悲しい。ああ、いったいわたしの安らぎの場所はどこ?!
わたしは元来、どんなレストランでも臆せず1人で入れるという特技の持ち主ですが、あっちでもこっちでも、5〜6人の集団が幅を利かせている場所で、ひっそり1人で食事するのは、ちょっぴりいたたまれないのです。

しかし、そんなこと云っている場合じゃない。
イヤなら出ればいいじゃん。今さら友達づくりにせっせと励むつもりもないんだし……。
カーリー寺院の生贄の儀式を見に行くとか、バングラデシュのビザを取りに行くとか、マザーハウスでなんちゃってボランティアしてみるとか、コルカタではいろいろとやることがあるのです。
そう、落ち込みそうになるときは、目の前の仕事を黙々と片付ける。これが一番の薬だってことを、旅の間何度も学んできたじゃないか。

コルカタは、観光的にはそれほど目玉になる場所はありませんが、血と残虐を好む乙女であるわたくし(ウソ……いや、ちょっとホント)は、不謹慎にもカーリー寺院の生贄の儀式だけは前々から楽しみにしていました。
毎週日曜日、コルカタ最大のヒンズー寺院にして血と殺戮の女神カーリーを祀るカーリー寺院の境内で、ヤギの首を刈ってカーリーに捧げる儀式が行われるのです。
ちなみに、コルカタという名前はこのカーリーから来ているのだそうで、この女神はコルカタの守護神でもあります。シヴァでもなく、ガネーシャでもなく、カーリーってところが、混沌たるコルカタの個性を感じますね。

せっかくの遠出だし(ってほどでもないが)、インド唯一の地下鉄っちゅうもんに乗ったろかい、と駅に行ったら、何と閉まっていました。。。
どうやら日曜日は、
地下鉄はお休みなのだそうです。確かブラジルもそうだったような……。日本じゃ考えられない習慣ですね。
朝9時前に行くと、すでに参拝客が長蛇の列をなしていました。
わたしのような観光客目当てのヘンなガイド志望のきゃつらに絡まれながら、何とか列に並び、インド人はやたら列で密着してくるのはどういうわけなのかと顔をしかめつつ前進して、カーリー様にお目見えです。
神様ブロマイドで描かれる残忍そうな美人像ではなく、黒いボディにオレンジの三つ目だけという、現代アートの如き抽象的なご神体。でも、それがかえって不気味な感じを増幅しています。

KOLKATA022.JPG - 74,824BYTES 門前市はカーリーグッズ満載。

で、肝心の生贄の儀式はというと、寺院の外の生贄エリアで、次々と行われていました
ヤギの首を落とすスペースは、うちのドミトリ−の2/3くらいのサイズでしょうか。床にはくっきり鮮やかな、まごうかたなき赤色の液体が撒き散らされ、何気なくソーセージみたいなものが散乱し、それをどこからかやって来る野良犬が食べています。うへえ……。これが食物連鎖ってやつ?。
生贄のヤギは、子ヤギやら大人ヤギまで、さまざまです。みんな首にハイビスカスの花輪が飾られていて、何だか哀れをそそります。親子のヤギは、互いの花輪をぱくぱく食べ合っていて、健気なような、ちょっとマヌケなような光景です。もうすぐ死ぬのを知っているのでしょうか、このヤギさんたちは……。
そんな無邪気なヤギたちも、いよいよ断頭台に上げられる直前になると、何かを察知するのでしょうか、執行人に体を抱き上げられ手足を押さえつけられると、
「ぎょえーーーー」
というような叫び声を上げるのです。これぞまさに、断末魔の叫び……ぶるる。
断頭台に細い首をつっこまれ、長さ30センチくらいの円形の鉈がそこにさくっと振り下ろされて、終了。合掌。首は、驚くほどすっぱりと落ちて、切られた胴体の方が暴れ回って、断首部分からぶしゅぶしゅ血を吹いているのでありました。。。
その血がいやに赤くて、わたしは何だか、不思議にしんとした気持ちになりました。むごい、とか、グロい、とか、そういうありきたりな感情がすうーっと引いて、ただ目の前に繰り広げられる光景を、「こういうものなんだ…」とありのままに見つめることしか出来ませんでした。

