旅先風信149「インド」


先風信 vol.149

 


 

**ハンピで何が起こったか?**

 

アラビアから、再びのインドへ―。
ここからは、インド後半戦であり、またアジア横断の後編ともなる旅路です。

ドバイからゴアへ帰る途中、ムンバイを経由しました。
トランジットの時間が半日近くあるので、もう来ることはないかと思っていたムンバイの地を踏めることになり、思わぬトクをした気分です。
まだ空も暗いうちに空港に到着し、迷わず目指すは、タージ・マハルホテルとインド門。だいぶベタです。
近代都市ドバイから来ると、インド随一の大都市と云われるムンバイもまだまだ…という感じがします。大人と子供くらいの差はあるね(笑)。ボローい郊外電車(ルール無用の乗り降りで、圧死するかと思ったわよ!)やチャイ屋台、道端で寝そべっている牛なんて、ドバイでは考えられないですもん。そこが良くも悪くもインドらしくて、笑ってしまいます。

MUMBAI10.JPG - 50,968BYTES とりあえずお約束。

でも実は、楽しく観光していたわけでもなくて、金をケチって荷物を預けなかったために、大変な思いをしました…はっきり云って、自爆以外の何ものでもありませんが。
ドバイの空港で荷物を計量した時点で、バックパックだけで18キロという恐ろしい数値を出していたにも関わらず、それを運搬したまま観光しようという己の根性がすごいというか、ただのアホというか。
タージ・マハルホテルに着いた時点でもう死にかけていたのに、それでも欲を出して、街をさまよい歩くわたしは、修験者の様相を呈していたと思います。いや、どっちかと云うとホームレスか…?

そんな軽い修行を経て、1ヵ月ちょっとぶりのゴアの空港に降り立つと、デビッドがバイクで迎えに来てくれていました。
懐かしい気持ちが先立つものの、バイクの後部座席に乗りながら、わたしはまた、これから始まるであろう例の攻防のことを考えずにはおれません。。。

その日は、疲れていたらしくほとんど眠りこけており、翌日はのんびりとビーチでご飯を食べ、夜はちょうどマプサに来ているというサーカスを、デビッドの友達とともに見に行きました。
そう云えば、旅先でサーカスなんて見るの初めてですね。まあ、日本にいたってそう頻繁に見に行くものでもないですが…。でも何故か、サーカスにはノスタルジーを掻き立てる何かがあって、そしてどこかメランコリックで妖しくもあります。見た目は完全に喜劇なんだけど、悲劇性を内包している感じがするんですよ。
鉄の網の中でオートバイを全速力で運転するというキケンすぎる出し物や、何故かモンゴロイドな顔の少女たちが曲芸をするさまは、何だかもののあわれすら覚えます。

さてわたしは、すぐにでもゴアを出て、次なる地・カルナータカ州のハンピへ旅を進めようと思っていました。アラビアに行った分、旅のスピードを早めなければという焦りもあったのです。
それをデビッドに伝えると、
「そうか。じゃあ一緒にハンピに行こう!」
「えっ?(←ハニワ)」
これまで何度もインドに来ておきながら、デビッドはゴアからほとんど離れたことがないそうな。対照的に、かなり精力的に観光しまくっていたわたしは、「え?バラナシは?コルカタは?アジャンターもエローラも知らないの?」と、目を丸くしたものでした。そんなデビッドが、珍しく(?)旅行をしようだなんて…。

そういう展開になるとは思っていなかったわたしは、かなり面食らってしまいました。
しかも、その先のバンガロールまでも行くと云うのです。
ハンピ―バンガロールの途中には、サイババのアシュラムがあるプッタパルティという村があり、わたしはそこに寄るつもりなので、「アシュラムで修行するからダメだよ。デビッドは修行なんか興味ないでしょ?」と云ってみたものの、そもそもサイババが何なのか分かっていないデビッドは首を傾げるばかり。日本人の男だったら、「修行する」なんて云ったら一発で引きそうなんだけどな…なんて、やつには効果ナシかい(苦笑)。

