旅先風信104「ニカラグア」


先風信 vol.104

 


 

**何もないはずのニカラグアで**

 

たまには本気でリアルタイム旅行記というものをやってみようと思い(笑)、たまっている原稿はそっちのけで、現在地ニカラグアのことを書いてみることにします。

ニカラグア、と聞いてすぐさま思い浮かぶもの。
……ない。何もない。
有名な遺跡があるわけでも、特筆すべき美しい自然があるわけでも、民族衣装があるわけでも、ダイビングスポットがあるわけでも、なんでもない。
だからって、素通りすることの出来ない貧乏性のわたしは、まあ、ガイドブックに載っている町くらいは立ち寄って、せいぜい5日いればいい方かなと計算していました。

…ところが。
フタを開けてみれば、現在、ニカラグア滞在11日目に突入しようとしております。。。(いつもこんなのばっか)
最初に断っておきますが、沈没しているわけではありませんのよ。ほほ。
それでなくても、中米旅行は急いでいるのです。2月中にパナマまで終わらせることが大前提なのです。
そのために、予定表を作って、これまでは大体その通りに動いてきたつもりでした。なのにまさか、何もないはずのニカラグアで足を掬われるとは…旅というのはつくづく妙なものですね(遠い目)。

それでも、ニカラグア入国の際にイミグレーションで揉め、「こんな国、二度と来るか!さっさと立ち去ってやるわい!」と決意したはずだったのでした。
毎度ながら入国がスムーズにいかないわたしは(その内ブラックリストに載るんじゃねーか)、今回もくだらない騒動を起こして、余計な時間とストレスを食うことに…。
ニカラグア入国には、通常、入国税2ドル+ツーリストカード5ドルを支払わされます。それはほかの旅行者からも聞いていたことであり、イミグレの壁にもでかでかと貼ってあるので、一応ごねてみつつも今回は大人しく払うことにしました。

で、10ドル紙幣を出したところ、イミグレのオヤジは「この札は汚い。銀行で替えて来い」と抜かすではありませんか。
汚い?わたしはよく札を見てみました。端の方にところどころ小さなヒビが入ってはいるものの、別にテープで留めてあったり、明らかに破れていたりするわけではありません。
「何で?何も問題はないと思うけど」と、もう一度出してみるも、オヤジはつき返してきます。
「でも、これ以外に持ってない」と、またまた出してみるも、オヤジは再びつき返してきます。

…わたしはだんだん腹が立ってきました。
この札が汚いと云うなら、
お前らんとこの現地通貨はどんだけ汚いねん。このレベルでよく汚いとか云えるな。それとも何かい、お前らの差別しているアジア人の金だからか?…と余計な勘繰りまで起こしてますますムカつき、何が何でもこの札を受け取らせてやる!と、無意味な決心を固め、頑として窓口から動きませんでした。
銀行はすぐ隣にあるので、別に行けばいいじゃん、と普通は思うでしょ?でもわたし、頭おかしいからさー、いったんキレてしまうと、冷静な判断が出来ないんだよう。
それに、そこに銀行があるんだから、お前らイミグレがあとで替えて来ればいいじゃんとも思ったのです。だってこいつら、別に忙しくも何ともないんだよ?アイス食いながら仕事してんだよ?アイス食うヒマがあったら、銀行なんかいつでも行けるだろーが。
さらにこいつらは、そんなわたしを見て、完全にバカにした様子で「チニータ」(中国人)を連発してくるのです。チニータじゃねえんだよ。パスポート見てみろボケ。…とかそういう問題ではなく、要するにアジア人全般をバカにしておるのです。どうせ、「やっぱチニータはバカよね」とか何とか云っているのでしょう。こんな奴らに絶対負けたくない(って、何の勝負だ?)。

ここで、いきなり話は飛びますが、ニカラグア人はアジア人をバカにしすぎです。いや、これはもはや中米全土、アフリカ全土、中東全土などなど広範囲にわたって云えることですが、中米の中でもニカラグアは特に「チーノ、チーノ」とからかわれる率が高い。ような気がする。
昨日、リバス(国境近くの町)に向かうバスを降りる前に、チケット係りの兄ちゃんが場所を知らせてくれました…のはいいけれど、その云い方が何と「おい、チンチャンチョン」。
チニータならまだしも、チンチャンチョンです。知らない人のために説明しますと、チンチャンチョンというのは、中国語を揶揄した言葉です。中国語を知らない彼らには、このように聞こえるらしい。
これは世界の、主に発展途上国で聞かれる、明らかな差別用語でして、チーノ、チニータよりもさらにこちらをバカにした言葉と思われます。