KOLKATA019.JPG - 47,159BYTES 死を待つヤギのみなさん。。。

しかし、この断頭台よりも、その後の解体作業の方が実はすごいと思うんですよね。
ヤギさんたちは、あっという間に皮を引っぺがされ、ぶつ切られ、ものの10分もしない内に、
赤みの美味しそうな食肉と化しているのです。
肉になってしまうと、目を覆いたくなるようなそれまでの惨状がウソのように、ただの肉に見えてくるのが不思議。ま、だから人は肉を食べられるのであり、実際、隣の屋台でヤギ肉の煮込みを出していたとしても、わたしは普通に食べられそうな気がします。

わたしはそうして、計10匹近くのヤギの断頭&解体を、鬼畜のように見ていたのですが、ちょうど後ろに、日本人と韓国人の男女3人組がいて、日本人の男の子が韓国人の女の子に「見ない方がいいよ」と、震える声で(ウソ)忠告していました。
わたしはそれを聞いて、「このバカたれが。これをわざわざ見に来ておいて、何云ってんだお前は」と内心毒づき、たいそうイヤな気分になりました。
普段肉を食っている人間が、そういうことを平気で云うのが許せないのです。仮にこの兄ちゃんがベジタリアンだったとしても、何か納得いかないんですよね、そういう態度って……。だって、ベジタリアンの論理で行くと、と殺とか肉屋で働いている人は「残酷」って考えでしょ。そりゃ、生き物を殺すことは残酷な行為かも知れないけれど、そうやって、人間も他の動物も生きてきたわけじゃん。何万年も前からね。そこから目を逸らそうとしている感じがして、すごくイヤなのさ。
わたしは、あえてそういう職種を選ぼうとは思わないけれど、そこで働いている人たちは、心からリスペクトするよ。まあ、過剰に聖化するつもりもないけれど、この人たちのおかげで、わたしたちは美味いもんを何の罪悪感もなしに食えるんですから。
もちろん、殺された牛とか鶏とか羊とか豚に対しても、普段は忘れがちだけれど、「すまんねえ、いつも。美味いもん食わせてくれてありがとう」という感謝の気持ちを持たないといけないだろうなあ。とか云いながら、「何じゃこのスジスジの肉は!美味くないんじゃあ!」とちゃぶ台をひっくり返す(ウソ)こともしばしばですが……いや、ほんとに申し訳ないよね……。

KOLKATA031.JPG - 63,377BYTES 犬が……。

ということで、長くなりましたが、色んな意味で見ごたえのあるヤギ狩りでした。
それにしても、ヤギというのは昔っから、何ゆえ生贄の対象になっているんでしょうか?あの白痴っぽい目を見ると、えも云われぬ気分になります……。
帰り道、寺の近くの店先で、つながれた子ヤギがすうすう昼寝しているのを見て、やっぱりえも云われぬ気分になったのでした。

カーリー寺院の見学と、バングラビザの申請を終えた後、いよいよ最後の大仕事(?)、マザーハウスのボランティアに参加することにしました。
ボランティアは朝7時集合です。パラゴンからマザーハウスまでは徒歩20分近くあるため、起床は6時半!うへー、旅人の起床時間じゃねえ……。
道理でこのホテルの朝が異様に早いと思ったぜ。何故かボランティアじゃない人たちも早起きなのが、このホテルの七不思議ですが……。

