旅先風信えくすとら27「バヌアツ、オーストラリア」


先風信えくすとらvol.27

 


 

**事件、そしてシドニーの休日**


まさか。
まさかね。
まさかだよね。

……飛行機、乗り遅れたとか、まさかだよね〜〜〜〜〜!?!?!

ピーターのヘビーな離婚話を、あくまでも他人事として聞き感傷に浸っていたお気楽旅人のわたしは、今や見事に消し飛んでいました。
それどころでない事態が、“今、そこにある危機”として、眼前で燃え盛っているではありませんか。
そりゃ、1日でも長く旅したいとは思っていたよ! でも、こんなかたちでは望んでなかったよ!! 出発の時、成田に無事に着いた時点で、もう昨年のような愚行はないものと高をくくっていたよ!!!

サントから帰ってきてピーターと一緒に空港を出る時、今どき手動らしいアナログ掲示板に、「シドニー行き 17:00」と提示されているのを確認しました。この目で、しかと。
つまりそれは、本来16時発である便が、1時間遅れていることを意味していました。サント→ポートビラ便の出発も1時間遅れだったので、わたしは素直に「バヌアツではよくあることなのか」と納得し、駄目押しには、エア・バヌアツのチェックインカウンターで「あのボードではシドニー便は17時になっているけど、時間変更したの?」と尋ねたところ、ボードが正しいという答えだったのです。
いくらわたしの英語が怪しいからと云って、さすがにこのくらいのことは聞き間違えない。マラリアをマリッジと聞き間違えられることはあっても……(前回参照)。
それをピーターに告げても、彼も”バヌアツではよくあること”と思ったのか、特に不思議そうな反応も見せず、じゃあゆっくりランチできるね、とむしろ喜んでいました。
チェックインも終わって荷物も預けてあるし、16時30分くらいに空港に着いてれば大丈夫でしょう、というピーターの見通しに、わたしはなんの疑いもなく乗っかったのでした。

予定の16時30分にはちゃんと空港に着き、ピーターとも別れを告げる暇もあったけれど、完全に静まりかえっている空港の雰囲気に、嫌な予感が首をもたげました。
「already done」
チェックインカウンターでそう告げられた時、わたしの心臓は一瞬、口から飛び出たと思います。出口からはちらっと、シドニー便らしき機体が見えました。
慌てて、エア・バヌアツの空港カウンターへ走り、事の次第を確認。係員の説明によると、こういうことでした。
「25分ほど待ったし、空港内にわたしの姿を探し回ったけれどいないので、荷物だけ出して飛行機は出発しました。大体、チェックイン後は、空港の外に出てはいけません」
……って、そりゃそうだけど! 空港の簡素さについ見くびっていた感はあるけど、でも待って! わたしはチェックインカウンターで、そこにいた係員に確認したのです。ただボードをちら見して安心していたわけではないんです!
わたしは、下手くそな英語で必死に説明しました。
すると、件の男が出てきて、
「そりゃ、俺だ(てへぺろ)」

……ええええっ。それだけ???
日本なら、重大な業務ミスと見なされると思うのですが、ここバヌアツでは、誰も彼を責める者はおらず、ピーターさえも「荷物が戻ってきたのは奇跡だよ。それに25分も待ってくれてたんだし」と、むしろエア・バヌアツの肩をもつ発言で、わたしは軽く四面楚歌の気分。
覆水盆に返らず。英語だと、It's no use crying over split milk.って云うんだっけか……そんなことをぼんやり思い出しました。
ともかく、ここで誰が悪いのかを追求する余裕もなく、そんな雰囲気でもなく。泣く、怒る、無気力になる……3つの感情がめまぐるしく入れ替わり立ち替わりして心をさらっていく中、とりあえずわかったことは、明日(10/30)のシドニー便には空席があること、明後日(10/31)のカンタス航空のシドニー→成田便は1席だけ空いているということでした。
明日はいいとして、シドニー→成田はJALだからなあ。とりあえずJALに連絡しないと……。すぐには緊急連絡先がわからず、ピーターのiPod Touchを借りて、じりじりと焦りながら調べ、何とか電話番号がわかって、電話をかけて、聞こえにくいながらも日本人オペレーターと繋がった結果……明後日の便は満席。翌日(11/1)の便なら変更できるという回答でした。さすがマイルで購入したチケットだけあって、その便なら変更料も無料です。
何が何でも、新しく航空券を買ってでも明後日の便で帰らねば!と思えるほど社畜でもないので、迷う間もなく翌日11/1の便に決め、休む間もなく会社に連絡。
バヌアツから会社に電話が繋がっているという状況をひどく奇妙に感じながら、死にそうな声で上司に事と次第を話します。完全に呆れかえってはいたものの、深刻に叱責されることもなく、業務に多大な影響を及ぼすこともなさそうでした。
まあ、元々は11/1は別個で休んで、4連休とかにして実家にでも帰ろうかなどと思っていたから、考えようによっては、うまい具合に休める口実ができたわいグフフ……と、ほくそ笑むこともできるのかもしれません。

 

