旅先風信110「アメリカ」


先風信 vol.110

 


 

**愛と哀しみのニューヨーク滞在日記**

 

ともと大して来る気なぞなかったアメリカですが、ニューヨークだけは、ずっと行ってみたかった。
世界を、良くも悪くも動かしている世界一の大都会というものを、この目で見てみたかったのです。
ニューヨークに着いた日は、大雪でした。3月はまだ寒いと聞いてはいたけれど、まさか雪が降っているなんて…。

当てにしていたユースホステルは聞いていたよりもずっと高い値段で、しかも1泊しかできないと云われ、そこの紹介でほかのホステルに行ったらまた満室。そのホステルの別館のようなものが、マンハッタン島の端っこの方にあり、そこまで、例のクソ重い荷物を持って移動…こんなに長時間、バックパックを担いで歩かされたのは久々です。寒さが本気で身に沁みました。
半日以上かけて、やっとありついたホステルだって、ドミトリー1泊20ドル+15%TAXと泣きたくなるようなハイプライス。心の底から、「この街から逃げたい」と思いました…。

ニューヨークは、珍しく1人旅ではなく、友人と一緒の旅行です(しかし、初日のホテル探しは1人だったのだよ…つらかった…)。
もともと、ニューヨークへ行くことを決定したのは、メキシコで会った次元くん(カサコスのページ参照)が、メキシコに来る前にニューヨークに3ヶ月滞在しており、かかった費用が、何とたったの15万円だと聞いたのが発端でした。
一体どんな裏ワザを使ったのかというと、彼は、向うでシェアルームメイトを探し、その部屋をさらに兄貴と割って暮らしていたというのですね。なるほど!それだと、高い家賃も4分の1になるわけだ。さらに、食事はスーパーで食材を買って自炊すれば、かなり安くすむ、と。うーん、素晴らしい!

ちょうどその頃、今回旅をともにすることになった友人が、やはり「ニューヨークに行きたい。出来れば長めに」というので、それなら一緒に部屋を借りてシェアすれば、最も懸案である宿代がかなり節約できるのでは、と提案し、友人の賛同を得て今回のNY行きは決まったのでした。

当初は、最低1ヶ月はニューヨークにいるつもりで、「1ヶ月もいれば立派なニューヨーカーだぜ」とウキウキしていたのですが(典型的イナカ者)、土壇場になって友人が、何を思ったか2週間FIXの航空チケットを取ったことが判明。おかげで、1ヶ月部屋借りる計画=ニューヨーカーになる計画は見事につぶれ、単なる観光旅行となってしまったのでした…ぺっ(←唾吐いた)。

今回は、特に思うところがあるわけでもないのですが、日記形式で書いてみたいと思います。
旅の最初の、ドイツ・チェコ以来の日記形式。久々にやってみると、これはこれで楽しいですね。あまり余計な感情を挟まずに書けるし(笑)。
それでは、愛と悲しみのニューヨーク日記、はじまりはじまり。


3月16日(火)雪
昨夜は空港で寝泊りした。意外と寒くなく、警備員にとがめられることもなかった。
メトロでマンハッタン島に向かう(JFK空港はニュージャージーにある)。メトロは1回乗車2ドルとバカ高い。NYには2週間滞在する予定なので、21ドルの1週間券を買った。これだと乗り放題である。
目的の駅に着き、メトロの外に出ると、何と雪が降っている!そして、信じられないほど寒い。”1週間で90ドル”という情報の「YOUTH CASTLE」に行ってみると、ベッドは1人分しかなく、しかも今日の分しかないと云う。明日は友人が来るので、ベッドは2人分必要なのだ。

仕方なく、そこの紹介で別の、もう少し安いホステルに行ってみるが、そこも満室。聞いてはいたが、この時期は旅行者が多いらしく、どこもこんな感じらしい。「このクソ寒いニューヨークで、早くも路頭に迷うのか…」と途方に暮れるが、そのホステルには別館があるというので、そちらにベッドを確保してもらう。ホステルがあるのはマンハッタン島の北の端っこで、メトロを降りてみると、店もロクにないような場所であった。でも、この際贅沢は云っていられない。

宿を確保したあとは、イースト・ビレッジへ。日本人マーケットで、安い部屋を探すのだ。とは云っても、2週間という中途半端な期間で部屋を貸してくれる人はなかなかいない。2、3件、目ぼしいのを見つけて、連絡先をメモっておく。どちらにしろ、友人が来てからの話だし。

