旅先風信えくすとら「おそろしあ」


先風信えくすとらvol.9

 


 

**4万5千円からの旅立ち(泣)**


まだ知らない国、町ならどこだっていい。わたしにとっての旅は、知らない土地をたださ迷うこと。それに尽きるのかもしれないと思うことがあります。
どこだっていいとまで言い切るのは乱暴ですが、サラリーマンになってからの年1の旅行、渡航先の選定基準の第一は、それです。
まだ見ぬ土地の方へ、より心が動かされる。強い刺激を求める麻薬患者のように、行ったことのない国へと手を(足を)伸ばしたくなる。まあ、旅の中毒者としては、間違っていないかもしれませんが、単に“セコい”という説もあります……(苦笑)。

リピーターになることに、やぶさかではないんです。ええ。決して。
だけど、少ない機会のなかで「もう1回行きたい国」をあえて選択するには、世界は広すぎる。「行ってない国の方が少ないんじゃないの?」と尋ねられるたびに声を荒げて否定してしまうのですが、国連が認めている国だけを考えても、わたしが訪問できたのは半分にさえ満たないのです。
それに、今まで行った国の中でもう1回行くなら、ほんとにどこだってOKで、むしろ全部もう1回行ってもいいくらいなので、かえって選べません。ま、ジンバブエとかはちょっとなー…と思ったりしますが(笑)。

まあでも今回、ロシアを行き先に選んだ直接的な理由は、「JALのマイレージがモスクワまで貯まった」という身も蓋もロマンもない、現実的なことだったりして。。。
いつもいつも、現実の杓子定規との兼ね合いだけで旅先を決めるわたしは、好きでもないけどまあ付き合ってくれって云われたし〜 、と何となく交際を始める男女のようでちょっと決まりが悪いです。
や、そんなことはない! ロシアには是非とも行ってみたかったよ! 世界一周ルートに組み込めなかった、最後の大物だもの。
土地、歴史、民族、言葉……どれをとっても唯一無二の個性、未知数の魅力にあふれていることは疑いようもなく、わたしにとっても、触れたことのない文化圏。
それに、ロシアという国のイメージは、この上なく武骨な顔と、病的なくらいに繊細な顔がヤヌスの如く共存しているようで、そそられるのです。
でも、大物すぎて、たった10日くらいの旅行で行ってもええのか? エエのんか? という躊躇いもあるのですよ。まして、基本リピーターにはならないわたしがロシアに行くのなら、シベ鉄に乗ったり、東ロシアの方も攻めたりしないとロシアに行った! と満足に云えないような気がして……なんてこだわっていたら、また長期旅行に出なければいけなくなるよなあ。

そんな個性的なロシアは、旅を始める前から独自性を発揮しており、これがもう1つの渡航候補先・マレーシアでしたらぜんぜん要らない苦労が、ロシア旅行には存在しております。
それは、ロシアビザ。そもそも、日本からビザの要る国に行ったことがない甘ったれのお嬢ちゃんですので(海外でのビザ取りは、ある意味、気楽)、旅行前に航空券以外の手配をしなきゃいけないなんて、うわーめんどくせー! と思ってしまいます。
ロシアの観光ビザは、2週間前なら無料。1週間前なら5000円。2日前なら10000円。そして1日前になると30000円の超特急料金!(ギャース!)
なんだか「大きなつづら」みたいですが、このラインナップなら200%“無料”を優先させるのが、守銭奴たる(ってか単に金欠の)わたしの正しい選択です。つまり、いつものように1週間前まで行き先を逡巡して超ギリギリでチケットを取るような真似はできません。
加えてこのロシアビザ、通常は個人では取れないといわれており、旅行会社で依頼し、なおかつ細かい旅程表まで提出せねばならんという、バックパッカーにとってはいろんな意味で頭の痛くなる手続きを踏まねばならないのです。

でも、海外から――たとえばエストニアあたりからロシアに入っているバックパッカーは少なからずいるわけです。であれば、個人で行く方法は、必ずあるはず!
と拳を固めてネットを徘徊しまくったのですが、個人ビザの情報、意外と少ないのだよねー。これだけ多くの人が、一家に一台のノリでブログを持っている時代に! 当然、ガイドブックに載っているわけもなく。
まさか、個人ビザの取り方はロシアの重要機密事項で、もし明かしたらプー●ンさんに暗殺されるとか??
…なんて、95%はなさそうだけど、5%ならあるかも、と一瞬考えてしまうのがロシアのおそろしあたる所以です。
ともあれ、蜘蛛の糸を辿るようにして得た個人ビザの取得方法、そのキーワードは「空バウチャー」。
このワードで何十回、google先生にお尋ねしたことか……。そして、空バウチャーは、ばっさり云ってしまえば偽モンのバウチャーってことになるんでしょうが、ロシア国内の旅行社のホームページに行けば堂々と販売されているわけで、正直なところ、どこまでがOKなのかはよく分かりません。
それでも、すべての旅程を決めたうえに高いホテルに泊まって手数料を支払うだけのゼニ金は、どこを振っても存在していない己の現実を鑑みれば、空バウチャーに賭けるしかない。

