旅先風信えくすとら「オーストラリア」


先風信えくすとらvol.20

 


 

**どうしてわたしはこんなところに**


時々、生きている上でのいろんなことが、ゲーム上の出来事のように思える。
「本当はこれ、壮大だけど単なるゲームなんじゃないだろうか?」って。
ずーっとずーっと、ただひたすら、何かのゲーム(でも何のゲームなのかは、今いちよく分からない)をやり続けているような感覚に、ふと囚われる。

・・・22:30。
わたしと、1人の女性しかいない、成田空港第2ターミナルの2階。
薄暗い空間で、ひたすらスマートフォンをいじるわたしの姿は、幽鬼か何かのように浮かび上がっていたことでしょう。
警備員が巡回に来て、ここで何をしているのかと問われました。そこまで訊かれちゃいないのにここまでの経緯を洗いざらい、やや感情的に話すと、その人はいくぶん同情のこもった声で「ここはもうすぐ閉まりますので、空港に留まられるなら下の階のソファに移ってください」とわたしを促しました。
何や、やっぱり24時間営業やんか。ホッとしながら下に移動し、今日は空港で一夜を明かす気マンマンの人たちの中に身を落ち着けます。
相変わらず、下手に残ってしまったカンタス便をどうするか、エアーズ・ロックYHAへのキャンセルメールなど、といった細かい懸案をこねくり回しているうちに、時間はどんどん過ぎていきます。合間合間、寂しくなって、いつもじゃ考えられないような頻度でツイッターにつぶやくのが、我ながら哀れです(苦笑)。
長期旅行の頃は、夜遅いときは空港に泊るのが常識!とばかり、各国の空港で夜を明かしたものでした。注意されたのはドバイの空港くらいでしたが(それでも結局寝たけど)、成田は取締が厳しいのか、何度も警備員がやって来て、尋問してきます。
ご親切に、東京方面のバスの最終時間を教えてくれる人がいる一方で、どこに住んでいるのかと尋ねてきてわたしが「新宿区です」と答えると
「ってことは大久保?」とすかさず返してくる人もいました。偏見もたいがいにしてください…。かと思えば、「へえ、新宿“区”ってあるんですねえ」と感心する若い人も。
それにしても、空港でこんなにしつこく質問やら身分証の提示やらを求められたのは初めてです。パスポートを見せても疑わしそうな顔で「免許証とかないですかね?」と聞いてくるので、だんだんイライラしてきましたよ。その昔、パナマの空港で国籍を偽った報いですかね(苦笑)。

旅程の立て直しをしている間に、最終の東京行きバスは出てしまいました。しまいました、と云っても逃したわけではなく、単純に、家⇔成田の交通費をケチったまでなのですが…。
とにかく、空港泊はこれで決定。大して食欲も湧かなかったけれど、品川駅で買ったお弁当を食べることにしました。
味も分からないし、たびたび喉に詰まりそうになりましたが、捨てるに忍びなくてなんとか完食。ああ、そうだ、全く水分取ってないや…。空港の出発ロビーを走っていたとき、喉が擦り切れそうになったのに、そのあとのショックがでかすぎて(涙)、お茶を飲むことも忘れていたわ。
スマートフォンをいじり倒している間に、時刻は1時半になろうとしていました。
眠くもないけれど頭も体も疲れていたので、寝袋を座席の上に出し、潜り込んで横になりました。懐かしいと云えば懐かしい感覚…でもまさか、自国の、日本の空港で一夜を明かすなんて思いも寄らぬこと。むしろ、屈辱的とも云える事態です。