ボランティアを受け入れる施設は、全部で7箇所あります。
有名な「カーリーガート(死を待つ人の家)」を筆頭に、「シシュ・ババン(孤児の家)」「ハウラーシシュ(孤児の家その2)」「ダイヤ・ダン(シシュババンより年上の孤児の家)」「プレム・ダン(障害者の家)」「シャンティ・ダン(女性の家)」「ナボ・ジュボン(アル中や路上生活者の男性の家)」。
カーリーガートは、カーリー寺院のそばにあるので、わたしもヤギ狩りの帰りに立ち寄って中を見学してきました。主要施設だけあってかなりボランティア数は多く、わたしが行った日など、日本からのボランティアツアー(!そんなものがあるのか!)のおばさんたちが来ていました。

わたしが選んだのは、「シャンティ・ダン」でした。
「道草食う魚」という旅のHPを持っているまんぼう嬢からおすすめされたからです。
曰く「マザーハウスでボランティアするなら、ぜひ『女性の家』でドレッシングをやってみて下さい。『死を待つ人の家』と『子供の家』はボランティアがあふれ返っていますから。。。」
確かに、シャンティ・ダンのボランティアに集まった人数は、他施設に比べて明らかに少ないのでした。女性の家だから女性ボランティアしかいないのは当然としても、4〜50人近くボランティアがいるのにシャンティ・ダンはたったの7人。。。
まあ、日ごろからマニアックを好むひねくれ者のわたくしですから、あえてそういう場所の方がいいのかも知れません。

KOLKATA089.JPG - 45,543BYTES マザーハウスに集合するボランティアの人々(実際はもっと多いです)。

マザーハウスで簡単な朝食(支給されるのです)を食べた後、皆で固まって施設に向かいます。
市バスとオートリキシャを乗り継いで30分少々。ボランティアをしなければ、まず来ないような街はずれです。
話によれば、シャンティ・ダンで暮らしている女性は、刑務所で虐待されたり、売春をさせられていたり、或いは家庭内暴力で傷ついた人だったりするのだそうな。バングラデシュからの難民も多いらしい。
そう云われると……大半の人は(いや、9割方かも)、多かれ少なかれ精神を病んでいるのが見た目にも分かります。回廊の地べたに座ってブツブツ独り言を云っている人。死んだように動かない人。みんな、大きな子供みたい。大人の顔をした子供。痛々しい、少女のような人たち。
それでも、ボランティアが来ると、くしゃくしゃの笑顔と握手で迎えてくれる人も多いのでした。逆に、すべてに無感動で無反応な人も……。

ボランティア最初の業務は、洗濯でした。
もちろん洗濯機などなくタライで手洗いですが、7人でやると、あっという間に終わってしまいました。
その後は、みなさんの爪切り。およそ3時間近く、ひったすら人の手足の爪を切りまくりました。
爪切りと爪受け容器を持って「爪切られる方ぁ〜」と云って回っていると、自分が“爪切りばばあ”という名の妖怪にでもなったかのようです。うーむ、ボランティアでなければ、間違いなく経験しなかった行為であるな……。大体、人生において、他人のために奉仕したことなんて、ほとんどないもんね(って、何の自慢にもなりません)。
でも、久しぶりに人のために働いて、何だか清々しい気持ちになったことは確かです。

それからも、わたしはいちおう続けて(っても5日間ですが)、ボランティアに行きました。
同じドミの隣のベッドにやって来た、タモリの弟子Kさん(!これはマジびっくり)やその周辺の旅行者たちと、新入り同士で仲良くなり、ぶっちゃけボランティアより彼らと遊んでいる方が楽しいのだけれど、それでも、ただの冷やかしにはしたくなかったのです。ま、ボランティアは昼までなので、遊ぶのは昼からたっぷり遊べるしね。

わずかな間ですが、一緒にボランティアしている人たちとも何となく馴染んできました。
日によって変化はあるものの、毎日一緒だったレギュラーメンバーは、日本人のJさん、Eさんと、リブ・タイラー似のアメリカ系フランス人モリー。
みんな、長期ではないけれど、旅行のついでではなく、ボランティアが目的でコルカタに来ていました。うーん、やっぱわたしって冷やかし?(苦笑)