で、結論からいうと、約30ドルで空バウチャーを取得し(PDFで発行(笑))、それを大使館に持って行ったら2週間後、ダブルエントリービザをもらえました。
大使館指定のピックアップの日に行ったら臨時休業、というズッコケそうなトラブルはあったものの、まさかダブルビザまでいただけるとは思いもよらず、窓口の怖そうなおばちゃんが、ロシアの素朴なおばあちゃん(頭にプラトーク)に見えたほどです。
ちなみに、空バウチャーに書くのは、氏名や生年月日、パスポートナンバーなどの基本情報と、行く予定の都市名だけでした。

晴れてビザをこの手にしたのは、出発の4日前。航空券の予約との兼ね合いもあり、いつにも増して綱渡りの準備でした。
綱渡りといえば、金銭的にもかなりの綱渡り状態なので、今回の旅行資金はなんと、クレジットカードによる海外キャッシングで調達するという、神をも恐れぬ(?)荒技を適用。
しかしまさか、これがこの旅に暗い影を落とすことになろうとは、誰が予想しえたでしょうか。。。

去年と同じく、出発前にしっかり風邪も引いて(きゃっ☆)、さらには前日、夜中の1時半まで残業という恐るべきオマケまでついて、かなり散々な状態での出発となりました。
休み前である程度は仕方ないとは云え、旅行前夜の深夜残業はこの上なくつらく、しかもその案件は、あらゆる業務の中でわたしをもっとも苦しめるものなので、辛さがいつもの10倍増でありました。
この際、ここにこっそり?書くけれども、わたしは、この案件をやっていると、まるでドラクエにおける毒の沼地を歩いているかのように、体力と気力を著しくすり減らし、世の中のほとんどが灰色に見え、ただでさえ悪い性格がこれ以上ないほど悪くなり、瞬間最大風速が「shinitai☆」のレベルに達することも稀でないありさまなのです。その苦しみは、マゾヒスティックな喜びに変わることすらもなく、ただただ絶望感で胸を掻き毟るばかり。当然、そんな気持ちでやっている仕事が素晴らしい結果を生むはずもないけれど、それでももう2、3年はこの案件から逃れられていません。たぶん、単に人数(頭数)の問題で。
世の中にはもっと辛い仕事はあると云われるだろうし、それは分かるから耐えているけれど、それにしたってこうも全方位的にダメージを受け、心が止めどなく壊死する仕事って……不思議でしょうがない。この案件に係わる間だけは、心だけどこかヨソに置いておけたらいいのにと考える。体と心が分裂して、体だけちゃっちゃと仕事やってくれたらいいよほんと。
仕事じたいの善し悪しを、ここで云々はしない(他の案件と比べても格別に、ビックリするようなことが多発するのは間違いないけど)。だからこれは、純粋にわたしとの相性の悪さの問題ということでもいい。だけど、相性ってけっこう大切じゃない? 相性の合わない夫婦が一生を添い遂げるのは地獄じゃない?
同じ案件に係わっていた同僚は、これが大きな原因で会社を辞めたっけ。わたしの気持ちひとつで辞めることはできるだろう。ただし、その案件を辞めるんじゃなくて、会社ごと辞めることになるだろうけど。そう考えると、正直、今すぐ転職もめんどくさいしとなって、いろいろ天秤にかけて、目を瞑りながら耐えるわけだ。時々、浪費で自慰しながら。

……半分ゾンビのようになった体を引きずって家に帰り(こういうときのチャリンコはとてもつらい)、最後の準備をしてたらもう起床まで2時間切ってるじゃん!? でもさすがに徹夜するだけの体力は残っておらず、うつらうつらとレム睡眠をさまよってから起床。
空港へと向かう京成線の中で、携帯電話のアラームを切り忘れたことに気づき、さらには送り忘れた仕事のメールが1つあることにも気づき、パスポートとバウチャーのコピーを取り忘れたことにも気づき……出発早々、どんどんテンションが下がります。