問題のボード(※これは翌日撮りました)。

焦って戻る理由が晴れてなくなると、だいぶ気持ちは落ち着いてきました。急いで行うべきことは終わり、わたしはピーターの居候先である友人宅に泊めてもらうということで、事態はいちおうの収束を迎えたのでした。
それにしても今回の騒動は、必ずしもわたし一人の責任とは思えず、「25分も待ってくれるなんて、エアバヌアツは親切な会社だね。106人もの人が25分も待ってたんだよ」というピーターの発言はどうにも嫌みとしか聞こえず、さりとて開き直りきることもできず、なんだかモヤモヤが晴れません。
いったい物事は、何パーセント悪いと自業自得ってことになるのかしらね。今回でいうと、わたしの非の比率って、少なくとも100%ではないよね? せいぜい6、7割くらいじゃないのと思うのは、自己採点甘すぎですか? これが、100%他人のせいにできるなら怒ればいいし、100%自分の責任ならそれはそれでスッキリする。中途半端に自分も悪いってところが、なんとも歯がゆい……。だからまあ、すべてを「自己責任」(今や黄門様の印籠の如き便利ワード)と断罪しちゃえば、あっさり解決するってことですよね。
処理しきれない膿のようなものが臓腑に渦巻きながらも、とにもかくにも今夜は、ピーター友人のポール宅へ身を寄せさせてもらいました。
どうにも気が塞ぐわたしを、ピーターはカバ・バーに連れ出してくれました。3杯ほど飲みましたが、サントで飲んだ時ほどの酩酊感がなかったのは、一連の事態で心が固まっていたからかもしれません。まあ、味は安定の不味さでしたが(笑)。
それでも、引き続きピーターの離婚騒動やら、バヌアツにいるsuper super richな外国人や、今まで旅した中でone of the bestの場所などについて話しているうちに、夜は刻々と更けていきました。
家に戻ると、家主のポールがすっかり酔っぱらった状態でわれわれを迎えてくれました。わたしは数日前、ポールの居ぬ間にちょこっとだけ勝手にお邪魔していたので、見知った家ではあるものの、ポールとは初対面です。わたしは完全に招かれざる客でありましたが、歓迎はしないまでも、まあ気にすんなよ、という感じだったのでホッとしました。そのうちポールはさっさと寝てしまったので、あまり気を遣う場面もなく、さらに胸を撫で下ろしたのでした。


どんなことがあっても、死なない限り、何事もなかったように朝はやってきます。
フライトまでの中途半端な時間を、「どうする?」と尋ねられ、まあ何もしないのももったいないし……と、ピーターおすすめのメレ・カスケード(メレの滝)へエクスカーションに出かけました。我ながら立ち直りが早い気もしますが、ま、金銭的ダメージも少なかったですしね(結局そこかい)。メレの滝は、サントでさんざん驚異の自然観光を終えた身には、残念ながら大きな感動というほどではなかったのですが、降って湧いたおまけの時間には、ちょうどいい場所ではありました。
そして……今度こそ無事に機上の人となって、わたしはシドニーに帰ってきました。
シドニーのハイシーズンは、数日離れていたくらいでは終わっておらず、ホステルは早々と2軒断られ、前に泊まったホステルに1ベッドだけ空きがあったのでなんとかそこに潜り込みました。
サントの宿にいた頃から、ちょっと喉が痛かったのですが、ここに来て完全に風邪を引いてしまいました。あんなに暑い国で風邪を引くなんて、なんか悔しいな……。くそ狭いドミトリーで派手に咳や鼻水の音を立てるのは気が引け、自分の体調を呪わずにはおれません。
その晩は夕食にありつけず、ピーターが買ってくれたサンドイッチが命綱になりました。ありがとう。飛行機が飛び立つ瞬間も、カーゴに乗って手を振ってくれたピーター。「次はいつバヌアツに来る?」と尋ねられて答える術もなかったけれど、最後はなんかアレな事件もあったけれど(苦笑)、バヌアツを好きになって帰ることはできたかな。
目が合う→「ハロー」と挨拶する→挨拶が返ってくる、シンプルで美しいサイクル。わたしの中に刻まれたバヌアツの印象は、この感じに集約されます。決して過剰ではない、マイルドなフレンドリーさ加減は、ブラジルに少し似ているかもしれません。
まあ、全くボラれることもふっかけられることもない……とは云いきれないものの、かなりマシな方だと思います。インドが10としたら、せいぜい1かそれに満たないくらいでしょうか。
ミニバスの車内で流れるボブ・マーリーのミディアムテンポな曲は、まるで昔から土地にある歌のように、バヌアツによく似合っていました。優しく、温かく、長閑で、ゆるやかで、この小さな南国を象徴しているかのよう。ボブ・マーリーは、日本でも海外でも、あちこちで何度も耳にしたけれど、「ベストアルバム、ちゃんと聞いてみようかな」と思ったのは初めてかもしれません。
ちなみに、彼の離婚騒動については、妻が日本人ということもあり、あまり詳しく書くと身バレしたら申し訳ないので詳しくは省きます。ただ、親権を争って高等裁判所から航空局から、果ては首相まで巻き込む勢いらしく、小さい国だからそんなに驚くことではないのかしら?とも思ったけれど、現実離れしていてどうも想像が及びません。
彼が日本人であるわたしに話しかけてきて、親しみを見せるのは、奥さんの影を見ているのだろうと推測され、なんだか気の毒に思えます。いずれにしても、わたしには、うまく収束してくれることを祈る以外ないわけですけど……。