ホステルに戻る気がしなくて、日本人マーケットで場所を聞いた「BOOK-OFF」に行ってみる。BOOK-OFFてのは、ご存知日本の古本屋チェーンのことである。ここNYにもあるのだ。LAでもSAでも、「紀伊国屋」で日本語の本を読み漁っていたが、高いのでほとんど何も買えなかった。BOOK-OFFならその点、100円コーナーならぬ1ドルコーナーがあり、手軽に日本語の本が手に入ってしまうのだ。これまで慢性的に活字に飢えていたわたしにとっては、オアシスのような場所である(笑)。早速、中村うさぎと姫野カオルコの文庫本を買って帰る。

NY2.JPG 雪降るイーストビレッジの街角。


3月17日(水)雪
10:00、タイムズスクエアで友人と待ち合わせる。「カップラーメンの下」という話だったのだが、カップラーメンが分からず、カップラーメンのような巨大オブジェの下でぼんやり待ってみるも、来ない。10:30になっても会えなければネットで連絡し合おう、という話だったのでネット屋に行ってメールを見ていたら、本人が現れた。
(ちなみにカップラーメンはちゃんと存在した。)

とりあえず、吉野家の牛丼を食べる。日本ではちょうど、吉牛が牛丼を廃止した折だったので、美味しさもひとしおである(まー日本にいた頃もほとんど食べてなかったけど…)。ちなみに、牛丼は税込みで約4ドル。ほかには鶏丼、ベジタブル丼、コンビ丼もあった。

そのあと、イースト・ビレッジのマーケットで再び部屋を探し、さらに友人の希望でBOOK-OFFへ。友人も長く日本を離れているので、日本人マーケットの品揃えやBOOK-OFFにずらりと並んだ日本語書籍に大いに感動していた。

なかなか雪がやまないので億劫になりつつ、有名な五番街を歩きに行く。高級ブティックもがんがん並んでいるが、「H&M」とか「GAP」といった量販店系のお店もフツーに並列している。友人が、妹の誕生日に「ティファニー」のアクセサリーを買うというので、それにつきあう。NYのティファニーと云えば、映画『ティファニーで朝食を』の舞台である…とか云いつつ、わたしも友人も映画は見ていないのであったが、お店の前には古風な制服を着たガードマンが立っていて、老舗の風格を感じさせる。

夜、マクドナルドで話しているうちに、ケンカになる。はっきり云って、友人が悪いと思うのだが、拗ねてしまってひと言も喋らない。そんなに話したくなければ話さなくてけっこう、とこちらも開き直り、マクドを出てからも友人を無視してスタスタとメトロの駅に向かったのだが…気がつくと、友人の姿が見えなくなっている。てっきり付いて来ていると思っていたのに…ていうか、やつはホステルの場所を覚えているのだろーか???

しばらくメトロの入り口で待ってみるが、現れない。マクドナルドまで引き返してみるが、道中にもやはりいない。一体何処へ行ったのだろう?もしかすると、こっちに知り合いがいると云っていたから、そっちに行ったのかも…。仕方ないので、とりあえずホステルに帰ることにする。ホステルに戻っている可能性だって、無きにしもあらずなのだ。と云うより、わたしに出来ることは、それしかない。
…が、やはり友人は帰っていなかった。右も左も分からない、ガイドブックも持っていない友人を大都会のまん真ん中に置き去りにしてきたことを激しく後悔した。貴重品は持って歩いているだろうが、荷物はホステルにあるのだ…。最後の手段は、ネットしかない。友人も、タイムズスクエアのネット屋は知っているから、何か連絡を寄越してくるかも知れない…。

祈るような気持ちでメールを開くと、友人からメールが来ていた。「ホテルの駅の名前も覚えてないので、何処に行ったらいいか分からん。とりあえず、今はタイムズスクエアのネット屋にいる」。わたしは、友人にムカついていたことも忘れ、「すぐに迎えに行くから」と返信し、一目散にタイムズスクエアに向かった。

ネット屋は、何故か警察によって封鎖されており(一時的にだが)、ドアの前で「友達が中にいるのよ!入れてよ!」わめき散らして何とか入った。友人は、捨て猫のようにコンピューターの前に座っていた。「いきなり(わたしを)見失って、自分が何処にいるのか分からなくなって、怖かった…」。そう云われると、とても申し訳ない気がしたが、よく考えたら、ことの発端はこいつなんじゃねーのか?…と思いつつ、とりあえず仲直りしてホテルに戻った。メトロ券を買っておいてよかった、としみじみ思った。