普段チニータと云われても、大体無視するか、機嫌がよければ(あるいはそんなにバカにした調子でなければ)にこやかに応対することすらありますが、これは本気で腹が立ちました。
絶対に反応しない。たとえ目的地で降り損なったとしても、こいつには絶対に言葉を返したくない。それで、完全に聞こえないフリをしていましたが、バスはとりあえず目的地で止まり、わたしはそこで無事降りることができました。そして、バスの去り際、「二度とチンチャンチョンって云うな」と凄んでみたものの…さらにバカにされただけでした(うーん弱い)。ムカついたので、今度は日本語で「ぶっ殺すぞコラー!!!」と、中指を立てながらわめいてやりました。

わたしも頑固ですが、イミグレオヤジはさらに頑固者でした。
つーか、人をなめ腐ってました。
絶対に負けたくなかったけれど、ついに銀行に足を向けてしまいました(涙)。
しかし、先だってのわれわれのやり取りを見ていたガードマンが、「その札はダメだ」。
…こいつら、ほんまに殺したろかい。

「今見てたでしょ?何だか知らないけど銀行に入れてくれないから、これ」と、わたしは10ドル札を再びイミグレオヤジにつき出しました。
すると、「ほかにも銀行があるから、そっちへ行け」…ざけんなよコラ。
もはや神経が10本以上キレているわたしは、死んでもこいつに10ドル札を受け取らせなければ気がすみません。人間としての尊厳がかかっているのです(?)。
下手くそなスペイン語で何を云っても伝わらないので、日本語で怒鳴り、わめき、向こうが何を云ってきても「は?わたし日本語しか話せませんから」と日本語でしらばっくれ…を繰り返していると、オヤジはにわかにわたしのパスポートを返して来ました。おお、これは、もしかすると、もう手に負えないので、さっさと行けということだろうか?金もどうやら払わずに済みそうだぞ…。

と、心の中でガッツポーズを決めたのは、一瞬のことでした。
とりあえず、目的地レオンの町まで行くために両替はしなくてはいけないので、先ほどの10ドル札で路上の両替商と両替し(両替商も一瞬イヤがっていたが、手渡してきた汚い現地通貨を見せて「これよりはマシだろ」と云ったら受け取った)、さてバスを探すかという段になって、ふと思い立ってパスポートを開いてみると、そこには
「CANCERLADO」(キャンセル)
というハンコが、入国スタンプの上にデカデカ、くっきり押されているではありませんか!

わたしの神経はさらに20本ほど切れ、ものすごい勢いでイミグレの窓口につめより、「何なのこれは!!! キャンセルってどういうことなの!!!」と、もはや何語で云ったか思い出せないくらい逆上してわめき散らしました。
しかし、イミグレオヤジは涼しい
顔をして、「じゃあ、金払え」。
オヤジは、わたしが先ほど両替してきたことをちゃっかり見ており、もはやあの10ドル札ではなく、10ドル分の現地通貨を持っていることを知っている様子。
そこでわたしも大人しく払えばいいものを、何だか無性に悔しく、こんなところで負けてたまるかと、よく分からない闘志をさらに燃えたぎらせるのでした…うーん、本当にバカだ。

わたしはふと、ついさっき通ってきた国境の橋が、日本の援助で建設されたものであることを思い出しました。
そして、これまでの一連のいきさつを思い出して、ムラムラと怒りが込み上げてきました。
何故、われわれの血税を使って援助している国に、こうまでコケにされなくてはいけないのだろうか???・・・いや、わたしは今税金払ってないけど(すみません)、普通なら、入国税だって免除されるべきところではないか???
「わたしの国は、あなたたちの国に多大な援助をしている。なのに、何故こんな風にバカにされなくてはいけないの?わたしは本当に悲しい。許せない」
下手なスペイン語で切々と訴えているうちに、涙はどんどん出て来て、その相乗効果か本当に心の底から悲しくなって、さらに泣きました。

すると、何処からともなく現れた、現地人らしいおっちゃんが、「そんなに泣いてどうしたんだ?」と尋ねてくるので、やはり同じことを繰り返して云うと、「そうだよな。君の国はニカラグアだけでなく、中米諸国にたくさん援助をしている。君の云いたいことはよく分かるよ」と、何やら味方になってくれている様子。
それでもしつこくしゃくり上げるわたしの肩をぽんぽんと叩いて、「トランキーラ、トランキーラ(落ち着きなさい)」となだめ、さらに、「これで払いなさい」と、自分の10ドル札とわたしの現地通貨を交換してくれ、その札をイミグレに支払いました。負けた…負けてしまった…このクソイミグレに…。

しかし、このおっちゃんはあくまでもいい人で、その後もうなだれるわたしに、水を買ってきてくれたり、ホンジュラス国境から乗って来たチャリタクの金を払ってくれたり(タクシーのおっさんもまさかここまで時間がかかる客だったとは思いもしなかったであろう)、さらには、知り合いらしいグアテマラ人に「この子はレオンまで行きたいと云っているから、途中まで乗せてやってくれ」と頼んでくれる始末です。
おっちゃん…何ていいやつなんだ。あんたは神様だよ。国を尋ねると、エルサルバドル人とのことでした。そうか、エルサルか。わたしが、怖いからと避けて通ったあの国の人かい…。
わたしはおっちゃんの親切に、さっきとはまったく別の涙をボロボロと流し、おっちゃんをさらに困らせるのでした。