どう頑張っても気分は明るくなりません。本でも読んで気を紛らす、なんてのもかえって億劫で、ただ悶々と横たわっていますと、背後の席に陣取っている若い男性の3人組がUNOだかトランプだかに興じる嬌声がやたらと耳につき始めました。
人は、例え少数でも群れると周りが見えづらくなります。すでに他の人たちも就寝体勢に入っている中、彼らはまるで自分の部屋のように騒いでおり、わたしは、声の大ボリュームもさることながら、そういう傍若無人さに対してのイライラが、欽ちゃん仮装大賞の採点メーター並みにすごい勢いで上昇しました。
最も、一連の事件でわたしの精神状態が落ちていたという部分は差し引かねばなりませんが…それにしたってちっとうるさくねーか? ここは君たちの家じゃないよ? ま、それを云ったらまあわたしの家でもないし、家でもないところで寝ている件は棚上げですかとなるんだけどさあ…。でも、世間一般的には「神経質すぎるんじゃないの〜?」のひと言で一蹴される話なのかしら、こういうの。
この後わたしは、2時間くらいにわたってこの騒音とひっそり惨めに格闘することになります。前回の冒頭に書いたとおり、やんわりとボリュームダウンをお願いしてみましたが、すぐに元に戻るというありさまで、かかる後は仕方なく、ひたすら指で耳を塞いで、眠気が訪れてくれるのを待つのみでした。

…それでもいつしか眠っていたようで、目を開けると、周りには1人しかおらず、わたしを悩ませたUNO軍団の姿も跡形なく消えていました。時計を見ると、5時過ぎでした。
空港は暖房がよく効いていて、寝袋の中にいたためにけっこうな汗をかきました。
このまま二度寝に突入したら、もう家に帰らずに出発までここにいて、成田空港観光でもするつもりでしたが、しっかり目が覚めてしまうと、冷静に「やっぱ、帰宅して出直そう」という結論になりました。6:14の電車に乗れば、8時前には家に到着できそうです。何よりも、シャワーを浴びて、汗と不運にまみれた体をきれいにしたい。
都内に戻る京成線の車内には、生まれたての太陽の光がいっぱいに差し込んでいました。自分が昔、長い旅に出た日の朝に見たのと同じ、燃えるようなオレンジ色。しかし、そのまぶしさも、今のわたしの中では虚しさに変換されていきます。
まさに今しがた旅先から帰った人のように、地元のいつもの通り道を戻っていると、誰にも訊かれちゃいないのに「違うの! まだ旅行には出ていないの!」と弁解して周りたくなりました。
双六における
“ふり出しに戻る”を、まさに自ら体現したというこの愚行! この旅行記も第2回の中盤なのにまだ自宅にいるなんて、いったいどういうことなんだっ!?
帰宅して真っ先に、着ていた服をすべて脱ぎ、洗濯機を回して、横になりました。数年前、大枚はたいて買ったマニフレックスのマットが、いつも以上の安心感を与えてくれるように思えました。

ZZZZZZZZ........(寝ました)

寝坊したらどうしようとビビリながら眠ったら、見事に空港で遅刻しそうになる夢を見ました。普段、あまりダイレクトに現実を反映する夢は見ないのですが…トラウマが深く刻まれたらしいです(涙)。
起きてまずやることは、メールで本日便ジェットスターの予約確認です。これはもうしつこいほどにやらなければなりません。
そうしたら、また穴が見つかりましたよ。受託手荷物が0kgのままになっているじゃないですか…。
昨日の予約の段階で、オプションで3990円という値段に今さら怯んでしまったのです。とにかく100円でも出費したくない今、キャリーケースで機内持ち込みにすればいいんだ!と思い立ってパッキングし直してみましたが、1週間以上の旅行ではちょっと無謀な極小容量でした…ぐぬぬ。それに、行きはよくても帰りが悲惨なことになりそうです。
敗北してオプションを申し込んだら、チケット代は90000円を超えました。カンタス国内便の振替だって保留中だし、これならもしかして、HISで教えてもらった17万円のカンタス便を買った方が、無駄が少なかったってこともありえるんじゃ!? ああ、間違いのツケはどこまでも、輪廻のように続くのか?
次の懸案は、国内便の使い道について。どの都市に振り替えてもそれなりの足は出ます。シドニーやメルボルンなどの主要都市だとお話にもならない高額になるし、当初の目的のエアーズロックだって400A$近くもの上乗せになります。最小限の出費で行けそうなのは、「タウンズビル」と「マッカイ」(ガンダムのアッガイみたいな名前ですね)…って、知らーーーん! しかも、ガイドブックを読む限り、わざわざ行くには決定打を欠くような場所です(失礼)。
もう一箇所、「コーブ」という町だけがわたしの興味を引きました。それは、アボリジニの居住地であるアーネムランドの主要都市であり、その地域で唯一、空港のある場所です。地図でいうとダーウィンの右隣あたりですかね。
ガイドブックはおろか、ネット上にもほとんど情報がないのですが、数少ない情報の中から、パーミッションが必要だの、宿泊施設が2軒しかない上に高いだのというマイナス点がすぐに浮上してきました。まあ、コーブだけなら許可証はいらないようだけど、ツアーなどで行く観光ポイントはその郊外ばかりです。
まあ、コーブという町には何もないとしても――秘境を常に夢見るわたしは、少々危険な(?)賭けに出たくもなるのですけどね。情報極少のアボリジニランドに上陸するという、ただそれだけでも心湧き立つものはあります。ましてこの紆余曲折の後では、「そこに行くために、必要な筋書きだったのか…?」などと大きく曲解したい誘惑に駆られます。と云いつつ、アボリジニのこと、よく知らないんだけど!