 

メレの滝。

 

滝の入場口で踊る地元の兄ちゃん。

 

 
そして、バヌアツから……、

 

シドニーへ。

降って湧いた、シドニーの休日。
帯に短し、たすきに長しといったこの1日を、頑張って郊外のエクスカーションに費やすこともできそうですが、もう少し、シドニーの街を歩いてみてもいいかなと思い直しました。
前は、シティ〜オペラハウスのあるロックスを中心に観光しましたが、今回はサリーヒルズ〜ダーリングハーストあたりを歩くことにしました。サリーヒルズはカフェやギャラリーが多いおしゃれエリア、ダーリングハーストはゲイタウンらしいです。
“世界一おいしい朝食”で有名な「ビルズ」で朝食を食べるというむちゃくちゃミーハーなスタートを切りつつ(原宿にもあるけど、いつも行列なんだもん)、その後は特にあてもなく散歩します。
シドニーは、というかたぶんオーストラリアには、物販という面で見れば、そんなにかわいいものが溢れているわけではないというのが、前回のオーストラリア旅行と合わせての見解です。でも、カフェなんかはさすがに本場というか、気張っていなくて雰囲気のいいお店がそこかしこにあります。オーストラリア在住のHさん(前回のオーストラリア旅行で一緒に日食を見に行った美魔女です)が、「オーストラリア人は、服のセンスはひどいけど、インテリアは素晴らしく趣味がいい」と云ってましたっけ。空間の快適さを重視するのは、国民性なのでしょうか。

 

ブリスの朝食。見た目、ほんとに普通(笑)。

 驚くほど分かりやすいお店。


このあたりのエリアは、シティに比べて低層のこじんまりとした建物が並び、普通の住宅にも繊細なアイアンレースのバルコニーが付いて、時折、庭先にジャカランダが咲いている様子も素敵です。
何てことない街角、何てことない日常。でも、わたしの知らない世界。そこに身を置くと、普段自分を分厚く覆っている霧が、束の間、晴れていきます。自分探しの旅はバカにされがちだけど、余計なインフォメーションを取り払った本当の自分というものが、その時だけは現れてくるような気がするのです。“本当の”という修飾にはなにかと胡散臭さが付きまとうものですが……。
その時わたしに有るのは、良くも悪くも子どものような好奇心と素直さだけです。もしもそれが自分の本質なのだとしたら、“生活”はなんと自分を汚し、垢まみれにしていることでしょうか。
時々、白昼夢のような失踪願望に囚われることがあります。もちろん、そんな勇気も行動力もないから、せいぜい、なんちゃってバックパッカーで旅をするくらいしかできないのですが、失踪という言葉は常に、ある種の甘美さをもってわたしの心に響きます。いざとなったら死ねばいい、じゃなくて、いざとなったら消えちゃえばいい。すべての属性やしがらみを一気にリセットできたら、生まれ変わることはできるのでしょうか?
それはできないまでも、ただ、今こうして歩いている瞬間だけは、自分が少し、軽くて清潔な存在になったような錯覚を持てるのです。
しかし、刻々と帰国が近づくにつれ、日常の霧は少しずつ、再びわたしの心を覆い始め、絡め取っていきます。会社クビになってないかなあ、なんてぼんやりとでもそんな思考が浮かんできてしまうこと自体が、もう、旅の魔法が解け始めている証左です。


バルコニーのアイアンレースがきれい。

あまりお金も残っていないので、街歩きと、入場無料のNSW州立美術館で大半の時間を費やしました。
美術館は思った以上に大規模でした。アボリジニアート目当てで行ったのですが、結局コンテンポラリーアートのフロアがいちばん楽しいですね。ただ驚いたり、笑ったりして、勉強じみた鑑賞脳は必要ないから。逆に、15〜19世紀くらいのヨーロッパ&オーストラリア絵画は、けっこうすっ飛ばしてしまった……。
CityRailの路線図を見ると、かなり郊外まで走っていて、あと1日あれば、観光とは一切縁のなさそうな郊外の駅でふらっと降りて散策してみてもよかったかな。都市部の観光をしていると毎回そういうことを思うのですが、なかなか中心部から離れらないんですよねー。
こうして、おまけの1日はおまけらしく、特に珍しいことも起こらないまま、静かに終わって行きました。お金がないと云いつつ、最後にしっかり「Peter Alexander」でパジャマ買っちゃいましたけどね(もちろんカード払い)。
ところが、最後の最後、まさかの日本行きの飛行機にまたしても乗り遅れるという……オチも悪くはなかったのですが、さすがにそこまでわたしもバカではなかったようで、無事に帰国の途についたのでした。

ゲイのカップルが連れて歩いていた巨大ぬいぐるみ。

(2013年11月2日、シドニー)
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