旅先風信142「インド」


先風信 vol.142

 


 

**続・捨てる神あれば…**

 

7万円あれば、何ができるか?

7万円あれば、ゴアで一番いいホテルに泊まれる。
7万円あれば、ロンドンの「ゴアホテル」(※旅先風信13を参照)にも泊まれる。
7万円あれば、ロッキンホース・バレリーナが買える。
7万円あれば、もう1回エベレストのトレッキングに行ける(行かないけど)。
7万円あれば、インドを2ヶ月は旅行できる。
7万円あれば、アラビアに行ける。

7万円あれば……。

盗難劇の舞台・アンジュナビーチ(端っこの方)。この写真を撮った頃は、単純に美しかったが、今は呪われた地である(涙)。

……。
今さら云ったって、仕方ない。
盗られた金は返って来ない。
それは、太陽が東から西へ移動するのと同じくらい確実なことだ。

ボロきれのように歩いていたわたしを拾ってくれたのは、スペイン人のツーリスト、デビッドだった。
わたしは、めちゃくちゃな英語で、泣きながら事情を説明した。
「今からどこに行こうとしているんだ?」と訊かれたので、「マプサに行って、ネットカフェに行きたい。家と友達に連絡が取りたい」と答えた。無論、家に連絡など取るわけないが、友達には取りたかった。と云っても、全員にいちいち送れないので、HPのトップに事情を書くことにした。見てくれるかどうかは分からない。でも、誰かに知ってほしかった。今、少しでもできる建設的な?ことと云ったら、それくらいしか思いつかない。

デビッドはバイクの後ろにわたしを乗っけて、マプサまで行ってくれた。
その道中、彼の肩につかまりながら、また泣いた。知らない人だが、つかまって泣ける肩があるのは、ありがたかった。「大丈夫だ、泣くんじゃない」と、デビッドは、子供にいい聞かせるように何度もわたしに云った。
ネット代と、その後の食事代を彼は払ってくれた。それくらいの小銭は財布に残っていたが、おとなしく甘えることにした。

その晩は、デビッドの家に泊めてもらうことになった。
これ以上宿代は払えないし、払いたくもない。何よりも、あの宿からは一刻も早く立ち去りたかった。
翌日は、昼まで眠った。デビッドは、バイクでどこかのビーチに連れて行ってくれた。
デッキチェアにもたれながら「こんなことしてる場合じゃないなあ……」と思いつつも、今はすべての思考を停止したかった。

彼が何者かはよく分からない。
歳は35歳で、バツイチで、ここ数年は、半年をスペインのイビサ島で過ごし、半年をここゴアで過ごす生活をしているという。
その前は、パーティーのプロモートをしていたとか、ナイトクラブのウェイターだったとか、まあ要はフリーターみたいなもんなのかな。誰かに聞いた話では、ゴアと本国を行き来して暮らしている人の大半は、プッシャー(※ヤクの売人)だとか…しかし、彼がそうかどうかは分からない。多分違うと思う。

シンケリムビーチの月の出。

翌日、わたしは、預金残高を確かめに、カラングート・ビーチのATMに行った。行ったと云っても、自力ではなく、デビッドのバイクに乗っけてもらったのだが……。
普段は、怖いのと、手数料がかかるのがイヤで残高をほとんど見ない。自分のノートにつけている記録で計算している。しかし、今はそんなコトを云っている場合ではない。
怖々見てみると、意外と残っていた――それも、自分の計算よりはるかに多い。どういうことだろう?今ごろになって、ガイドブックの給料でも入ったのか?
もっとも、残高はルピー表示だから、正確なところは分からない。しかし、この表示が正しければ、7万円は、少なくとも今後の旅程には、それほど大きな痛手とはならないだろう……。

ともかくもわたしは、その残高表示を見たことによって、心の平安を取り戻した。
金がある。いや、あると云うほどでもないが、アラビアに行けるだけの金はある。
人の親切や励ましは身にしみる。時間は少しずつ痛みをやわらげてくれる。 でも、わたしの心を決定的に救ったのは金だった。
無論、金より大切なものはいくらでもあるし、金で買えないものもある。今回のことも、金で済んでよかった、と云われればそれも真理だと思う。
とは云ったって、金はやっぱり重要だ。旅を支えてきたものは、体力とか気力とか根性とか人の親切とか、そういうもの以上に、単純に金だと思った。
してみると、7万円を盗られたことが、またふつふつと悔しくなってくる……。

