旅先風信152「インド」


先風信 vol.152

 


 

**インドの果てまで**

 

 

 

 

 

 

 

 

バックウォータークルーズが終わったのは、もう日も暮れつつある7時前。
終着地点・クイロンに泊まろうか迷いましたが、一気にトリヴァンドラムまで行くことにしました。
こうやってガシガシ移動するのは、疾走しているようで気持ちがいいもんだなあ……。

……なーんてバスの中で悦に入っていたら、やっぱり落とし穴が。くっそー……。
トリヴァンドラムに夜着くと、安ホテルのシングルがどこもかしこもフルでやんの!
何やら大きな試験があるとかかんとか……って知らねーよ、そんなローカルニュースは。一介の旅行者なんだから……。
とっぷり夜もふけた町なかを、腹を空かせながら、宿を探して1時間以上も歩くハメになりました。例によって荷物が重いのと、気温が高いために、シャワー直後なみに身体がびしょびしょに……ああ、マジつらい……。
最終的に130Rのツインに落ち着いたものの、何と云うかもう、場末感の漂いまくった古い部屋。しっかも、夜はめちゃくちゃ虫に刺され、かゆくてかゆくて眠れねーっつの!!!最初、「本当ならこの部屋は250Rなんだぞ」なんて云われたけど、そんなアホな話があるかいっ!それでかなりカチンと来て、これで250Rも払うくらいだったら駅で寝袋出して寝るぜヴァーカと本気で考えたくらい。しかもその値段だったら、最初に断られたピカピカの中級っぽいホテルのダブルに泊まれたっての。昨日のアレッピーの宿なんて、100Rですこぶる清潔・快適だったのに……。

トリヴァンドラムという名前の響き、そしてインド亜大陸のいちばん南にある都会というロケーションに、勝手な憧れを抱いていたものの、実際はやたらゴミゴミした街で、ちょっとげんなり。本来なら、ここはスリランカへのゲートタウンでもあったのですが、今回の津波により(あと予算も)、さすがにスリランカはあきらめることにしたため、ここに来る意味も半減してしまったし……。
とは云っても別に街に責任があるわけではなく、気分的に今は静かな場所を求めているので、何となく合わないってだけなんですけど。
というわけで、とりあえず最近の心のオアシスである「インディアン・コーヒーハウス」に駆け込んで、束の間のくつろぎを得るのでした。ダバダ〜♪(古い)

TRIVANDRUM06.JPG - 33,513BYTES わたしの心のオアシス(笑)「インディアン・コーヒーハウス」。トリヴァンドラム店は、建物がらせん状になっていて面白い。

そんな悪たれをつくくらいなら、とっととコヴァーラムビーチに移動して、そっちでのんびりしようかと思ったのですが、気が変わってもう1泊。
パドワナーバスワーミ寺院(覚えられねー!)の周りを散歩していたときに、目に留まった「アーユルヴェーダ」の看板に吸い寄せられてしまったのです。
そう、ここケララ州は、アーユルヴェーダマッサージの本場。アーユルヴェーダとはインドの伝統医学のことですが、日本ではどちらかと云うと、医療というより美容に寄ったイメージが強いように思います。
最近、というかもはや年単位で美容方面のなにがしをまったくやっていない妙齢の女子としては、観光と美容を兼ねられるアーユルヴェーダは魅惑的かつ合理的なイベント。というわけで早速申し込むことに。

前の宿が気に入らなかったこともあって、アユールヴェーダクリニックの病室みたいな部屋に移りました。だいぶ狭いですが、80Rだからまあよしとしましょう。
さて、アーユルヴェーダマッサージは、クリニックの秘密の一室(ウソ)で行われます。
まずは素っ裸になって、紙のふんどしみたいなのを着用させられます。ううむ……だいぶ恥ずかしい姿だ(苦笑)。
その後、堅い板の上に横たわり、若いおねーさんの手で、ぬるぬるとねばっこい香油が身体に塗りつけられます。と書くと何だかヒワイな感じですが、どっちかっつーと、これから鉄板で焼かれる豚みたいな感じですか……。
しかしこれ、実際はかーなーり気持ちいい!終わった後の心地よい脱力感が何とも云えません。こうやって自分に手をかけてもらえるのって、すっごくぜいたくな感じがしていいですよねえ。だって、旅の間、自分の身体に対しては、故障せずに動けばいいよっていう、最低限の要求しかしてないからなー……。

TRIVANDRUM31.JPG - 44,817BYTES アーユルヴェーダクリニックの側にある、パドマナーバスワーミ寺院。この辺りはのんびりした南らしい雰囲気。