このまま、彼が眠っている間に、置手紙だけして出て行こうかな…と考えなくもありませんでした。
だって、やっぱ、応えられないんだもんよ。そりゃ、やって済む話なら、そうすりゃいいのかなとも思うけどさ…。
わたしは、心を鬼にして(?)あいさつのキスすらもしないでいるけれど、それが果たして正しいやり方なのかどうかは、全然分かりません。
でも…黙って出て行くなんて、それこそ鬼ではないか?応えられないこともひどいかも知れないけど、突然いなくなるのはもっとひどいんじゃないか?少なくとも、わたしがそうされたら、絶対に傷つく。

というわけで、わたしのことはともかくハンピには行きたいらしいデビッドと、元々の行き先がハンピであるわたしは、複雑な(?)関係を保ったまま、またしばしの時間をともに過ごすことになったのでした…。

ゴアからハンピまでの300キロの距離を、1日半かけて、デビッドのバイクで2ケツして走ります。
バイクの背にまたがって考えるのは、どうしても、やる/やらない問題(笑)。
アミーゴなんだから…なんて云っても、それがやらない理由にはならないのがしんどいですよね。
やるだけが問題なら、わたしが承知して終わりなら、いっそラクだと思う。もはや、軽く見られるのでは?とかそういうことはどうでもいいし…いや、やっぱよくねーか?(笑)
友達として大事に思うし、助けてくれたことも、好きだと云ってくれることも感謝していて、一緒に寝て喜ぶなら、喜ばせてあげたいとも思うんだけどな…。
でも、そんなぬか喜びさせてどーするんだ?あと数日もすれば分かれてしまうのに?先のことなんて考えずに、今だけよければいいの?いいのか、別に…。
て云うか
そもそも、わたしにブレーキをかけているものって、何なんだろうか?
どうせ離れてしまうのにって思うから?他に好きな人がいるから?頼まれてもいないのにHPでべらべら喋ってしまいそうだから?(笑)単にセクシュアルな欲望を感じないから?やっちまうとよけいややこしそうだから?(←男かよ)

バイクの背で感じる風は爽快で、目に移り変わるカルナータカ州の田園風景はキラキラと眩しくて…何故わたしは、「貞操って一体何だろう?」なんてことを考えているのでしょうか?せっかくの風景が、台無しもいいところです。

GOA-HAMPI12.JPG - 53,106BYTES ゴアからハンピの移動中に偶然すれ違ったナイスな集団。

それでも、バイクに乗っている間は、ただ乗っていればいいので、精神的にはラクなのです。ケツは痛いけどな…。
途中で休憩に立ち寄った食堂で、自家製のココナッツオイルが売っていて、デビッドはお店の人に2,3質問をした後それを購入しました。そのときわたしは、うっすらと嫌な予感がしたのですが…。

ホテルに着くと、彼はすぐシャワーを浴び、わたしにも「暑いだろ?シャワーを浴びなよ」と促します。
疲れてベッドに臥していたわたしは、うるさいなあ、ほっといてくれよという気持ちと、「ははあ…さっきのオイルでマッサージする気だな」という勝手な予想で、無性に腹が立ちました。
意地でも浴びてやるか!と無意味な決意を固めて頑固にベッドに張り付いていると、デビッドは冗談なのか本気なのか、わたしをベッドから引き剥がそうとするので、思わず本気で「やめてーーー!」と暴れてしまいました。

その後、ベッドにしがみついたまま離れないわたしに、彼は気を利かしてか(?)部屋を出て行ったので、そのスキにさくっとシャワーを浴びました(←姑息)。意地でも浴びるか!と思っていたけれど、冷静になってみれば、確かに身体がベタついて気持ち悪かったのよね(笑)。
浴び終わってしばしくつろいでいると彼が帰って来て、大人しくシャワーを浴びたわたしを見、「ほら、さっぱりしたじゃないか」とか云って喜ぶのですが、それが何故か妙に腹立たしい。さらに、冗談半分で身体に触って来るのに、わたしは思わずキレて、再びサルのように暴れました。
すると、「何なんだ!?何でそんな大声出して暴れるんだ?お前は子供なのか?!」と今度はデビッドが逆ギレしてしまいました。
そこからデビッドは、ひと言も口をきかなくなりました。