NY7.JPG - 49,752BYTES いかにもニューヨークらしい、ポップな内装のマクドナルド。ここでケンカが勃発した。。。


3月18日(木)晴
今日で宿の支払い分が終わってしまう。イースト・ビレッジの貸し部屋広告で1軒、短期で入れそうなところがあったのだが、そこは来週の火曜日まで別の人が泊っているという。とりあえず、火曜日以降は予約しておいたけれども、その部屋が空くまでどこか確保せねばならない。高い金を払ってドミ生活はイヤだったが、とりあえず延泊の旨を伝えると、1泊しかムリだという。しかも、今すぐ決めろと云われるので、何だか腹も立つし、1泊くらい延ばしても仕方ないので、ほかの宿を当たることにする。

友人が「チャイナタウンに、めちゃくちゃ狭いけど1泊15ドルの宿がある」という情報をにわかに思い出し、とりあえずチャイナタウンに安宿を探しに行く。なかなか見つからなかったが、BRWAY沿いに数軒、いかにも安宿風のホテルを発見。部屋を見ると確かに狭い。シングルの部屋など、独房より狭い。しかも壁から床からベッドから、真っ白。まるで人体実験しそうな部屋だ。しかし、ダブルの方はまだしも人間的?な空間で、1泊40ドル(TAX込)と、ドミに泊るより、雀の涙ほどは安い。ちなみに、15ドルの宿は本当に存在したが、男性専用だった。

宿が確保できたので、精神的に余裕ができた。チャイナタウンで、安くて美味しいご飯を食べて、足取りも軽くなる。チャイナタウンと、隣接するリトルイタリーをさらっと歩く。

その後、セントラルパークまで足を延ばす。ニューヨークの象徴的な場所のひとつとも云えるセントラルパークだが、何しろ連日の降雪で雪がびっしり積もり、木々は全て枯れている。こんなところでくつろいでいる人間など、誰もいない。散歩すらしていない。何と寂しい光景…巨大なだけに、寂しさもひとしおである。とりあえず、記念写真だけ撮って、早々に立ち去る。

友人の、「アメリカでマクドナルドのセットを食べたい」という幼稚な野望(笑)を叶えるべく、その辺のマクドナルドに入る。ちなみに、昨日もタイムズスクエアのマクドに入ったが、食後だったため、ジュースだけしか飲まなかったのだ。せっかくニューヨークに来たのだから、何かそれらしいことをしたいのだが、あまりに寒いため、足が向くところ=暖かい場所、と、ついなってしまう。寒さは旅行の大敵ナリ。マクドナルドは、ジュースの大きさ以外は、日本とも他の国とも、特に差はない。久々にフィレオフィッシュを食べてみたら、懐かしい味がした。

NY8.JPG チャイナタウンに押されがちで、今いち地味なリトルイタリー。


3月19日(金)晴
昨日見つけた、チャイナタウンの安宿「GRAND HOTEL」(大層な名前だね)に宿を移す。これから4日間、ここがわれわれの家である。どーしょーもなく狭いが、ドミトリーにいるよりはずっとくつろげる。このクソ狭いのにしっかりテレビがついているのは、中国人の国民性を感じさせる。

チャイナタウンからそう離れていない、ソーホーへ行く。ソーホーと云えば、わたしの中ではNYのおしゃれ発信地というイメージなので、かなり楽しみにしていた。確かに、ステキなお店がいくつもあったが、LAのメルローズのように、どどーんと並んでいるワケではなく、あのときほどの感動はなかった。しかも、聞いたところによると、最近ではSOHOには高いブティックが入り込んできて、昔のような、いわゆる“ビンボーな若者向けのエリア”“ビンボーなアーティストたちの溜まり場”ではなくなりつつあるとか。ちなみに、若者向けのお店でも、値段はさすがにニューヨーク、靴下ひとつ買えそうにない。

そのあと、チェルシーに行ってみることに。チェルシーは、イケてるギャラリーが立ち並ぶ区域というふれこみだったが、うらぶれた雰囲気の倉庫街だった。結局見つけたのは2軒だけであった(しかし、あとで聞いたところ、やはりいろいろといいギャラリーはあったようだ)。