アーユルヴェーダで美しくなったところで(厚かましいわっ)、次なる目的地はコヴァーラムビーチ。
ビーチでのナンパを期待するわけでは決してなく、とりあえず名のあるビーチには足を運んでおかなければ気が済まないのです。
コヴァーラムは、プチ・ゴアといった風の、完全に欧米人のリゾート地でした。ビーチには、明らかに欧米人向けのレストランやカフェが並び、インドらしからぬ小奇麗な雰囲気。
まあこういう場所でやることと云ったら、ダラダラする以外にはなく、偶然見つけたカフェの貸本コーナーで日本語の本を借りて読書することにしました。
ビーチで読む本はあんまり難しくない方がいいので、よしもとばななと山田詠美なんていう、ミーハーな恋愛小説をチョイス。
ここだけの話、わたしはよしもとばななの小説世界にどーしてもハマれない女子でして(江國香織も同様)、そんな性格だからまともな恋愛が出来ないんじゃないかという不安に苛まれるのですが、まーそんなことはどうでもよくて。今回に限っては一気に読んでしまいました。『デッドエンドの季節』という本なんですが。

ストーリーはあんまり覚えていないのですが、これを読んで考えたのが、「今そこに在る幸せに気づくことこそが幸せである」という、青い鳥的幸福論についてでした。
幸せは求めるものではなく感じるものだと金八せんせーはおっしゃっていたそうですが、それは真理であると思います。自分が今日も無事に生きられていること、それだけですでに幸福と云えるでしょうし、そのことに感謝し続けることができれば、人は一生満ち足りた気持ちで、つまり“幸せ”に生きることができるのだと。

しかしその一方で、人は、そしてわたしもまた、それ以外の、日常でない幸福というものをどこかで渇望してしまうのは何故でしょうか?たとえそれが、危険であったり、激しいものであったとしても……いや、それゆえに?
例えば、植村直己とか沢田教一みたいな人を思い出します。彼らにだって暖かい家庭はあった。それでも彼らは危険な場所に行かずにはいられなかった。彼らの、閃光のような人生を思うと、わたしは身体の芯が震えるのを抑えられません。当たり前の幸福の素晴らしさを分かっていながら、そこに安住できない、命を燃やさなければ気が済まない、そういう生き方に憧れもし、いくばくかの共感を覚えるのです。
結局、青い鳥が家にいるケースはきわめて多かったりするのに、それが分かっていながら、目の前のもの、今持てるものだけでよしと満足できない。それは単に欲望に支配されているだけなのでしょうか?暖かい家庭が幸福の象徴なら、何故現代人はこんなにもやりきれないものを抱えて生きているのでしょう?

……なーんてことを、平和そのもののビーチにて思うのでした。
ああしかし、今回もまたビーチで一人だな〜(泣)。

KOVALAM33.JPG - 58,716BYTES コヴァーラムビーチのとあるレストラン。本当にここはインドなんでしょうか……。

そしていよいよ、1月最後の日、カーニャクマリへ移動しました。
アラビアを旅程に入れたことで、予定より1ヶ月遅れでの到着です。
コヴァーラムからの直行バスが何故か来なくて、トリヴァンまでわざわざ戻ったのですが、その際に知り合ったインド人のおっちゃんに「安い宿ってないすかね〜?」と話したら、連れて来られたのが、ヴィヴェーカナンダのアシュラム。プッタパルティに続いて、思いがけずまたアシュラム宿泊です。ま、偶然とは云え、こんなところにたまに泊まるのもまた一興。宿より安いしね。
そんなことよりヴィヴェーカナンダって誰やねん?!と、『歩き方』をめくったら、「ヨガで有名なヴィヴェーカナンダ」とむちゃくちゃ簡単な説明が書いてありました。なるほど、ヨガね。そう云えばレセプションにヨガの本がいっぱい売ってたな。インドにこんなに長くいて、ヨガには一切触れて来なかったけど、ここで習おうかしら。

KANIYAKUMARI090.JPG - 43,577BYTES ヴィヴェーカナンダさん。

さて、カーニャクマリは、単にインド亜大陸の最南端というだけでなく、ヒンズー教の聖地であり、アラビア海・インド洋・ベンガル湾という3つの海がひとつになる場所であり、太陽が海から昇り海へと沈むインド唯一の場所でもあるという、非常に旅心をそそるスポットです。
アシュラムに荷物を置いて、ひと休みするのももどかしく、早速岬へと歩いて行きます。つい最近コーチンで海を見たばかりだけど、歩きながらカーニャクマリの海が見えてきたとき、また格別な思いがしました。アフリカを縦断したときに比べればそれほど感慨はないにしても、やはりこの大きな国の一番下までたどり着いたんだ……という思いで、胸が高揚しましたう。
果てという響きは、何故こんなにも特別な感じがするのでしょう?「ここに地終わり、海始まる」という、有名なロカ岬の言葉にもあるように、果ての地には、終わりと始まりが同居していて、だから旅人の胸を切なく締めつけるのかも知れません。