相手にキレられると怯んでしまう小心者のわたし(苦笑)は、「こんな名も無き村で1人置いていかれたらどうしよう…」と不安にもなり、それに、こんな風に別れてしまうことの後味の悪さもありで、気分がどんよりと重くなりました。
そもそもわたしは、どんな相手でも、完全に縁を切るということが出来ません。
離れている間に疎遠になったりすることはあっても、斧でぶった切るように関係を切るのは怖いのです。

何でこんななっちゃうんだろう…。決してケンカしたいわけじゃないのに…。と云うか、最初からこんなんじゃ、この先ハンピではどうなるんだ…。
確かに、わたしは聞き分けがないと思う。28にもなって、何を処女みたいなこと云ってんだ?と我ながらふと、不可思議な、笑い出したくなるような気持ちにもなります。まあ、どっちにしても、この方面に関しては、貧困な経験しかないけどよ(苦笑)。
別に、好きな人じゃなきゃ出来ないっていうプライド(なのか?)なんてないんだけどな…。
「やればいいじゃん」「いや、よくない」という両極端な声が、絶えず振り子のように行ったり来たりして、自分の本当の気持ちが何なのか、よく分らなくなってきます。頭がおかしいのかも知れません。
わたしのデビッドへの気持ちは、あえて喩えるなら、犬とか猫に対する愛しさに似ているのです。だから、生々しい男女関係になるには、どうしても腰が引けてしまうのですが、それもまた、愛情には違いないはずで…。

ハンピに着くとすぐ、パキスタン以来幾度となく再会しているNさんという旅行者にばったり出くわしました。
「また会いましたねー。ていうか、顔真っ黒ですよ」
「1日中バイクで移動したもんで…」
どうやらハンピには、アフガンで一緒だったMさんも来ていて、さらにはチベットで会ったSさんという旅行者もいました。普通なら再会を喜びたいところですが、このときのわたしは、“あーあー、何だってこんなときに知り合いだらけなんだ…”というネガティブな気持ちでいっぱいに…。
ハンピはたいそう狭い町、いや村なのです。1本しかないメインストリートを歩いていたら、おのずと顔も割れるわけで、「あれ?○○さんいつの間に白人の彼氏連れてんの?」みたいに思われるのも何だかシャクにさわるじゃないですか(笑)。旅先まで来て気を揉むようなことでもないのですが…。

HAMPI211.JPG - 57,934BYTES ハンピのメインストリートから見るヴィルーパークシャー寺院。

ハンピ村はその規模に対して外国人旅行者の数がかなり多く、大半の食堂が多国籍語メニューを揃えており、お土産屋もやたらとたくさん並んでいます。
何でも、聞いたところでは、年末から正月にかけてゴアで盛り上がっていた人々が、その遊び疲れを癒すべく、ハンピに大量流入してくるのだとか。ってことはアレか、草目的だな…。ま、それはともかく、ゴアほどではないにしろ、外国人(特に欧米人)が過ごしやすいような環境が整っていることは確かです。

ただ、宿だけは明らかにレベルが低くて値段が高い!物価の高いゴアでも、もうちょっといい部屋に泊まれるだろ!というような値段設定なのです。
しかも今は観光客が多くて売り手市場のため、わたしたちも、何軒も断られ、やっと見つけた部屋が、狭いダブルの部屋…って、ダブルベッドかよ!!!
うわ、まずいだろ、どー考えても…。それだけは避けていたというのに、これまでの積み重ね(笑)はいったい何だったんだ…。
「一緒にただ”寝る”だけだからね!」と中学生女子のような釘を刺し、デビッドも一応うなづくものの、果たしてどうなるのやら…。

さて、ハンピの見所と云えばハンピ遺跡群です(←いきなり何事もなかったかのよーなさわやかな導入)。
何平方メートルにも渡って遺跡が点在しているので、メインのいくつかを周るだけでも、まる1日はかかります。
最初はメインの遺跡まで一緒に出かけていたわたしとデビッドでしたが、どうした行き違いか、デビッドは寺院の入場料5ドルを払わずにまんまと進入し、わたしは係員に捕まって払わされてしまいました。
とてつもなく金に汚いわたしは、この一件で完全にへそを曲げ、「何で先に教えてくれないの?ずるいよ!
もうあんたとは観光しない!」と云い放ち、声をかけたのに君が聞いてなかったんだろ、というデビッドの声は完全に無視して1人で観光することに。この辺もまた、夜の生活(笑)とは違う意味で子供なわたしなのでした。

