旅先風信151「インド」


先風信 vol.151

 


 

**南へ**

 

プッタパルティを出たあと、わたしは、南へ南へ、黙々と旅を進めていました。
ここのところ、何やかんやいろいろありましたが、わたしの本来の旅のスタイルは、このようなものだったのです。つまり、GO&SEE。移動&観光。がつがつと町を歩き回り、主要観光スポットを押さえ、いつまでもダラダラせずに次の目的地へ移動する。
”旅とは人との出会いである”と多くの旅人が云うことに対して、特に異論はありませんが、長旅ともなってくると、こういう寡黙な旅の時期もまた、心地よかったりします。

BANGALORE11.JPG - 34,138BYTES ところ変われば定食も変わる。北のターリーから南のミールズへ。小鉢が多いのが特徴。

カルナータカ州の州都であるバンガロールは、ムンバイ以来の都会でした。
しかも、ついさっきまで、サイババしかない小さな村にいたわたしは、「都会は何もかも大きかね〜」とか思わず方言で云いたくなるくらいの繁栄っぷり。映画の巨大な看板や、人のごった返すさま、商店の多さに、ちょっとくらくらしてしまいます。
それもそのはず、ここはインドのIT産業の中心地とかで、日本の企業もけっこう進出しているらしい。ブリゲイトロードのあたりは、ちゃんと視聴コーナーのあるCDショップ(笑)やら、ちょっとイケてるTシャツが置いているお店やら、ピカピカしたフロアの小洒落たカフェがあって、思わずその冷房の効いたカフェでドーナツとコーヒーを注文するというぜいたくをしでかしてしまいました(っても43ルピー=100円ちょっとですが)。完全に田舎者の行動です。

BANGALORE15.JPG - 37,870BYTES インドのイメージを覆す、やけにハイパーなコーヒーショップ。

BANGALORE20.JPG - 48,556BYTES まともすぎてかえってビックリするCDショップ。

特に目玉となる観光地があるわけではないのですが、まあひとつくらいは押さえておこうと思い行ったのが、産業技術館……って、えらい地味だな(笑)。でも、束の間すれ違った旅人から、バンガロールの産業技術館は面白いという話を聞いていたのでね。
IT産業が盛んということなのでかなりハイテクな博物館を想像していたけれど、わりとベーシックな内容でした。科学のフシギを、簡単な実験装置で試せるコーナーがたくさんあったりとか。けっこういい大人のインド人たちが、色んな実験を試してはキャアキャアはしゃいでいて、展示内容よりそっちの方が面白かったわ(笑)。でも、子供に戻っていちから勉強してみたいかも、とちょっと殊勝な気持ちにさせる博物館でした。

宿代の高いバンガロールは結局1日で出て、そこから3時間西南に下って、マイソールへ。
ここには、マハーラジャー宮殿という立派な観光スポットがあります。ガイドブックに「南インドで
最も豪華な宮殿」「マイソールでは絶対に見逃せない見どころ」と云われたからには、行くしかありません。
まーでも、ウダイプルのシティ・パレスも若干期待外れだったことだし、マハラジャって云っても、所詮は地方豪族だしね(超失礼)、などと、ちょっとナメてかかっていたのですが、ここの宮殿は期待以上の美しさでした。
ダークな色の木を使った天井やドアには繊細な模様が彫られ、ドームの天井には孔雀をモチーフにした素晴らしいステンドグラスが施され、陽光が当たるとはちみつ色に輝いて非常に美しい。柱や天井はしっくいを塗ったものがほとんどですが、色使いが華やかで安っぽい感じがしません。特に、ターコイズブルーと金色という組み合わせが非常に豪華に見えます。また、スプーンとか食器とか昔の扇風機とか、素敵なアンティーク品の展示も充実していて、乙女心をくすぐります。
しかし、何たってここの宮殿のいいところは、外人料金ナシの明朗会計20ルピーで見られるという点ですね。インドの名だたる(いや、名だたっていなくても)観光地は、たいてい外国人料金を設けており、ほぼ一律250ルピー(約600円)ということを鑑みると、ここは非常に良心的と云えます。

