旅先風信えくすとら「フィンランド」


先風信えくすとらvol.6

 


 

**銀世界、針葉樹、暗い空**


目が覚めても、やっぱり、
世界に野ぎくただひとり……(←このフレーズ、気に入ったらしい)。

かと思うくらいの静かすぎる、そして昨夜と何も変わらないような朝。く、暗い。。。
さすがは北極圏です。日照時間の短い冬のフィンランド、しかも北緯66度のロヴァニエミでは、7時はおろか、8時半になってもいっこうに暗いまま。
いったいいつまでが夜なのでしょうか? いつから人としての活動を始めるべきなのでしょうか??
外が暗いと何だか活動しなくてもいいような気になってくるうえ、ひどい鼻水と咳による疲労が、ホテルの部屋から出る気力をさらに奪っていきますが、暗かろうと明るかろうと、1日の長さは同じ。旅行者たるものダラダラしているわけにはいきません。
とりあえず、ロヴァニエミでの最大の使命である「サンタクロースとの対面」だけは死んでも果たさねばなりますまい。
ああ、それにしても外が暗い……(涙)。

バス停に着く頃には、空の色もようやく漆黒からエレクトリックブルーへと変化し、静かな朝の訪れを告げていました。
昨夜と違って、人の姿もぽつぽつと見られました。インフォメーションにはかわいいおねえちゃんが2人いて、ようやく会話のキャッチボールというものを行いました。
フィン語のありがとうは「キートス」というんですが、これは覚えやすくてありがたいですね。インフォのおねえちゃんたちが、別れ際に小鳥のさえずりのような明るい声で「キートス」と云ってくれたのが、とてもキュートで好印象でした。こちらが「キートス
」と云って「キートス」で返って来るのもまたいい感じ。

村への道中、車窓から見える風景はすべてが雪に覆われ、点在する民家がまるで美しい幻のようです。
ムダのない直線、ほのかなオレンジの灯り、さりげないクリスマスイルミネーション。そんな家々のビジュアルとも相まって、童話の中の世界がそのまま存在しているかに見えます。

サンタクロース村は、これまた静謐すぎる空気の中に、小さく佇んでいました。
雪の中にポツポツとある木の建物群は、充分にメルヘンチックではありますが、オフシーズンのひなびたテーマパークといった風情でもあります。
さて、サンタクロースは、メインの建物であるサンタクロース・オフィスにいるということなので、まずはそこを目指します。
ちょっとしたアトラクションぽい館内(大きな柱時計などがあり、ちょっとアリスっぽい)を順路どおりに進んでいくと、何やら開かずの間みたいなところに出てきます。そして、半ば自動的にサンタの間に通されます。
ぱかっと扉が開き、視線の先には、どこからどう見てもサンタクロースなおじさんがいました。なんつー立派すぎる白ひげ! 恰幅の良さも申し分なし! そして細い眼鏡! ビジュアル的にはこれ以上ないくらいだな…。
サンタの間には、サンタ以外に、カメラマンの兄ちゃんが控えており、有無を云わさず記念撮影が行われます。ここでは、自分のカメラでの記念撮影はNG。そういう商売で成り立っているので仕方ありません。

オレンジの光が幻想的なサンタ村。

訪問客、つまりわたしは、そのままサンタクロースのおじさんと3〜5分ほど会話をすることになります。
こういう、マンツーマン的システムになっているとは勉強してこなかったので、話す内容の準備なぞまったくして来ていません。
サンタクロースは、非常ににこにこと愛想のよいおじさんですので、フレンドリーに接してくれるものの、わたしの方は、は、話すことが…。
何せ英語だし、とっさに気のきいた喋りができるアドリブ力は皆無。で、とりあえず出て来た言葉が、
「日本のニュースで、ついこないだ来日されているのを見ました」
うわー、それ必要? 云わなあかんこと?? わたしゃ芸能レポーターかい??? そんなんじゃなくて、なんかほら、もっと詩的で童話的な会話!! 仮にも乙女と名乗っているのだからアンタは!!!
ちなみに、この会話の一部始終はビデオ撮影されており、写真データとセットで50ユーロで売られていました。
……もうちょっと夢のある会話を考えてくればよかった(涙)。
あまりに何を話していいか分からないので、「オーロラを見たいんですけど、見れますかねえ?」という、時候の挨拶的なネタを振ってみましたら、「今の時季は、オーロラを見るのは難しいんじゃないかな。“アルクティム”で見ておいで」とのこと。
ん? アルクティム…?って、ロヴァニエミの郊外にある自然博物館のことですよね? それってつまり、
オーロラの映像かなにかですよね??(涙)