そんなことがありつつも、観光魂あふれるわたしは、めげずに着々と観光。
ハンピは絶景…というか、けっこうありえない景色の嵐です。何せ、宇宙から降ってきたのかと思うような巨石たちが、いたるところに、大量にゴロゴロ積み重なっているのです。こっちのインパクトが強いため、入場料払って見る遺跡そのものは、どうも二の次な感じ。巨石・遺跡・緑(バナナ畑)が混在する独特の風景をまるごと楽しむのが、正しい観光の仕方と云えるかも知れません。
サンセットポイントから見る360度のパノラマは、文句のつけようもないほど、完璧に美しい眺めです。そして、その絶景をさらに楽しむべく、サンセットポイントの岩陰では、イスラエル人の集団が、マリファナを回しています(苦笑)。よく見ると、他にも一服している奴らがちらほら…。

HAMPI069.JPG - 40,875BYTES 巨石の重なり具合が、かなりありえない感じ(笑)。

HAMPI112.JPG - 49,379BYTES 岩・遺跡・緑の完璧なコントラスト。

1日目はわたしの癇癪により別行動になりましたが、その後は何事もなかったように、デビッドのバイクであちこち出かけて行きました。
ある日はボートに乗ったり、またある日は隣町のホスペットまで出かけたり。
デビッドは、ゴアでちんたらしていたとは思えないほど、毎日観光する気満々で(笑)、「旅はいいなあ。ハンピは素晴らしいなあ」などと素直すぎるコメントを吐いています。旅が長すぎて、少々スレてしまったと云えなくもないわたしには、赤子のようにいちいち新鮮に喜ぶデビッドが、何だか眩しく見えました。

そして、問題の夜はというと…。
ここで再会したNさんやMさんたちと食事をしたり、ネット屋に行ったりして(でも高いのであんまり時間がつぶせない)、なるべく帰りを遅めに設定していました。われながら小ざかしい、苦し紛れな行動ですが、デビッドも別に文句も云いませんでした。

ハンピの観光もひと通り終わり、そろそろ次の展開を考える頃合いになってきました。
デビッドは、ゴカルナという、ゴアとハンピの間にあるビーチに行きたがっていて、わたしがプッタパルティに行こうとするのを、「サイババが何だってんだよ?絶対ゴカルナの方がいいって!」と強力にプッシュしていました。しかし、このままゴカルナに行ったら、いよいよ旅が進まなくなってしまうし、ゴカルナに行ったところで、数日の滞在ののち、進路が分かれることは決まっているのです。
「やっぱ、どうしてもプッタパルティに行くよ。旅を続けたいし」
わたしは、はっきりとそう云うしかありませんでした。デビッドはその後も、ちょこちょことサブリミナル効果のように「ゴカルナ」という単語を発していましたが(笑)、いつの間にかあきらめて、われわれはハンピで分かれることになりました。

ハンピ最後の日は、ヒンズー教のわりと大きなお祭りがありました。
それぞれの家の前に色粉で美しい文様が描かれ、ヴィルーパークシャ寺院から続く小さなメインストリートには所狭しと屋台が並び、遺跡の方にもインド人観光客がごったがえして、いつにない賑わいです。

HAMPI159.JPG - 47,125BYTES こんな感じで、玄関前に可愛いペイントが施されている。

わたしはふと、「サリーを着よう!」と思い立ちました。
実はジャイプルのサリー屋で一目惚れして買ったサリーを、ずっと持ち歩いているのですが、パンジャビードレスと違ってなかなか着る機会がありません。はっきり云って、バックパックスタイルにサリーは、構造上無理なんですよねー。
でも、インドにいる内に、1回、いや3回くらいはサリーを着て歩きたい!と密かな野望を抱いていたのです。それを果たすときは、今しかないかも。何てったって祭りなのですから。
それに…ちょっとだけ、「これを着たらデビッドが喜んでくれるんじゃないか」なんて、陳腐な乙女心も働いたのです。