夜は、ホイットニー美術館に行く。現代アート専門の美術館である。金曜夜8時からは寄付制になるので、この日を狙ったのである。とりあえず1ドル払って入る。ジョージア・オキーフやエドワード・ホッパーなど、20世紀アメリカの現代アート作品が目玉なのだが、常設展は何故か閉鎖されており、特別展がほとんどのフロアを占めていた。ちょっと裏切られた気分になったが、この特別展は意外といい拾い物だった。現在活躍しているアーティストの作品ばかりで、作品数もかなり多く、わたしがヨーロッパあたりで見てきた作家のものもけっこう見かけた。中でも、イギリスで知って以来注目している、エリザベス・ペイトンの作品が見られたのは嬉しかった。あと、草間弥生の”光の部屋”(?タイトル忘れた)もあり、人気を博していた。

NY18.JPG - 52,533BYTES SOHOはこんな感じ。


3月20日(土)晴
今日は、マンハッタンに点在するフリーマーケットをめぐることになった。ニューヨークのフリマと聞けば、大規模で、さぞかしお洒落な掘り出し物がざくざくあることだろう、と期待していたが、実態は…。アンティークな雑貨やアクセサリーがメインで、服はあまりなかった。規模も、最大と云われているところでも大したことはなく、ちょっとがっかり。

途中、かなり大規模なデモを見る。おそらくスローガンは“戦争反対、ブッシュ反対”みたいなところだろう。アメリカにもこういう動きがあるのだなあ、と意外な思いがする。

そのあとは、ユニオンスクエアあたりの古着屋を物色して歩く。残念ながら、それほど目ぼしいものは見つからず。天下のニューヨークと云えども、ブティックのレベルは東京の方が高いんじゃないかと思ったりする。

その後、BOOK-OFFへ。どうも、時間が空くとBOOK-OFFに行くクセがつきつつある…いかんなあ…。

NY30.JPG - 59,491BYTES フリマで見つけたゴルビー(ゴルバチョフ)指人形。


3月21日(日)晴
メトロポリタン美術館に行く。ここは、一般的にも、わたしにとってもNY最大の見どころのひとつだ。ヨーロッパで美術館を見漁っていた頃のことを思い出す。
それにしたって、本当にでかい。地図を広げた瞬間からすでに満腹な感じだ。とりあえず、興味のある近代美術エリアから見てみることにする。ピカソ、マティスあたりは当然のようにあるが、クリムト、バルテュスなんかまであって嬉しい。ここと、印象派のエリアは人気らしく、人でごったがえしていた。あとは、18〜19世紀ヨーロッパ絵画、アメリカ美術エリア、エジプトエリア、日本エリアなどをさくさくと見て回る。さくさくと云ってもかなり時間がかかる。ヨーロッパの調度品のコーナーは、ベルサイユ宮殿をまんま運んで来たのかと思うくらい豪華でキラキラしていた。
絵や古代の発掘品に関しては、ここでなくても…と思ったが、ティファニーのガラス・アクセサリーやフランク・ロイド・ライトの部屋などは見ごたえがあった。
ちなみに、ダリ好きの友人は、ダリの絵だけを楽しみに来たのだが、目当ての絵がなかったらしく、早々に切り上げて入り口のベンチで寝ていた。もったいないやつだぜ、全く。

その後、メトロポリタンと共通券になっているクロイスター美術館に行く。ここは、中世的な宗教画をメインにした美術館で、友人はまったく興味がなさそうだったが、2人とも貧乏性なのでとりあえず行ったのである。マンハッタン島の最北部にあり、しかもバスでしか行けないという不便な場所であった。古い城をそのまま使ったような建物は雰囲気があってなかなかよかった。それに、宗教画は退屈だという人が多いけれど、わたしはけっこう好きなのだ。メトロポリタンでの鑑賞の影響もあり、にわかに中世に興味が湧いてくる。

その後、またしてもBOOK-OFFに行ったところ、友人の友人、Hくんに偶然出会う。お互いNYに来ていることは知っていたらしいのだが、まさかこんなところで出くわすとは…とかなり驚いていた。再会を祝して、イースト・ビレッジの大衆居酒屋「ケンカ」で激しく飲み食いする。友人は、何故か気が大きくなっており、「ここの支払いは全部持つ」などと云い出し、おいおい大丈夫かよ?と思いつつも、わたしとHくんはしっかりゴチになった。久々に、もずくやらカキやらを食べ、チューハイを飲み、幸せいっぱいであった。

NY61.JPG  メトロポリタンの極私的ナンバー1、ティファニーのアクセサリー。ムーンストーンとサファイアをふんだんに使ったネックレス。美しい!