海に近づくにつれ、岬にあるクマリ・アンマン寺院の参道ということもあって、貝殻などを売る土産物屋が増えていきます。聖地と云うより田舎の海水浴場のような穏やかな雰囲気。けっこうな数のインド人の家族連れ観光客が、思い思いに浜辺でくつろいでいます。
そう云えば、津波の影響はなかったのだろうか……)
年末に起こったスマトラ沖地震は、南インドにも甚大な被害をもたらし、南下する旅人たちの間では、「伝染病が蔓延しているから行かない方がいい」という噂がまことしやかに流れていました。まあ、アラビア海側は被害はなかったという話も聞いていたものの、さすがにカーニャクマリまで来たら、地震の傷跡が少なからずあるのではないかと予想していたのです。
が、いざ来てみると、浜辺の土産物屋、参道の食堂は普通に営業しており、明らかに破壊されたと思しき建物も見当たりません。
立ち寄った食堂の兄ちゃんの話では、離れ島になっている観光スポット・ヴィヴェーカナンダ記念堂(※例のヴィヴェーカナンダさんが最後に瞑想した場所)以外は、特に被害らしきものはなかったそうです。
ここで正月を迎えようという計画もあったわたしは、一歩間違えれば死んでいたかも……なんて思うと震えますが、意外とそうでもなかったのかなと、少々拍子抜けしました(ってのも失礼な云い方ですが)。

KANIYAKUMARI009.JPG - 39,697BYTES ひなびた海水浴場のような。

が、浜辺で休んでいたとき、物売りのおばちゃんが話しかけてきました。
どうやら現地語なので、何を云っているのかはさっぱり分かりません。ただ、雰囲気から、どうやら津波のことを語っているようでした。
その熱い語りに、大変だったんだろうなあ……と思わず同情心を起こし、おばちゃんの売り物のヘアピンを買うことにしました。全部で36本もあり、「こんなにイラナイ」と思いながら。
しかし、あいにく小銭の持ち合わせがなく、ありったけのコインを集めると9ルピー。ヘアピンは15ルピー。ごめん、こんだけしか無いから買えないや、と云うと、おばちゃんは、いいよそれでと云って、何故か貝殻のキーホルダーまでオマケしてくれました。

そのとき、不覚にも涙が出てしまいました。
その貝殻のキーホルダーのさりげなさに、急に胸がしめつけられたのです。
おばちゃんが実際、どの程度の津波の被害に遭ったのかも知らないし、知ったところで、おばちゃんの受けた恐怖や痛みは分かりっこない。だって、ここには今、たくさんの観光客が来ていて、和やかに、或いははしゃぎながら写真を撮っているし、目に見える被害もそれほどないし、津波のリアリティが正直ほとんど感じられないのですから。
そんな一介の旅行者であるわたしに出来ることなんて、同情と想像、そして、少しの小銭を差し出すことくらいで……。
なのにおばちゃんは、こんな貝殻のキーホルダーまでくれたりする。その心遣いが、ひどく切ない。

……ま、その後おばちゃんにコーヒーをおごったら、その際に崩した大銭のつり銭を見逃さす、ヘアピン代の足りない6ルピーをしっかり請求してくれましたけどね(笑)。こういうオチは実にインドらしいわ。

夕陽は、静かに西のアラビア海に沈んでいきました。
ピンク色のガンジー記念堂から見る夕陽は、津波のことなんかなかったかのように、ひどく穏やかでした。

翌朝、今度はご来光を拝みに行きました。
うっすらと暗い浜辺に、もうインド人たちは待機していて、皆で静かに朝陽が上るのを待ちます。見知らぬ者同士が一緒になって同じ日の出を待っている、この奇妙に美しいひととき。皆がそれぞれの思いを抱きながら共有する、“今”と“此処”……。
そして静かに、力強く、朝陽が上り始めます。
嗚呼……朝陽というのは、何と希望に満ちていることでしょう。黄金色の光が、空を少しずつ満たしていくさまは、夕陽にはない感動と美しさがあるように思います(夕陽も大好きですが)。
希望っていい言葉だね。改めて。津波はなかったことにはならないけれど、きっと多くの人が痛みを受けたはずだけど、それでも日はまた昇り、人は営みを続けていくのだね。なんてことを思わせる、素晴らしい日の出でした。

KANIYAKUMARI066.JPG - 26,171BYTES 朝陽と書いてキボウと読みたいような。

ぼんやりと朝陽を見ていると、貝殻細工売りの少年その@が話しかけてきました。
僕だよ僕、覚えてるでしょ?というような顔をするので、誰だ?と思ったら、日本の10円玉を差し出してきます。
……あ、そうか。昨日この子に10円玉をあげたんだっけ。
すると、それを見ていた友達の同じく貝殻売り少年そのAが、「僕にもちょうだい」と云うので、珍しく気前よくあげました。少年そのAがちょっともじもじしていると、少年@がぼそっと「ありがとうって云えよ」と少年Aをつつきました。
うわっ、可愛い……。
これまで、インドのガキにまつわる思い出と云えば、町なかで唐突に「ジャパニーズ イズ スチューピッド!」と叫んだガキを筆頭に(怒)あまりロクなものがないのですが、この貝殻少年の健気な振る舞いに、感動すら覚えてしまいました。

KANIYAKUMARI071.JPG - 42,272BYTES 貝殻少年その@。朝からご苦労さんです!

ここからはくるりと踵を返して、北上の旅です。
果ては、終わりの始まり。南下の旅は終わって、また新たな旅が始まるのです。
……っても、まだまだまだまだインドなんだけどさー(笑)。うーむ、インド、恐るべき巨大さです。。。

(2005年2月1日 カーニャクマリ)

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