今後のことを考えなくてはいけない。
アラビアには行けそうだ。しかし、何となく踏ん切りがつかなかった。
このまま、ゴアからハンピに向かい、インド南下を続けるのが、楽かつ合理的なルートではあるのだ。3月に帰ろうと思っているのなら、そうした方が賢明だと思う。
何より、今回の件で金はもちろん、気力を大いに消耗してしまったわたしは、前に進まなければと思いながらも、身体がついていかなかった。

わたしは、デビッドの家にそのまま居ついていた。
足のケガが完治しないせいもあったが、デビッドが居てほしそうだったからだ。

こういうことを自分の口から云うのもど厚かましいのだが、彼はどうやら……わたしを気に入ったらしい。それも、女子(おなご)として。
わたしは、こういうことにかけては、それなりに勘が働く人間である。ま、勘が良すぎて勘違いに終わることも多いのだが(ただのバカだよ、そりゃ)。
今回も、かなり最初の方から、彼が友人以上の好意を持っていることは察知できた。肩組んだり、すぐキスしたりとスキンシップが多いのは、ラテンのりなのかなあ、とも思ったけれど、それにしたって、何だか……と、うすうす疑ってもいたのである。

部屋には、セミダブルのベッドがひとつあった。もちろん、デビッドの寝ているベッドである。
彼は「ベッドで寝れば」と云うのだが、わたしは頑なに、寝袋を敷いて床で寝ていた。
何でだ?床なんか堅くて寝心地が悪いだろう?とデビッドは云うのだけど、いや、そーゆー問題じゃないのだよ!
自分に好意を持っているであろう男性と一緒に寝たら、間違いなくコトが起こっちまうじゃんか。それはまずいじゃないか。
別に、彼がキライだとかいうことではない。でも、“わたしを助けてくれたいい人”というところから入っているせいか、そういう関係になるのに、どうも気が向かない。

そのことでしばしば口論になった。特に夜、寝る前くらいになるとたいがい始まる。
デ「一緒に寝るだけじゃないか」
私「でも一緒に寝たら、やっちゃうでしょ!?」
デ「やらないよ。ただ頭を撫でたり、ちょっと触ったりするだけだ」
私「って、それでホントに終わるのかよ!?」
という内容なのだが(苦笑)、この辺の攻防はかなり疲れる作業である。
というのも、デビッドは、英語がかなりダメである(わたしが云うのもナンだけど……)。9ヶ月中南米にいたわたしのトラベルスペイン語よりちょっと出来るくらいなのだ。だから、会話は英語とスペイン語のチャンポンで、とてもじゃないが、論理的に筋道を立ててお話するということはできない。

ただやりたいだけ、なら話はもっと簡単なのかも知れない。「イヤだ」と拒絶して、「イヤなら出てけ!ここはオレの家だ!」となって、ケンカ別れすれば済むことだ(後味は悪いけどさ)。
一度、一緒に来たおみやげ屋のおばちゃん(インド人)に、「日本に彼氏がいる」と話したことがあって、その後デビッドが相当凹んだ様子になったことがあった。そのおばちゃんは、デビッドと長年懇意にしている人で、その後デビッドに「あんたもなかなか幸せになれんねえ」と余計なことを云い、ますます火に油を注いでくれたのだった。
彼はいつもニコニコしている男で、いかにもスペイン人!な陽気な性格なので、ひとたびしおれたり不機嫌になると丸わかりである。いきなり喋らなくなり、無表情になる。別にわたしが悪いわけでもないと思うのだ
が、ちょっと胸が痛んだ。