そんなこんなで、サンタクロースとの対面はあっけなく終了しました。
部屋を出ると、プライスリストが掲げられています。えーと、とりあえず写真は……25ユーロかあ! 25ユーロあったら、トナカイ料理が食べられそうだなあ!
要らないなら買わなんかったらええやん、買うも買わないもアナタしだいやん、って話なんですけど、ここでサンタクロースに会うことは最大のイベントなのであり、そりゃ多少高くても買ってしまうでしょツーリストなんだから。と考えるとなかなかいい商売だよねえ。ま、サンタクロースだけで維持している村なのだからそこが稼ぎのキモではあるわな。
ただ、サンタクロースだけじゃテーマパークとしては引きが弱いよーな気もする…。 ディズニー並みに続々と新キャラ生み出して派手にやらないと、昨今は生き残りが難しいよねテーマパークって。
……などと、心の汚れきった大人の感想を抱いてしまうのでした。
わたしは12歳になるまでサンタクロースを信じていた無垢な(バカな?)子どもでしたので、もしその頃に訪問していれば、きっとそんなつまらないことは考えずに済んだ…かもしれません。子どもをサンタクロースに会わせてあげたい親御さんたちは、10歳になるまでにぜひフィンランドへ…。
とりあえず記念写真は購入しました。だって! サンタさんに会ったことがあるのを証明してくれるのは、この写真だけなんだもの!! いいんだ、今日は世界最北端のマクドでごはん食べるから…。

ぬいぐるみの盛り合わせ。サンタ村のショップにて。

残る仕事は、友人や知人(の子どもたち)に手紙を書いて、サンタクロース・ポストオフィスから投函することです。
本当なら、サンタクロースのホンモノの手紙を皆さんに届けてあげたいところですが、1通=7ユーロかかるので、全員はムリ……ということで、偽サンタ=わたしからの安いポストカードで我慢していただくことにしました。まっでも、切手と消印はサンタ村になっているから許して。
残念なことに、北欧デザイン的なおしゃれポストカードはなく、迷ったあげく、黒いグラサンをかけたサンタクロースが愛車(?)のスノーモービルと一緒にキメている微妙なポストカードを送ってしまいました。
調子に乗ってあちこち書いていたら、軽く1時間が経過。さて、そろそろ村を観光するか…。
他の施設はすべて物販なので、財政の苦しいわたしは、心ゆくまでは楽しめません。そうは云っても、ひと通りは冷やかすんだけど。
無暗にウロウロしていたらついに氷の上で滑ってしまい、派手な尻もちをつきました。誰も見てないのが、いいのか悪いのか。。。いくらドクターマーチンでも、雪国で8cmヒールはやっぱダメか?(苦笑)

ロヴァニエミに戻ると、すでに朝方と同じ空の色になっていました。
は、早いな〜。。。まだ2時すぎだよ?
この先どうしたらいい?(涙)
シティセンターは、それでも昨日よりは人の往来もあり、やっと生きている町に来たなあと、妙な感想を抱いてしまいます。
ロヴァニエミのランドマーク的ショッピングセンター「サンポケスクス」内で暖を取ったり、空腹に耐えきれず、夕食にしようと思っていたマクドに入ったり(しかしマクドですら単品しか頼めないとは情けない)、人のいる空気をむさぼるかのように(笑)、明かりのある場所をあてもなくウロつきます。

人!人がいっぱいいるよ!(笑)