MYSOLE18.JPG - 48,227BYTES マイソールが誇るだけのことはある。

マハーラジャー宮殿を堪能したあと、中途半端に時間が余ってしまったので、動物園に行くことにしました。
『歩き方』にも端っこの小さなコラム枠でしか取り扱われていない場所ですが、「白いトラがいます」というコメントに目を留め、そーいや白いトラって見たことないかも、と思い立ったのです。それに、普段メジャーな観光地ばかりを攻めているので、たまにはこういう、観光魂をあまり必要としないスポットで息抜きしないと(笑)。
で、白いトラはどうだったかというと、本当に白かったのでそれなりに感動しました(普通は白くない動物が白いと、何かすごいような気がするじゃないですか。白いゴリラとかね)。ただ、狭いオリの中を神経症的にぐるぐると回っているのが気の毒な感じではありましたが……。
そう云えばここの動物園で面白かったのが、観光客向けの注意看板。トラと人間の赤子のイラストに「野生の動物は静かで文明的、社会的動物はうるさくて非文明的?」というコピーがついていて、思わず「うまい!」と膝を打ちました。

MYSOLE33.JPG - 47,470BYTES 檻の中をぐるぐると回るホワイトタイガー。

マイソールからの次なる地は、アラビア海に面する町・コーチン。久々に夜行バスでの長距離移動です。
コーチンはどうやら欧米人に人気の観光地のようで、その日1日マイソールを歩いていてもほとんど見かけなかった欧米人ツーリストが、バスターミナルのコーチン行きバスの前に大挙していました。

コーチンは、南らしい明るさと穏やかさの交じり合った港町です。
町は4つの地域に分かれており、ボート・ジェッティーと呼ばれるボートが、それぞれの地区を結んでいます。旅行者が行くのはフォート・コーチンとマッタンチェリー(名前がラブリー)の2地区。しかしバスが着くのはエルナクラム地区……こういう構成の町って、面倒でしょうがないんですよねー。バスが町のセンターに着いてくれて、安宿街も大体その辺、みたいな分かりやすい構造の方が、わたしのような荷物の重すぎる&貧乏なパッカーにとっては大変助かるのです。

ま、そんなケチをつけるのはさておき、コーチンはポルトガルとオランダ領だった歴史ゆえ、建物もコロニアル調で他のインドの町とは趣を異にしています。ゴアとも少し似ていますが、もっとこじんまりとしていて、田舎の避暑地風。お洒落なカフェやギャラリー(!)がところどころにあったり、センスのよさげなアンティークショップが軒を並べていたりします。
あー、こういう町って、欧米人好きだよねえ。しかし不思議なんだけど、どうして欧米人って、欧米チックな面影のある町を好き好んで旅行すんだろ?
と、ちょっと皮肉りつつも、わたしもこのテの町並みは決して嫌いじゃない(笑)。むしろ好き。特に、ギャラリーだのアンティークショップだのといった小洒落たスポットに、ここのところほとんどお目にかかってないんですもの。しかも、壁や道路のラクガキまでがアートしていたりするので、テンションがおかしくなってしまって、思わず、高級そうなカフェでチョコレートケーキなんぞ食しながら優雅に書き物をするという、パッカーらしからぬひとときを過ごしてしまいました。
特に、シナゴーク(ユダヤ教会)に近い、アンティークショップの立ち並ぶ通りは、ここホントにインドなの?と目を疑うような洗練と、インドらしいひなびた感じが絶妙に混じり合っていて、えも云われぬいい雰囲気です。ベタなインドの町とは明らかに違う穏やかさは、キリスト教地区だからというのもあるのでしょうか。ヒンズー教色の濃い町って、何かアグレッシブだもんね。

COCHIN103.JPG - 38,165BYTES 思わず欲しくなってしまったアンティークの家族人形。何かのお守りのようです。

そんなコーチンで見逃せないのが、インド四大伝統舞踊のひとつ、カタカリダンス。
カイラスで一緒だったTさんが「コーチンに行ったら絶対見た方がいいです!」と力説していたので、前々から楽しみにしていました。
カタカリダンスとは、まーひと言で云うと、ド派手な隈取メーク&衣装でのパントマイム劇、といったところでしょうか。歌舞伎にちょっと似ているかも。男優しかいないし。
顔の筋肉と目玉の動きだけで感情を表現するというのが特徴で、この技術がすごい。劇の合間のおまけ的コーナーで「悲しみ」「喜び」「驚き」などと云いながらその表情を見せてくれるのだけど、普段映画やドラマで見ているような“表情豊かな演技”とは一線も二線も画していて、あんなもんは学芸会の演技だと思ってしまうくらい、凄みを感じます。あと、目玉の動き方が尋常じゃない(笑)。びっくりするくらい目玉が回る回る!しかもこの目、メーク時にわざと充血させているのです。すごい……。