すべてを片付けて後顧の憂いなく出発したいところでしたが、結局、国内便の件だけは心が決まりませんでした。
それにしても、一体、今日という日は何だったのでしょう?
服は1枚残らず着替えて、何事もなかったようにもう一度家を出るけれど、冷静にみれば大変なマイナス(主に金銭的に)からのスタートです。今日家に戻って唯一よかったことと云えば、小室先生が出演している不定期番組「スナック喫茶エデン」の録画ができたことくらいじゃないですか!
旅のスタートはいつでも、お化けのような得体の知れない不安に取りつかれるものですが、それは常に不幸をシミュレーションする性質によるもので(そのわりに、遠い将来の不幸についてはまったく計算できていない愚か者です)、「とか云っても不幸なことはめったに起こらないはず…」という根拠のない自信が心の奥底に横たわってもいるのです。
だから、今回みたいに、本当に叩き落とされるとメンタルは脆くも崩れる。っていうか、このパターンはいくらなんでも想定していなかったしな! しかも、つまらなすぎてすべらない話変換もできない上に己のミスだから、救いようがない。

さすがに今回は、余裕に余裕を見て2時間半前に到着するように出ましたが、成田空港でチェックイン時間を確認したら、
20分ほど遅く間違えていました(正夢になるとこだった…)
昨日のシドニー便と同じ時間だと思い込んでいたのです…今日はケアンズに飛ぶんじゃないの! はあ、どんだけ不注意な人間なんでしょうか。でも、ギリギリ到着にしなかったおかげでなんとかフォローできたことを思うと、何事も、ミスすることを前提に時間設定をするべきなのかも…特にわたしみたいなだらしない人間は! だがしかし、だらしないからこそ“前もって到着”などという芸当ができないわけで!
ジェットスターのチェックインカウンターは長蛇の列になっており、遅々として進まないように見えました。さすがに今並んで待っている人間まで無碍に切ったりはしないだろうと思うのですが、昨日のことを鑑みると、機械のように正確にクローズドしそうな気もして、動悸が止まりません。

いざチェックインしてみると、フライトが1時間ほど遅延しているとのことでした。
え……っと、まあ今急いでないからいいけどさ、誰だって考えるよね、今のわたしの立場なら。
遅延がもし、昨日のことだったらって!!!
ただ、チェックインは定刻のまま締め切っていたので、仮に昨日のフライトが遅れていても、やっぱり容赦なかったんだろうか。出発が21時10分にずれたのに、20時にはもうゲートの前にいてくださいなんてアナウンスされたし…。おかげで、やっとのことでありついた食事も、お茶でかきこむ羽目になり、ほとんど味が分かりませんでした。どれだけ焦らせるんだよー!? LCCってみんなこういうものなの??
有り余った時間は、トイレにこもってスマホの充電に費やすこととなりました(←いつまでたっても、こういうセコさが治りません)。

そして、いよいよ、待ちに待った、昨夜わたしの目の前でカッさらわれた、搭乗のお時間がやって参りました。
ここは思わずむせび泣きそうになるべきなのかもしれませんが、冷静に考えてみるとやっぱりあまりにもバカバカしい出来事だったので、感動するのはやめておくことにしました。っていうか、まだここまで、
旅立ってもいないのかよわたしはっ!

やっと乗れたお(号泣)。

※今回のタイトルは、旅人の大先輩、ブルース・チャトウィンの著書から拝借しました。

(2012年11月10日 成田→ケアンズ)
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