いったん宿に戻り、宿のおばちゃんに手伝ってもらってサリーを着付けると、さすがにテンションも上がって、デビッドも「ムイボニート!」を連発して喜んでいます。何て分りやすいやつなんだ(笑)。こういう素直なところが、彼の美点だよなあとしみじみ思いつつ、わたしたちは連れ立って再びお祭りに出かけました。
サリーを着て群衆に紛れると、時々インド人たちが振り返って「グッド!」なんて云ってくれて、さらにゴキゲンになります。やっぱほら、旅人界のコスプレクイーンだからさ(笑)。

ヴィルーパークシャ寺院内は、参拝客であふれていました。
普段のハンピからは想像もできないほどの人、人、人、ペイントされた象さんが、長い鼻で皆の頭に触れ、ご利益を施しています。
1ヶ月ぶりにインドに戻ってくると、日常生活の中に、フツーに動物が溶け込んでいる風景が、ちょっと新鮮に映ります。
さすがに都会ムンバイではそれほどでもなかったけれど、この辺りなんかだと、わくわく動物ランドなのか?と思うほど色んな生き物がいて、デビッドが「オレ、スリランカに行きたいなー。動物がたくさん見られるんだってよ」と云うので、思わず「ここにもいっぱいいるじゃん」とか云ってしまった。「それは、牛とか羊だろ!そういうのが見たいんじゃない!」って返されたけど(笑。ごもっとも)。

HAMPI189.JPG - 56,987BYTES 象が恵みを施すの図。

そして翌日。
インドでも決して自らの食生活を曲げないデビッド(笑)が、「スパニッシュオムレツを食べられる食堂を見つけた」と云うので、そこで朝食を取ることにしました。
デビッドと朝食をともにするのも、これが最後です。

日にちにしてみたら、1ヶ月もないくらいだけど、ずい分長く一緒にいたような気がしました。
デビッドの明るさや無邪気さから教えられることは多かったし、彼を通してまた、自分のさまざまな面を見させられました。
デビッドはいつも、「野ぎくはいつも彫刻みたいに取り澄ましてるよなあ」と云っていたのですが、この日の朝、わたしはいつもよりよく笑っていたらしく、「笑ってる方がずっといいよ。笑顔はフリー(無料)なんだから」と云われて、胸がつまりました。普段そういうことを云われると、「いつもいつも笑顔でなんかいられるかっ!」とムッとするわたしだけれど(つくづくイヤな性格)、このときは素直に心にしみました。
ま、そんな感動的なセリフの後で、
「ブラジルの女の子は情熱的でいいよ」と、余計なひと言も付け加えてくれましたけどね(苦笑)。

ハグをして、「ありがとう」を繰り返し合ったあと、バイクに乗ったデビッドは、あっという間にわたしの視界から消えていきました。
わたしは、奇妙な喪失感を覚えながら、デビッドのいなくなったハンピの風景を見渡しました。
人がいなくなるときは、いつだってこんなものなのです。
泣いて別れようが笑って別れようが、いともあっさりと、今までの風景から姿を消してしまう。
そして、今ここにいるわたしも、あと数時間もしないうちに、この風景からいなくなるのです。

…で、結局やったのか、やってないのかって?
ま、それは敢えて伏せておくことにしましょう。どうしても聞きたい方は、先着3名までで、個人的に居酒屋でお話しします(笑)。

HAMPI151.JPG - 49,843BYTES ボートから遺跡を見るのもまたオツな感じ。

デビッドと別れた後、バスの出発までは少し時間があったので、わたしは髪を切ることにしました。
「しばらくこのテの面倒は避けたい」という神妙な心持から、さっぱりとしたボーイッシュなショートカットにしようと考えたのです。実に単純きわまりない発想ですが…。
メインストリートを少し横に入ったところの、おみやげ通りの一角にある床屋。ここに決めました。デビッドもここで切っていたし、外国人ツーリストの多い村だから、そんなにヒドい腕前でもなかろうと、このときは呑気にも思っていたのです。しかし、よく考えたら、デビッドは五分刈り。それを参考にしたわたしがバカでした。