3月22日(月)晴
今日の目的は、ニューヨークと云えば、のアレである。そう。自由の女神。

その前に、ワールドトレードセンター跡を見に行く。現在は”グラウンドゼロ”と呼ばれているこの場所は、ナイロンの網にぐるりと囲まれ、ぱっと見には普通の工事現場のようにしか見えない。あの陰惨な事件を想起させるものは何もない。それこそ、拍子抜けするほどに…。それでも、立っていると、静かに涙がこみ上げてくる。哀しいのか、痛いのか、分からないけれども、何かが心を刺す。冬のニューヨークの冷たい風のせいだろうか。

今日は本当に寒い。風が身体に突き刺さってくるような感じ。しかし頑張ってウォール街を歩き、自由の女神を目指す。世界経済の中心とも云えるウォール街は、予想外に小さく、「こんな狭いエリアが世界を牛耳っているのかよ!」と、軽く憤りすら覚える。

マンハッタン島から臨む女神はあまりに小さく、これじゃあ見たことにならんだろーと思い、大枚10ドルをはたいて女神の立つリバティ島へ船で向かう。
リバティ島には女神しかいない。しかもテロ以降、女神には上れなくなってしまったので、外から眺めるだけである。あまりに寒く、とりあえず自分with女神の写真だけ撮って、早々に立ち去る。ここからはマンハッタンの高層ビル群がよく見えて、「ああ、NYに来たんだなぁ〜」という実感がこみあげてくる(遅いっつーの)。

その後、エリス島なども周遊したが、寒いので観光するモチベーションが上がらず、何を見たのかも全く覚えていない。多分何も見なかったのだろう…。

NY73.JPG - 50,512BYTES ワールドトレードセンター跡地。


…ざっと、このような感じで前半1週間は過ぎて行きました。
この辺りの思い出と云ったら、とにもかくにも、寒かったこと!
まあ、さすがに大都会ですから、宿に帰れば、或いは建物に入ればガンガン暖房は効いているんですけどね。散策するにはつらい環境でした。

食事は、大体チャイナタウンか、ファーストフードでしたね。
中華料理屋は、安い上に、サービス料だの税金だのがかからない(多分含まれているんでしょう)ので、安心明朗会計。しかも美味しいので、中華さまさまでした。
たまの贅沢に、スターバックスのホワイトモカチーノを、一番大きなサイズで買って、友人と半分こしてました。1杯のかけそば状態ですな。これは、しょーもない賭けをして、負けた方がおごるシステムだったんですけどね。寒い中をまるで苦行のように歩き回って(相変わらずの苦行好き)、寒さに耐えられなくなるとスタバに駆け込んで、温かいコーヒーを手にすると、心の底から幸せ〜な気持ちになりましたね。ちなみにスタバ、死ぬほどたくさん存在していました。ロスやサンフランシスコよりも多いのでは?旅していると(特に途上国)、ほとんどスタバなんて見ないから、街を歩けばスタバに当たる状態がやけに新鮮でした。

ニューヨークに来たら、ちょっとくらい買い物を楽しもうと思って、ロス、サンフランシスコでずいぶん我慢していたんですが、意外とそんなに心惹かれるものがなかったですね。
買ったものと云えば、防寒用に14ドルのアーミージャケットくらい。あ、あと、ブルックリンで古着のシャツを買ったかな。これも15ドル。わたしにしては、かなり少ない買い物と云えましょう。
ニューヨークは、相当買い物が楽しい街かと思っていましたが、これだったら、東京の方が…というのが正直な感想です。いや、単にそういう場所を知らなかっただけなのかも知れませんが…。

物価の高さには、だんだん慣れてきました。少なくとも、アメリカ入国当初ほど、いちいち驚いたりはしなくなりました(笑)。
ま、慣れてきたらそれはそれで怖いんですけどね。日本の生活レベルでお金使っちゃうわけじゃないですか、どーしても。今までの旅は何だったのかしら?と思ってしまいますね。1ドル2ドルを日々惜しんで生きてきたっていうのにさ(笑)。

…というわけで、日記は次回に続きます。

(2004年3月)

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