モスクワまで約9時間の直行フライトということもあり、飛行機の中では案の定、寝腐っておりました。
まあ、前夜の残業が応えているのは間違いないけれど、見知らぬ土地への移動の際は、無限に湧いてくる不安との戦いを避けるために睡眠に逃げることが多いわたくしです。
たまには、自分が赤子に思えるくらいの未知の場所に行くことで、日常で培われる傲慢さを取り除く必要があるのだ……などと、旅前はえらそうに考えていたけれども、いざとなると、ただただ不安でしかありません(苦笑)。
旅初日の最大の任務「ホテルにたどり着く」を無事にこなすだけでも、決して低からぬハードルと思えます。いくら旅を何度こなそうとも、未知の国はやはり厳然と未知であり、移動がこのまま永遠に続けばいいのにと臆病風を絶えず吹かせているのです。

飛行機を降りてからトイレに行ったせいで完全に出遅れてしまい、慌ててイミグレに向かったらすっかり人気がなくなっていました。わーいきなり不安5割増し☆
イミグレ官は、まーなんというかロシアっぽい!! と思ってしまういかめしいおばさんで、にべもなく入国カードを突き返されたときは、げっもしや空バウチャーのせい? と思って早速絶望の淵に落とされそうになりました。何のことはなく、ただわたしのミスで空欄があっただけでしたが。
無事に入国を果たし、あとはロシアルーブルを下ろして、一路モスクワのユースホステルを目指すのみ。今回は珍しく、1泊目のユースはちゃんとオンライン予約してあるのです。
はーついに来たー。き、緊張する。。。この空港を出たらもう丸裸みたいなもんだからなあ。どんくらい寒いんだろ? あんまり天気が良さそうじゃないけど……。寝て食ってるだけで目的地に着く飛行機は、何だかんだでやっぱいちばん安心安全な気がしてくる。

空港内には、ゲーム機かと思うような簡単な感じのATMが何台も設置されており、見知らぬ銀行の名前ばかりですがVISAのマークはちゃんとついています。
わたしは、多少周りの目を気にしながら(ここで大金を下ろしてつけ狙われてはたまりません)、もっとも親しみのあるCITY BANKのATMを選んでカードを差し込みました。

「INCOLLECT PIN CODE!」

……え???
おかしいな、このカードはCITY BANKには対応していないんだろうか。
仕方ないので隣の、知らない名前の銀行のATMで試してみます。が、同じエラー。さらに隣。同じ。その隣も同じ。
少し離れた場所にあるATMでも試してみましたが、どれもこれも同じエラーでカードが返ってきます。
……PINコードが間違っているだって?!
わたしは、ほとんどの暗証番号を統一しているので、よほどのことがない限り、そんな事態が発生するはずがない。ただし、このカード(VISA)は、普段使っているカードではないから、もしや、暗証番号を他の番号にしている? それか、暗証番号とPINコードってのが別の番号だったりするのか? だとしたら、自分の誕生日に設定していることもあるかもしれない?かもしれない……?
しかし、誕生日の数字を押しても結果は同じでした。
気がつくと、全身にすごい量の汗をかいていました。なんだなんだなんだこれ? どういう事態になってんのこれ?
先にも書いたとおり、今回の旅資金はャッシングに頼っているのです。それが、カードが使えないとはコレイカニ??

……しばし、魂が抜けたまま呆然と立ち尽くしていましたが、このまま空港にいても埒があくわけもない。夜の時間になればなるほど、面倒と不安が増大するのが旅の常。であれば、とりあえずは最小限の現金を換金して、モスクワ市内に出るしかない。
しょっぱなから安さ最優先にせざるをえず、エアポートトレインではなくバスに乗りました。空港で時間を食ったせいで、すでに外は灰色の雲が重く垂れ込めた夕方の景色になっていました。なんとまた、不安を増幅させる空に出迎えられていることでしょう……。
死んだ魚のような目で鉛色の車窓を見つめながら、脳内では計算機がめまぐるしく働いていました。

1つだけわかっていることは、手持ちの現金だけでこの先、旅をするのはなかなか困難だということです。
さすがに、現金を持ってきていないわけじゃないですが、5万円少々で、世界一物価が高いといわれるモスクワ、ロシアで一、二を争う有名観光地サンクトペテルブルグ、さらにはキジ島にも行きたいという希望を叶えられるものでしょうか?
ああ、金ってほんとに大切だよね! 死にかけの心と引き換えに稼いだ金! 大切に使っていれば、+5万円くらいの捻出はわけもないことだったのに。こんな、見知らぬ土地で懐の寒さに怯えることもなかったのに。ほんとにてめーは学習しない大うつけ野郎だよな! 学習能力の低さだけでいったら天才の域に達してるよ。
むうしかし…とりあえず、どうやって乗り切るか考えないと。帰りの便まであと9日、ロシアで過ごさねばならないのだから。支払いは極力、クレジットカードで済ませるという方法はあるとしても、宿代や交通費、市場などでの買い物はは現金じゃないとダメだろうなあ。食事にしたって、それなりの店でないとカードは使えないかも? ってか、まさか、カードとしても使えないなんてことはないだろね??