施設での業務は、爪切りとマニキュア塗りが7割近くで、それ以外は、患者さんに話しかけたり、手を引いて敷地内の散歩に連れて行ったりと、まあ大した仕事はしませんでした(苦笑。で、“ドレッシング”っていったい何だったのかしら?)。
患者さんも、大半の人はけっこうしっかりしているのです。
唯一いかにもだった光景は、重症気味の女性が、歩きながら排泄してしまったことくらいでしょうか…。
ミが出た瞬間、さすがにぎょっとしたものの、このケースについては何も教わっていないわたしにどーしろと!?てなもんです。
とりあえず、センパイ方に聞くべしと、近くにいたモリーに助けを求めたのですが、彼女はちょっと困った顔をした後、無情にも
「分かんない」のひと言で去っていってしまいました…くっ、そりゃないぜモリー……。
まごまごしていたら、近くに居た患者の女性が、まったく動じない馴れた手つきで、排泄物をささっと布でふき取り、床も水で流して、あっという間に片付けて行きました。

それにしても……不思議な施設だなと思います。ひどく穏やかなような、ひどく寂しいような……。
いったい彼女たちの目には何が映っているのか、彼女たちはどんなことに生きる喜びを見出しているのか。
ヒンディー語もベンガル語も分からないわたしは、彼女らが半ば独り言のように語る言葉に、ただ「うんうん」とうなづくことしか出来ません。ああ、言葉がちゃんと分かればいいのに……。こんなことでも、彼女たちの慰めに、少しはなっているといいのだけれど。

KOLKATA096.JPG - 69,346BYTES 施設はこんな感じ。

ボランティアの最終日の朝、マザーハウスの本館(?)にある、マザーテレサの生涯についてのパネル展示を見学しました。
わたしは、マザーテレサにまつわる本の1冊も読んだことはないけれど、簡単にその生涯や考え方をなぞるだけでも、素直に「すげーなこの人…」と思い、何やらこみ上げるものすらあります。
30代半ばで、貧しい人に奉仕するために、コルカタのスラム街の真っ只中に単身飛び込んでいった彼女。何でそこまで出来るんだ?って、本当に何だか……すごいとしか云いようがない。ボランティアなんか自己満足の偽善じゃん、などという批判を、微塵も寄せ付けない強度。
「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からもケアされない人のために働く」
そんな思いを、生涯持ち続けてなおかつ実行できる人が、いったいどれほどの数いるものでしょうか。
彼女の言葉で、最も印象に残ったのは、
「最もひどい貧困は、パンがないことではなく、誰からも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさである」というような意味の言葉でした。
普段、愛なんて言葉はあまりに気恥ずかしく、しばしば疑いの目を向け、“愛される○○(←ここには、秘訣とかキャラとかが入る感じ)”などと聞くと背筋に寒気すら走るわたしですが(ほんと性根が腐ってるよね☆)、そんな毒されたイメージなどに惑わされずに、まっすぐこの言葉を受け止めたいな……と思いました。
キリスト教は、他の宗教同様、いろいろと問題や矛盾の多い宗教ではあると思うけれど、こういう人を生み出していることは素直にすごいと認めざるを得ません。

KOLKATA087.JPG - 30,746BYTES マザーの像。礼拝の時はいつも一番後ろにひっそり座っていたそうな。

なんちゃってボランティアのわたしが、ボランティアのことを語っているのもかーなーりお恥ずかしいのですが、まあ、いちツーリストのちょっとした体験としてお読みいただければ幸いです。
ホントは、コルカタの思い出は、ボランティアよりも仲良くなった旅行者たちとの「桃鉄」大会やら、ショッピングセンターめぐりだったりすんのよ(苦笑)。所詮は俗物ツーリストなのさ〜♪

(2005年2月28日 コルカタ)

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