極寒というほどではありませんが、ちょっとでも防寒に気を抜くとたちまち寒さが体の芯を冷却し始めます。
すっかり辺りが暗くなった頃には、いったん宿に戻って装備し直さねばならないほど寒さが厳しくなっていました。む、やっぱ北極圏の寒さをナメてたらいかんな。。。
束の間、ベッドに身を投げ出してぼーっとしていると、何気に今がいちばん幸せなのでは……と、フィンランドに対して罰当たりな感想を抱いてしまいました。
北欧の人が他の地域に比べてインテリアにこだわるというのがホントなら、その気持ちは今、とてもよくわかる。1日の大半を過ごす部屋は、居心地よくしたいもんね。自分だけの暖かで快適な城を作りたくなるよね。
しかし、時刻を見ればまだ16時…。わたしは住人ではなく、旅人。旅人としてのプライドを賭け(ウソ)、意を決して再び外出します。
うわ〜〜〜さっむ〜〜〜(泣)。
寒いのも道理、雪が降り始めていました。中心地はひととおり歩いたので、宿の近辺からアアルトの図書館、ロヴァニエミ教会へとひたすら雪の中を歩きます。か、風邪引きなのに。。。
寒さ(と暗さ)はさておき、フィンランドを代表する建築家アルヴァ・アアルトが全体を設計したという町は、それ自体が見どころと云ってもいいくらい、シンプルで理知的な美しさにあふれています。道の広さ、建物の低さと造形…すべてが近未来の豊かさを象徴しているようにさえ思えます。

そうした美しさとは裏腹に、ショッピングの楽しみは、期待ほどでもなかったりして…。
雑貨もファッションも、けっこう地味なのです。質実剛健!って感じで、「H&M」のラインナップもかなりシック。ショッピングセンターは、どっちかっていうとイトーヨーカドーぽいし、アアルトの灰皿もスーパーで普通に売られているし。ま、でも、生活ってそういうもんですよね。
日本でやたらともてはやされている“北欧雑貨”ってどこにあるの? 北欧を童話の世界と信じてやまない(?)森的な女子たちは、これを目の当たりにしたらどう思うのか、意見を聞いてみたいところです。 唯一、フィンランド中にあると思しき生活雑貨のお店「Pentik」にその片鱗を見ることはできますが、わたしにはちょっと素朴すぎるかなあ…。

こんな感じのスッキリした建物が多い。

さて、オーロラを見るためには、ラップランドの玄関口にすぎないロヴァニエミに留まっているわけにはいきません。
誰も彼もが「オーロラは微妙」という中、さらなる北方へと――つまりさらなる極寒の地へと足を進める必要があるのか? と、消極的な気持ちが湧いてきますが(風邪引いてるしさ)、かと云って、残りの日数をヘルシンキで過ごすのも何だかもったいないし、それ以外の町に行くとしても冬季は少なからず閑散としているだろうし…。

ラップランドには、オーロラ観測の拠点、のみならずスキーリゾートも兼ねた町がいくつも存在します。有名なのはサーリセルカやレヴィでしょうか。
この際、天気は選べないとしても、少しでも可能性を高めるなら、なるべく人が少なく、町の明かりにあまり邪魔されないような場所にせねばなるまい。
翌日わたしは、意を決して、荷物一式持ってロヴァニエミのバスターミナルへ出向きました。そして、穴の開くほどガイドブック、および時刻表を見つめては逡巡しました。
1時間も考えたあげく(短期旅行での時間の使い方とは思えないぞ…)、各バスの行き先を見た限りではいちばん北にあって、その分オーロラ出現の確率が上がりそうなイナリに決めました。ロヴァニエミからバスで5時間。けっこうな長距離です。