その後、「彼氏がいる」については言及されず、いつの間にか“なかったこと”になっているようだった……ううむ、いいのかそれで?!ま、彼氏がいるのはどうせウソだし、聞かれないなら答えない方がいいかと思って、こっちも敢えてそれ以上云うことはなかった。
時々、彼に連れられて彼の友達の家に遊びに行ったり、一緒にご飯を食べたりするとき、「わたしらって、どういう関係だと思われてんのかな」と考え込んでしまう。
デビッドの友達のミケルが、ある時期から、イスラエルとチリのハーフの女の子といつも一緒にいるようになって、えらくいちゃいちゃしているので「ガールフレンドなの?」と尋ねると、「いや、ただの友達」と云う。そうしたらデビッドが、「でも一緒に寝てるんだぜ。友達だって一緒に寝るんだよ」と云って、ミケルと女の子はニヤニヤ笑っていた。わたしには、こういう感覚が、分かるようでよく分からない。

まあそんなわけで、毎夜の「一緒に寝る/寝ない」攻防は、ひと仕事なのである。
こりゃ家を出た方がいいなと、何度も思ったのだが、強盗に遭ってってボロボロになっていたわたしを拾ってくれたことを思うと、無碍に出て行くのもひどいような気がした。もちろん、それと“寝る/寝ない”は別なんだけどさ……。
「わたしがいることで、迷惑をかけてるならここを出るよ」と告げて、荷物をまとめたこともあった。でも、そのたびに彼は、そんなことはないから出なくていい、と答えるのだった。

毎週火曜日のナイトマーケット。

いっそのこと、やってしまうのが、一番円満な解決法……なのかなと思う。
いや、やってしまったらすべてが円満に収まるとは限らないか……もっとややこしいことに発展する可能性だって、ないとは云えない。そりゃあ、やり捨て(?)られたら、それはそれで複雑な気分だが……。
でも、目下の問題はとりあえず解決する(だいぶ暴論)。

「旅先むだ話」でしつこく書いているとおり、わたしには彼氏がいない(ああ、こうしてはっきり書くと、何だか脱力してしまう)。
ゆえに、誰とどういう関係になろうと、困る人はあんまりいない。父ちゃんとかお祖父ちゃんは悲しむかも知れないが、血のつながっていない男性に関しては、誰一人として困らない。
自分の性的価値などほとんどないに等しいと思うし、「こんな貧相な身体でもよろしかったら
どうぞ」と、頭では考えている。
しかし……それはあくまで頭の理屈。いざとなると、ちょ、ちょっと待ってと立ち止まってしまう。やっぱ誰とでもってわけには…と。わたしはやっぱり、自分のセックスに何か価値があると思っているのだろうか?

世の中には、“ヤリマン”と呼ばれている女性たちがいて、別名“公衆便所”なんて云われてしばしば軽蔑の対象になっている。
性的なタブーがどんどんなくなっている今でも、結局は、身持ちの堅い(そうそう簡単にやらせてくれない)女の方が、何やらありがたがられたりする。だからって、30歳で処女とかになると、それはそれで引かれてしまい、一体どうせえっちゅーねん!と胸倉つかみたくなるけど……。
身持ちの堅さに価値が置かれる。これは一体何なのか。つまりは、セックスに値段があるってことで、身持ちのよいお嬢さん(ただし若い)は高く、ヤリマンは安いから軽蔑の対象になるって話であって……何だそれ、売春と一緒じゃん?結婚は合法的な身売り?そして、高齢処女は市場にも並ばないってか?

わたしは別に、ヤリマンを擁護するつもりはない。でも、ある種の羨望と軽い嫉妬を覚えなくもない。
ヤリマンは見下げられた女かも知れないが、それでも他人(男)から一応欲される存在ではある。ただのモテない女は、ヤリマンにすらなれない。
何よりも、彼女たちは自分の欲望に正直である。少なくとも、自分のセックスの価値を吊り上げてもったいぶる女よりは、ずっと潔くて好感が持てる……気もする。

とは云え、じゃあわたしも……と、あっさり股を開くワケにはいかないのだ(どーでもいいけど、股を開くって言葉、非常に屈辱的だ。ヤリマンを揶揄するとき、「誰にでも股を開く女」とか云うじゃないですか。すんごい下種に聞こえるなあ。)
わたしも所詮は、“身持ちの堅い方が価値がある”っていう考え方に支配されているだけで、それはそれで卑しいと思うけれども、例えば外国で「日本人の女は軽い。すぐにやらせてくれる」なんて云われるのも、実に腹が立つしで……ああ、何やらよう分からん。