エルサル人はいい人が多い、という話は、けっこう色んな旅人から聞きます。
この前も誰かが「過剰なくらい親切で困った」とか云ってましたっけ。この後で少し登場する、やはりエルサル人のアルテサノのお兄ちゃんが、やっぱりいい奴だったなあ。

あららら、国境話がまた(いつものように)長くなってしまいました…。
というわけで、ニカラグア編は急遽、前後編にまたがることになりました(笑)。

その後、エルサル人のおっちゃんのおかげで、首都マナグアまで向かうグアテマラ人の車にタダで乗せてもらって、無事レオンの町にたどり着くことができました。
さらに、レオンでも、セントロではないところで降ろされて途方に暮れて歩いていると、現地の新聞配達のお兄さんが「そんな大荷物を持って何処に行くのか。この自転車で運んであげよう」と声をかけてくれて、自転車に乗せてもらった上に安宿まで探してくれ、何故かジュースまで買ってくれ…と、ずいぶん親切にしてもらいました。捨てる神あれば拾う神あり、ですね。どうもありがとうお兄さん。
そして、安宿の部屋に荷物を下ろし、ひとしきり休んだあとわたしがやったことは、テグシガルパに続き、「ドラクエ5」でした。その晩は、疲れていたにも関わらず、夜中3時過ぎまで、目を血走らせながら必死でレベル上げていました。疲れゆえにむしろ、異様に燃えてしまったのかも知れません。。。

さて、レオンは、今までに色んなところで見てきた、いわゆる“コロニアルな町”ってやつです。飽きたと云えば飽きたけれど、ここは何だかのんびりしていて、明るくて雰囲気がいい。
中米一大きなカテドラルのある中央公園はきれいに整備されており、そこここに点在する教会も小粒ながら特長があって美しい。
特長と云えば、レオンはFSLNの本拠地でもあります。FSLNとは、ニカラグア内戦中にゲリラとして名を広めた、サンディニスタ民族解放軍のこと。町の壁のあちこちに、FSLNのグラフィティのほか、ゲバラなどの革命系のイラストが描かれ、最初は、「もしかしてここ、なんか危ない町か?」なんて思ってしまいました。ちなみに、FSLNの事務所は、ニカラグアを支配していたソモサが撃たれた家がそのまま使われている模様。玄関の前に、赤と黒のサンディニスタの旗が掲げられています。中央公園の近くには、内戦中の写真などが展示された小さな博物館(けっこうシュール)もあります。

そんなレオンの一番の見どころは、セントロ・デ・アルテという美術館。
ペルーとベネズエラで会ったRさんという旅行者から、「レオンにある現代美術館は、中米中のモダンアートが見られる」という情報を仕入れており、レオンに行ったらチェックしてみようと思っていた場所でした。
まあでも、ニカラグアの地方都市にある美術館が、それほどおもしろいとも思えないけどなあ…なんて疑い半分に訪れたところ、これが予想をはるかに上回るおもしろさ!
見る作品、見る作品、わたしのツボにどっかんどっかん来て、気がつくと写真撮りまくりのメモ撮りまくり…わたしはキュレーターか(※あとでここは写真禁止だったことが判明。でももう遅いもーん)。
中米モダンアート、もしかして、すっげー熱いんじゃないの?いやほんと、ここまでレベル高いとは思っていなかったもの。わたしが本当にキュレーターなら、中米アート展を日本で開きたいくらいですよ。

気に入った作品はいくつもあったのですが、総合的にはエルサルバドルの作家のものがおもしろかったかなと。
やっぱエルサルには行くべきだったかしら(笑)。

LEON11.JPG - 14,398BYTES 気に入った絵のひとつ。これはパナマの作家の作品。

LEON16.JPG - 19,510BYTES こーんな壺も。何だか癒し系でかわいい。これはニカラグアの作家。

作品もさることながら、この美術館自体もよかったですね。
例のコロニアルな建物をそのまま活かしており、作品を見ながら、気持ちのいい中庭も堪能できるという素晴らしさ。さほど大きくもなく小さくもない規模で、作品数もちょうどいい。そんな中に、ピカソとか、シャガール、リベラなんかの小品がさりげなく混じっていたりするのもうれしい。これで入場料が1ドルしない(12コルドバ、1ドル=15コルドバ)のだから、お得もお得です。
って、えらく誉めまくってますね。でも、レオンに来られる方にはぜひとも見てほしいのですよ。これが『歩き方』には載っていないのだから、一体どうなってんの?としか云いようがありません。わたしなんか、ここに来れただけでもレオンに来た価値があった、とすら思っているくらいです(まあ、個人の趣味ですけどね)。

ニカラグア編は、さらに続きます。

(2004年2月17日 オメテペ島)

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