美術館と称されるモスクワの地下鉄。

バスと地下鉄を乗り継いで、モスクワの中心部・アルバート通りにほど近いユースに着いてからも、落ちつく間もなく(まあ、男女混合8人ドミの1ベッドでは、なかなか落ち着けはしないけれども)、アルバート通りのATMをまるで道場破りのように片っ端から訪れては撃沈していました。
吐く息の色が、どんどん青色に変化していくのが、自分でも分かります。本来なら、新しい土地に着いたばかりの、初めての街歩きはえも云われぬ楽しさがあるはずなのに、とてもそんなどころでない。
それでも、ドミでゴロゴロしていればいいというものでもない。金がなくとも出来る観光――それは、歩いて写真を撮ること。
夕方到着ではもともと、ゆっくり観光する時間もなかったけれども、ユースから徒歩圏内の赤の広場へ行くことにしよう。夜景を見に。

10分も歩くと、クレムリンの巨大な壁面が威容を現します。このデカさ、他の国にはないスケール感だわ。
その脇の坂を上ると赤の広場へ至るのですが、この現れ方にはちょっとうち震えるものがあります。
この、無駄とも思えるような広大なスペース。右にはクレムリン、正面にはカラフルなタマネギの教会(正式名は聖ワシリー大聖堂)、左手にはディズニーか!とツッコミたくなるようなイルミネーションに彩られたグム百貨店(かつての国営百貨店)。
だだっ広い石畳が連なるだけの広場なのに、なんという迫力。圧倒される……(グムの前が工事中でなければ、もっとよかっただろうけど)。自他共に認める観光の鬼たるわたしも、「ああ、これを見るためにわたしはここに来たのだ」と、どストレートな感動を得ることは、そんなに多くはありません。だけど、ここは、このために来たと素直に思える。きっと、世界中でここにしかない光景。
夜だけど観光客の数もそれなりにいて、静かににぎわっているのがまた麗しい。タマネギ教会の完璧な造形もさることながら、タマネギの正面に位置する国立博物館の赤いデコレーションケーキのような建物も素敵。モスクワに来ているんだなあ、わたし。しみじみ……。

この流れで下手な写真を入れるのは興がそがれるが(苦笑)……夜のクレムリン。

……しかし、感動に酔いしれたのは束の間のこと、その後、グム百貨店の中をあてもなく歩いていたら、フトコロにびゅーびゅーと暴風雨が吹き荒れるのをいかんともしがたく、百貨店の3Fにあるセルフ食堂すらも今のわたしには高級レストラン並みの敷居の高さであることに打ちひしがれるのでした。
ああ、百貨店の中はなんてキラキラしているんだろう。ZARAとかGUESSとか、テナントにはそんなに目新しさはないし、購買欲をそそられるお店があるわけでもないけれど、内装と雰囲気は素晴らしい。こんなに美しい空間で買い物ができるなら、百貨店の存在価値は上がるだろうなあ。中味が伊勢丹だったら最強かもなあ(笑)。

ぐむぐむの中。

宿に戻ると、またぞろ金の計算です。金貸し業者かわたしは!
改めて、手持ちのルーブルと日本円をかき集めると、5万円にも足りておりませんでした。約4万5千円ってところです。日本円はこの際すべて両替するとして、あと9日間とすると、1日5千円計算か…。宿代が1500円だから、やれなくはないけれども、長距離移動やキジ島の観光で金がかかる可能性は高い。
さいわい、宿では日本語インターネットが無料で使えたので、何とかしてカード会社にコンタクトを取る方法を模索し、頼めそうな友人にメールを送ったりもしますが、正直、雲を掴むような心許ない試みです。本人じゃないと暗証番号を聞き出したり、変更したりはできないもんなあ。
いっそのこと、9日間モスクワに留まって、カードで泊まれる高級ホテルに滞在すっか??  もしくは、物価が1/3に下がりそうなウクライナにとっとと切り替えるか? でも、どちらにしてもサンクトペテルブルグを捨てることになるのはいただけないか……。

それにしても、これほどまでに追いつめられた気持ちで旅の初日を迎えたことって、あっただろうか? ま、自業自得だけどさ。。。

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(2010年11月13日 モスクワ) 

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