……って、何でわたしはこんなことに頭を悩ませているんだ!?
それより、アラビア行きを早く決めなくてはいかんだろ……。
そうだ、やるかやらんかより、そっちの方が合理的な解決法ではないか(当然)。

先だっての「彼氏がいる」では効果がなかったし、毎晩のように「頭が古い」だの「セックスが嫌いなのか」だの「セックスが嫌いな奴なんてこの世にいるのか(いるだろうよ;)」だのと云われていちいち返答するのに疲れたわたしは、思わず、大変な大嘘をついてしまった。
「わたしは、昔レイプされたことがあって、そのせいでセックスが嫌いになってしまったのよ!」
わたしはシリアスな面持ちで、そう云った。ああ、何という罰当たりな嘘であろうか…そのうち天罰が下って、本当に犯されるかも知れない……。

……が、それに対するデビッドの答えは「レイプって、何だ?」
そ、そうだった、やつの英語のボキャブラリーでは、レイプは分からないよね……ガクッ。
わたしは体勢を立て直し、なるべく堅い表情をつくって、往復ビンタを喰らわせ服を引き裂くジェスチャーを交えて説明した。そうしたら、分かってくれた(苦笑)。

そんなヘビーな嘘をついたせいで、「本当にレイプされたことがある」という軽い暗示にかかってしまい、気分は沈んだ。
が、この嘘はそれなりに効き目があったらしく、黄門様の印籠のようにこの話を出すと、デビッドも大人しくなるのであった(笑)。とは云え、さすがに情熱のラテン男(カンケーないか?)、「でも、それは10年も前の話じゃないか。それに縛られるのはよくない。考え方を変えた方が人生楽しくなるぞ」などといって、なかなか引き下がらない。
わたしはそれに対して、「あんたは何も分かってないね。わたしがあの事件でどれほど傷ついたか……」と涙ながらに訴えたりするのだが、嘘なだけに、どうもリアリティに欠けるところがあり、また、10年前などと中途半端な時期に設定したのも、デビッドにツッコミの余地を与えることとなってしまった。

で、その話になると、わたしはガキのように泣いたり喚いたりして話を終わらせようとするので(都合が悪くなるとすぐ3歳児に変身するのである)、デビッドが逆ギレして、ケンカになったこともしばしばである。まったく口を利かずにフテ寝することもしばしばであった。
我ながら、子供っぽいとは思う。ていうか、子供そのものだ。でも、それはお互い様なんじゃないかという気もする。

ほんと、これさえなければ、いい人なのだ。
彼は、現地のインド人たちとえらく仲がいい。性格の曲がったわたしは、「ただのカモなんじゃないの〜?」と最初は思っていたけれど、しばらく一緒にいて見ていると、そうでもないみたいだ。
何せ彼は、誰に対してもにこやかに接している。その笑顔が、実に屈託がなくて、しばしばキレてしまうわたしからすると、まるで神かと思う。ヒンディ語はおろか、英語もつたない彼が、インド人とあれだけ仲良くできているというのは、人徳ってやつなのかなあと思う。

デビッドの仲良しの家族(の一部。何せ巨大家族なのだ)。

そう、ほんと、いい奴なんだけどなあ……。その陽気さやノー天気さに、盗難後のわたしは、かなり救われたと思っている。
別にデビッドが生理的にダメとかではなくて、今そういう気分になれないんだよなあ。金盗られたばっかだし、アラビアに行くか否かで悩んでいるし……。
デビッドのことは好きだし(友達としてね)、感謝もしている。そのことを伝えるために、肉体関係を持つというのだって、アリなんだろうとは思う。まして、今みたいに、言葉での疎通が限られている場合は……。
でも、何かそう簡単にもいかない……ああ、乙女心って、フクザツね(?)。
何ていうんだろう、好きだから、気持ちいいからやればいいじゃん、という単純さには、抵抗感がある(ないときも……たまにあるが)。
セックスは、わたしにとっては決して、“明るく、楽しく、幸せな”ものだけではないんだな。常に何となく後ろめたいし、恥ずかしい。淫靡という言葉があるが、まさにこれなのさ。まあ世の中には、もっとエロいこともいっぱいあるだろうけど……。そういう意味では、“やる/やらない”は、”好き/嫌い”のモンダイじゃないのかも知れない。