バスターミナルからしてほとんど人がいなかったのですが、バスに乗った時点で、わたしを含めて4人くらいの乗客しかいませんでした。それも、ツーリストというより地元人ぽい雰囲気。
こうもツーリストがいないと、自分が恐ろしく的外れな行動をしているような不安に襲われます。
あいにくな天気に加え、例によってあっという間に光がなくなる冬の北極圏。最初の停車所、ソダンキュラを過ぎたあたりから、すごい勢いで日が暮れていきました。
車窓の風景は壮絶なまでに寂しく、雪をかぶったもみの木群と、湖が凍ったらしきだだっ広く白い平原が交互に、ひたすら現れ続けます。色のない、光のない世界。まるで森の化け物のような木々の間を走っていくバスは、
あの世にでも向かっているのか…? たまに現れる民家や街灯の灯りに、思わず涙が出そうになります。
しかし、まだ何かが見えているうちはよかった。3時間も経ったでしょうか、闇にすっかり覆われた森は、それこそこの世のものとは思えない恐ろしさで車窓に迫って来ました。
わたしは、読書などで暇をつぶす心の余裕もなく、ひたすら孤独をなめ続けていました。旅先で自分が一人だと痛感することは、今までに何度もあったけど、絶対零度ならぬ絶対孤独のようなこの感じは、いつぶりだろう…? ロヴァニエミで、世界で野ぎくただひとりだと思ったのはまだまだ甘かったな。都会の雑踏の中で感じる孤独(笑)とも全然違う。
というか…そもそもこの状況は何? わたしはいったい、何に向かってるわけ? やっぱり、今の時期にオーロラを見に行くことは間違っていたのか? バカなツーリストはわたしだけか? そう云えば、フィンエアーには大量の日本人たちが乗っていたけれど、誰もオーロラを見に行く人はいないのか??
…んなこたどうでもいいやろ、と思いつつも、不安に伴う独り言がぐるぐると頭を周回します。
うーん、父ちゃんに云われたとおり、今後の人生について考えてみるか? いや、このシチュエーション&コンディションで考えたら、ロクでもないことしか浮かんでこなさそうだ(苦笑)。

ソダンキュラのバス停から見る風景。

トナカイが1匹、路上に現れて、バスが止まりました。そのとき初めて、血の通った光景を見たような気がしました。
サーリセルカ、イヴァロ(ソダンキュラもだが、いちいちカッコいい名前だ)…バスが停まるたび、いよいよ車内には誰もいなくなっていきます。最前列の席にけっこう長く乗っていた年齢不詳の女性も、いつの間にか姿が見えなくなっていました。
イナリに向かっていることは頭では分かっているのですが、何故だか不安が止まりません。重たいオレンジの灯りの中、わたしの顔はさぞかし青ざめていたことでしょう。しかし、その不安を分かってくれる人もいない…というか、
人自体がいない(運転手を除く)。
とりあえず、このバスに乗っている間は安心してていいんだって!と、死にそうな心にいい聞かせます。
何が起こるか分からないアフリカ旅じゃあるまいし、何で治安のいい先進国の旅でこんなにビビっているんだろう? ヘンなの。

そして、バスはついにイナリの町に到着しました。
「え、ココ??」
地図で見た印象よりもはるかに小さな、いやもう、これは町と名乗っていいのか? 村、
いや字じゃないのか? と思ううほどの小さな集落の光景に、戸惑いのような気持ちを抑えきれません。
こ、こんなところでポイ捨てされても(いや、自分で告げた行き先だけど)、いったいどうしたらいい!? ダレカタスケテ(涙)
しかし、バスは無情にも次の行き先(どこまで行くんだ!?)へと走り去って行きました。
YHマップによれば、町のどこかにYHがあるとのことでしたが、この雪と暗闇の中、右も左も分からぬ状態で探すのは肉体的にも精神的にも負担が大きそうです。
バスが前に停まったホテルイナリは、66ユーロ。ロヴァニエミからこっち、宿代で大量出血が甚だしいけれど、とにかく今夜は、温かい安全な部屋で眠りたい…。
冷静に考えて見れば、今日は半日バスに座っていただけなのに、ものすごい疲労感が襲って来て、フロントで代金を払った瞬間、その場にへたりこみそうになりました。

(2009年12月1日 イナリ)

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