「ナマステ〜」とか云いながら気軽に入り、「髪を切りたいんですけど」と云うと、インド人の従業員はにこやかに出迎えてくれました。
これこれこのよーに切ってちょ、と説明をすると、いかにも分っていそうにウンウンうなづくのですが、こういうときって、大体話が通じていないのが、インドってやつさ…。

簡単な絵を描いて見せたにも関わらず、いきなり、一発目のカットで、わたしの髪型はほぼ決定しました。
おっさん!わたしが今描いた絵をもっぺん見てみろ!そして、わたしはたった1分前に、『絶対にぱっつり直線に切らないでね』と云ったはずなんだけど?…ってか、話聞いてないだろお前!!!
ヤバイ、ここで何とか軌道修正をしなければ、取り返しのつかないことになる…。

「もうちょっと切ってみて」
「これくらいか?」
「…んー。何か違うな…もうちょい」
ジョキジョキジョキ…。
「これでどうだ?」
「…違うね、かなり」
ジョキジョキジョキ…。
「???」
とやっている間に、肩よりも長かった髪の毛は、あっという間に顎のラインよりも短くなってしまいました。
あああ、何てこった…完全に手遅れではないか!もうこうなったら、切りたいだけ切ってくれ!煮るなり焼くなり好きにしてくれ!

そして15分後。
「できました♪」
…って、誰やねんこれ???
ワカメちゃん?ちびまる子?それとも母を訪ねた方のマルコ?
それとも…ザビエル?そうだ、ザビエルじゃん?何たって、1ヵ月にホンモノのザビエル(ミイラだけど)に対面したもんね!髪の毛なかったけど(ミイラだから)。いわゆる“おかっぱ”頭の代名詞であるすべてのキャラクターや有名人の中で、もっとも近いのがザビエル!

わたしは、まだ始まったばかりのインド旅行後半戦を、ザビエル頭で乗り切らねばならないことに、激しく落ち込みました。
「そういえば、『シカゴ』のキャサリン・ゼタ・ジョーンズも黒髪のおかっぱだったじゃん」と自分を慰めても、空しさが増すばかり。そもそも顔が違いすぎるしね!
いっそのこと、丸刈りにしようかな…。こんな状態じゃ、いっそきれいさっぱり無くなった方が…そうだ。そもそも、髪を切った目的のひとつは、女らしさを捨てるということではなかったか。

しかし、いざとなると、そんななけなしの女らしさ(おかっぱ頭として残された頭髪)ですらも惜しくなる、これが女心なのでせうか?
て云うかねえ、顔がとっても地味でウォーズマンなもんだから、丸刈りにしたら囚われの宇宙人みたいになるんだよ(苦笑)。女とか男とかいう以前に…。

そのようなマヌケな事故がありつつも、わたしはやっとハンピを出発し、久しぶりに1人になりました。
寂しくないと云ったら嘘になるでしょう。旅立ちによっていろいろなことがリセットされるのは気持ちのいい反面、どうしても感傷的な寂しさに襲われます。
ある一定の期間誰かと一緒にいると、分かれたときに身体のどこかが欠けたような気持ちになるのが常ですが、何度体験しても同じ感情を伴いますね。もう1リットルの水を半分ずつ飲むこともないし、バイクの後ろにまたがることもない、ヘタなスペイン語で喋ることもないんだなあ…なんて思うと、やっぱり胸が痛くなります。
旅人は通り雨のようだと思います。そして、遺跡に彫られた彫刻が風化していくように、記憶は薄れゆく。

そんな風にして、ほろ苦い恋の思い出(?)と頭髪をこの地に置いて、わたしのインド旅行後半戦は始まったのでした。
なお、頭はあまりに恥ずかしいので、クソ暑い中、スカーフぐるぐる巻きにして隠してあります…って、せっかくイスラム圏から帰ってきたというのに何故!?(涙)

(2005年1月15日 ハンピ→プッタパルティ)

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