COCHIN061.JPG - 24,393BYTES カタカリダンスの一場面。

カタカリダンスと並ぶコーチンの名物が、チャイニーズ・フィッシング・ネットというコーチン独特の漁業の風景です。
網を海中に沈め、太い丸太で引き上げる……とか書いてもまったく想像がつかないかと思いますが(自分でも微妙)、たいそう大きな丸太の機械に網がくっついていて、てこのような感じで網を引き上げるのです。
夕方になると、地元の人たちもわらわらと海辺に出てきて、この漁業風景を眺めながらまったりしています。わたしも屋台のチャイを片手に海岸沿いを散歩していると、心身がゆっくりと平和で満たされ、ああ旅しててよかったなあ、なんてしみじみと思う。心地よい孤独、そして開放感。
ゴアから幾度となく見ている、アラビア海に沈む太陽がわたしは大好きです。「よし、明日も生きていくぞ!」っていう気持ちが湧いてくる、生命力と包容力に満ちた夕陽。1日の終わりを飾る、何とも云えぬダイナミックで圧倒的に美しい光景。
そしてその後は、すっかり暗くなった浜辺のレストランで、新鮮な魚料理(っても焼いただけですが)に舌鼓を打てば完璧な幕引きです。

COCHIN136.JPG - 37,354BYTES チャイニーズ・フィッシングネットの向こうに沈む、美しいアラビア海の夕陽。

ところで、いきなり話は変わるのですが、コーチンでわたくし、もう一度髪を切りました。
ハンピにて無残なカッパ頭になったわたしは、以来、クソ暑さに耐えながら頭に布を巻いて外出していたのですが、さすがは欧米人の息がかかった町だけあって、コーチンには美容室とゆうものが存在しているのです!
入り口の小洒落た木の看板が、何やら期待感をあおります。中に入ってみると、さすがに日本や欧米にあるようなハイテクな設備こそありませんが、従業員は若いインド女性ばかりで、欧米人旅行者の女性客もいて、何だか安心できる雰囲気。ヘアカットだけでなく、フェイスケアやネイルなどもやっているようです。けっこう高かったりして……と心配でしたが、50ルピーと可もなく不可もないお値段。これは掘り出し物かも?

置いてあった古い『VOGUE』から、今のわたしでも出来そうな髪型を無理やり選んでお願いすると、「うーん…あなたの髪の短さでは、こんな風にはならないわよ」と率直なお答えが……やっぱりダメか。そもそも『VOGUE』に載っている写真を指定する時点で図々しいわよね。
それは分かっているんだけど、出来るだけ、出来るだけでいいからこの写真に近づけて!と懇願し、あとはおねーさんの腕にすべてを委ねることにしました。
そして……出来上がった髪形は、基本がワカメちゃんであることには変わりないものの、毛先に動きを出してもらって、何とか普通水準のショートカットになりました。ああ、これで安心して外を歩けます(涙)。

コーチンで数日のんびりしたいところですが、宿代が他より高いのと、何よりも予定が押しまくっているので、早々に移動。
次なる目的地は、アレッピーと、そこから出るバックウォーター・クルーズです。

コーチンから南へ約60キロのアレッピーに来ると、そこはもうケララ州。ケララと云えば、「あそこはインドじゃない」「インドの中でもダントツに素晴らしい」「北インドと違って人が親切」「食べ物が美味い」などと、かなり評判のよい州です。
ま、今のところ、南に来たからと云ってインド人がいきなりやさしくなったり、食べ物が格段に美味くなったという実感は特になく(笑)、確かに南下するにつれ旅がラクになってきたような気はするものの、それは単にインドに慣れたからではないか?とも思う今日この頃……。

アレッピーは、バックウォーター(水郷地帯)と呼ばれる地域をクルーズする際の拠点となる、小さな町です。
特別に何があるというわけでもありませんが、バックウォーターの入り口らしく、幅の狭い川が町の中を縦横に走っていて、こじんまりとして何だかいい雰囲気。海だろうが川だろうが、水が身近にある風景というのは和みますね。
それに、わたしが最近はまっている「インディアン・コーヒーハウス」という南インドのコーヒーチェーン店がここにもあって、散歩に疲れたらここで甘いコーヒーを飲んでひと休みできるのもポイント高い。チェーン店と云ってもファーストフード系ではなくて、すごくシンプルな内装のクラシックなカフェなんですよ。ツーリストが来るわけでもなく、フツーにインド人のおっちゃんが新聞片手に静かにコーヒーを飲んでいたりして、何ともシブイのさ〜。