しかし……どちらにしたって、人の気持ち(期待)に応えられないというのはつらいことだ。
わたしが好意を寄せている人だって、もしかしたら、わたしが今思っているようなことを、わたしに対して感じているのかも知れないな……と考えると、何だかやり切れなくなる。どちらかがどこかであきらめるなり、妥協すればいいんじゃないのかな。一番好きとか、純愛とか云って自分の思いを貫くのが、そんなにエライことなのかな……。
何で人の気持ちは、こうやっていつもすれ違って行くのだろう。 何故、好きという気持ちには、いろいろとカテゴリーがあるのだろう。

いや、もうそれよりも、わたしはアラビアに行くのだ。そう決めた。
居候し出してからというもの、昼近くまで眠って、ふらりとブランチを食べに出て、そのままバイクでどこかのビーチへ行ってゴロゴロしたり、マーケットをぶらぶらひやかしたり、たまにパーティーに行ったり…そのような毎日であった。アラビア、アラビア……とうわ言のように頭では繰り返しながらも、目の前の怠惰でゆるい生活に溺れていた。もちろん、それはそれでひどく平和で安穏で、おかげで盗難のショックも薄らぎつつあったのだけど……。
ある日、シンケリムビーチのサンセットを見に連れられて行ったとき、その夕陽があまりにもキレイで、この海の向こうにアラビアがあるんだと思うと、急にいてもたってもいられなくなった。そして、日本語が誰も分からないのをいいことに「アラビアに行くぞおーーー!!!」と叫んで、デビッドが不審そうにわたしを見ていた。

これはそのときの夕陽ではないけれど、ゴアの夕陽は毎日美しかったように思う。

行くと決めたら話は早い。何だってそういうもんだ。
デビッドがいつも使っている旅行会社で、チケットの手配をした。期待していたほど安くはなかったが、この先年末に進むにしたがってどんどん高くなるだろうし、行くなら今しかないだろう。しかも何と、ここゴアからドバイ(UAE)までの直行便が、週に1便だけ存在するのである。ムンバイまで行って乗った方が若干安いが、そこまで行く時間と手間賃を考えれば、どう考えても費用対効果はいい。

長い長い時間のように思えた居候生活も、こうして、まる1週間で幕を閉じることになった。
ただし、UAEへの入国には、往復チケットが必要で、わたしは1ヵ月後、ゴアに戻ってくるのである。
デビッドは、当然のように、迎えに来てくれると云う……。何とかここまでは貞操を守ったが(笑)、次回のこのこと帰ってきたら、それで済まされるだろうか?
……と思わないではなかったが、黙ってゴアに帰って来て、そのまま行方をくらますというのも、あまりに非人道的?な気がしたので、「帰る前にメールで連絡するよ」と云い置いた。まあ、万一何かの理由でゴアに戻って来られないことだって、ないとも限らないし。1ヵ月後のことは1ヵ月後に考えよう。

ゴアの空港まで、デビッドがバイクで送ってくれた。
バイクの後ろにまたがって、背中につかまりながら、「ああ、最初に会ったときも、こうやって背中にしがみついて、泣いてたな」と思い出して、急に感傷が襲ってきた。
絶望とショックで打ちひしがれて、足を引きずりながら歩いていたわたしを拾ってくれたデビッド。「大丈夫か?どこか行きたいところがあれば、連れて行くよ」と声をかけてくれた……。そして、マプサに行くまでの間、彼の肩につっぷして子供のように泣いているわたしに「大丈夫だ。泣くんじゃない」と、何度も云って手を握ってくれたっけ……。

恩返し?の最良の方法がセックスだというのなら、別にそれでもよかったのかも知れない……。いや、どうかな?それは違うかな?
恩返しという云い方は大げさにしても、「わたしはこんなに感謝しているんだよ」ということを、伝えたかっただけなんだけどな……でもそれは、「ありがとう」という言葉以上にはならなかった。

空港の入り口で、デビッドは「楽しんで来いよ!また1ヵ月後に会おう」と、笑顔で手を振って、わたしを見送った。
わたしも、笑顔でそれに答えた。 感傷と、開放感と、旅立ちの少しの不安を入り混じらせながら。

顔の岩。

(2004年12月1日 ゴア→ドバイ)

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