さて、クルーズは、ひたすらヤシの木の生い茂る川を下って下って……という、言葉にすると一瞬で終わってしまいそうな内容です。内容が無いよう、とか思わず書いてしまいたくなる衝動に駆られます(って、書いちゃったし)。
でも、これは決してけなしているわけではなく、特に何が起こるわけでもない、ひたすらのんびりゆったりとした川下りは、ここまでせかせかと南下してきたわたしには、いい休息になりました。川岸で洗濯をする女性たち、水泳してはしゃぐ子供たち、そんな何でもない生活の一場面を見ながらうつらうつらしていると、平和って美しいなあ、なんて素直に思います。しかもそれで、しっかりと移動できるのだから云うことなし(相変わらず考え方がセコいわ……)。

BACKWATER11.JPG - 53,279BYTES 川岸に生い茂るヤシの木群。

BACKWATER29.JPG - 60,547BYTES いっせいに読書にふける欧米人ツーリスト。やることの無さっぷりがうかがえる……。

さあて、ここまで下ったら、インド最南端まではあとわずか。
先だってのスマトラ沖地震で、インド南部も相当な被害が出ており、旅行者間では「伝染病が蔓延しているのでは?」なんていう懸念の声も多数上がっていました。「コーチンくらいまでは大丈夫」とか「アラビア海に面している方は被害はなかった」とかさまざまな憶測話が飛び交い、じゃあどこまで南下してOKなのさ?という境界がすこぶる曖昧なのです。
しかし、ここまで来たら、カーニャクマリまでは行きたいよな……。スリランカはあきらめるとしても。

しかしインドは広い!いや、面積だけで云うとブラジルよりも小さいのに、気がつけばもう2ヵ月半以上も旅をしていて、やっと半分越えたくらいだもんねえ。
インドに2ヶ月半だなんて……完全に、“インド好きな人”の旅行期間じゃないか?!

そこでふと考えてみました。わたしは果たして、インド“好き派”か“嫌い派”か?
……うーん。これ、未だに答えが出ていないんですよね。
ほら、云うじゃないですか。インドは好きか嫌いか、どちらかにキッパリ分かれるって。ハマる人はすごくハマるし、嫌いになる人は二度と来たくないと思うって。
でも、何故皆の衆はどちらかに断定できてしまうのだろうと、不思議でなりません。インドって、そんなに簡単に好きにも嫌いにもなれない国なのでは?と、わたしは今のところ思っています。わたしの中では、きわめて曖昧なグレーゾーンに位置する国っていうか……。まあ、ゴアでの忌まわしい思い出があるので、どっちかと云うと“嫌い”なのかなあ?

ただ、インドの風景―人を含めて―には、妙な味わいがあることは確かで、その証拠(?)に、わたしはインドに来てからものすごい量の写真を撮っていて、それでもまだ足りない感じがあります。
例えば、ルンギを巻いたヒゲ面のおっさんとか、ガリガリのじいさんとか、その辺に転がっている(笑)フツーの人々が、やけにカッコいい。特に年寄り連中のカッコよさには、ちょっと目を見張るものがあって、それは決してセクシーだったり性的にトキメクっていうのではなく、芸術的な美しさなのです。
あとは、最近気になっているのが女性。これはゴアにいた頃に気がついたけれど、例えば12、3歳の娘が、やけに大人っぽいというか、したたかそうに見える。まるで、手だれの女のように見えることがあって、その目は「何でも知ってるのよ」と語っているような気さえする(笑)。まだ未婚で当然処女のはずなのに、28歳でいちおう処女ではないわたしが、目の前の娘よりも子供のように思えることがあるのです。
生活の厳しさなどが、彼女らをそのように大人びさせているのだ、と云ってしまえば簡単でしょうが、それだけではなく、多分……インド人女性は存在自体がエロいのでは?という結論に、わたしは勝手に達しました(笑)。いや、エロは云いすぎかも知れないけど、おばはんの、サリーの腰からはみ出た肉にすら、色気……いや、色気と云うよりもっと大きな意味での“女”を感じるのですよねー。不細工とか美人とかはもちろんあるにしても、女っぽくない女は、あんまりいないような気がします。

そんなことはほんの一部に過ぎないけれど、そういう独特の“味”に、旅人たちのハマリどころがあるのかもなあ、なんて何となく勝手に理解しています。
さて、わたしはあと1ヶ月ちょっと(予定)で、どちら派になるのでしょうか。……って、ま、どっちでもいっか(笑)。

MYSOLE23.JPG - 48,930BYTES 中央分離帯と同化する牛さんたち(爆笑)。

(2005年1月28日 トリヴァンドラム)

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