旅先風信えくすとら「オーストラリア」


先風信えくすとらvol.19

 


 

**間違いだらけの海外旅行**


惨めすぎて消えたい。そんな気分にマスタードでもすり込むかのように、心臓をかきむしるように、すぐ後ろの男集団がUNOをしてはしゃいでいる。夜中の3時10分@成田空港。
きっと、早朝の便だから泊まり込んでいて、寝坊しないように必死で起きているんだろうけど、騒いでいるのは君らだけ。まあわたしの状況はやや特殊だとしても、みんなここで仮眠を取っているわけよ。
耳を指で塞いでみても、あんまり効果がない。「すみません、ボリューム下げてもらえます?」なるべく弱々しく、慇懃にお願いしてみる。逆ギレなんかはされなかったけれど、1分後には結局、元通り。
「お〜そう来ましたか」「その表情は、持ってるね?」ゲーム中の会話というのは何とも無個性で味気なく、聞き耳を立てて楽しむという行動の転換もままならない。耳を塞ぐ指が痛くて余計に眠れない。耳栓、持ってくればよかった…。

…何故わたしは今、こんなところで見知らぬ人々の嬌声に苛立ちながら、眠れぬ夜を過ごしているのだろう?
本当なら今は…とっくに寝ているはず。それも、飛行機の中で。
もはやうっかり忘れそうになるけれど、わたしは今、旅行に出ているのだ。出発したばかりなのだ。
普通は、ワクワクしていたり、高揚感に満ちあふれていたり、それと裏腹の甘酸っぱいような不安を感じていたりするもんじゃないの?

ここまで、ついさっきまで、わたしにしては、かなり順風満帆に事を進めていたと思う。ズボラかつマギワ人間のわたしにしては…。

年に一度、夏休みを取って10日弱の海外というのが働き始めてからの習慣のようになっていて、今年の旅行先はオーストラリア。選択の理由はたった1つ、ケアンズでの皆既日食を観るため。何ゆえ皆既日食にこだわるかというと、3年前、屋久島で観測するはずだった皆既日食が、雨で1ミリも見えなかったからです(古傷)。
ケアンズの日食情報は仕事の記事で紹介したことがあり、そのときはまるで他人事に感じていたけれど、いつだったか、旅友達と飲んでいて「向こうで合流するのも楽しそうだよねー」なんて話になって、いつもならギリギリまで旅行先を迷うところが、今年は早い段階からオーストラリア一択になっていました。
正直なところ、これまでオーストラリアは旅行先の候補に入ったことはありませんでした。オーストラリアとは、ワーホリか新婚旅行の行き先であり、よしんば行くとしても車やバイクで長期旅行とかでないともったいない、と思っていたのです。
そういう意味では、日食という必然(?)があることによって、視野になかったオーストラリアに行く機会が与えられたと云えるわけです。よくある、都合のいい解釈でいくと、
“呼ばれた”ってやつですか?
日食の日付はすでに分かっていますから、上司も後ずさりするほど早く、休みを申請しました。仕事の特性上、ある日突然爆弾が落ちてくるため、先手を打っておかなくては危ないのです。
結果的には運悪く、ものすごくスケジュールのむちゃくちゃな仕事がそこにかぶることになりましたが、半年以上も前からアピールしていた効果で、休みを侵害されることもなく、申し訳ないな、つーか絶対に恨まれるだろうなと思いつつも後の事は上司と後輩に託すことができました。
休みの申請に始まって、今回は万事そんな調子でわりと先手を取りながら、いつになく準備を塗り固めていました。
ルートはしばらく決めあぐねていたものの、シドニー→エアーズ・ロック→ケアンズというコースに落ち着き、エアーズ・ロックには安宿が1軒しかないというのでしっかり予約。万一レンタカーを借りて行動する場合に備えて、国際免許証まで取得。さらに、これは友人の手を借りましたが、日食当日もレンタカーをシェアできることになり、もはや己のバックパッカーとしてのアイデンティティ(笑)が覆りそうなほど周到に事を進めていたのです。

そして、出発当日。
いつものように、ギリギリまで作業に追われるであろうと予想していたら、仕事のスケジュールが1日ずれ、その日は台風の目のように静かでした。
パフォーマンスとしていちおう朝は誰よりも早く来て、電車のリミットまでは会社にいましたが、平和のうちに退社することができ、予定していた電車に乗って品川へ。
17:53の成田エクスプレス。これに乗れば、余裕とは云えないまでも間に合います。
わたしはホームで電車を待っていましたが、ふと「そうだ、特急券って中で買えるんだよね?」という思念が湧き、近くにいた駅員に尋ねました。
果たして、返ってきた答えは
「買えません」。
山手線に乗ってきたため、精算する場もなかったのです。え、じゃあどこで買えばいいんですか? と訊くと、みどりの窓口に行ってください、と云う。
みどりの窓口って……どこにあるんだっけ? 少なくともホームにはないよね??
時計を見ると、電車が来るまであと3分くらいしかありません。わたしは慌てて、というより若干パニックに陥りながらエスカレーターを駆け上がり、特急券を買いに行きました。
みどりの窓口は行列で鬱蒼としています。その場にへたりこみそうになりながらも隣の自動販売機になんとかありついたものの、53分の特急券は買えませんでした。

…次の電車。次の成田エクスプレスは……40分後。
これに乗るなら、次の成田行き総武線快速で行ってもあまり変わらないことに気づき、わたしはみみちくも特急券をケチることにしました。
プリントアウトしてきた予約表を読む限り、チェックイン時間にはなんとか、本当に一刻を争うけれど間に合うだろう…。ただし、1つのミスすらも許されない。何か1つでももたついたら、アウトだ。
のろのろと進む(ように思われる)電車の中でできることは何もなく、かと云って開き直って読書なんかする気にもなれず、電車を降りた瞬間からのシミュレーションをひたすら行っていました。
佐倉で後ろ4両の切り離しがあったときは、自分の居る車両が果たしてどちらなのかと不安になり、自分でも見苦しいほど焦ってしまいました。乗客に尋ねて一度は確証を得たにもかかわらず、やっぱり不安になってもう1つ前の車両に飛び移ったらそこはグリーン車…。電車が動き出した1分後くらいに車掌がやって来て、移動を命じられました(罰金にならなくてよかった…)。
そんなことがありつつ、いよいよ成田に近づいてきて、もう一度路線検索をかけてみると、1時間前に見た時間より、12分ほど到着時刻が遅れているではないですか!

今にも理性のタガが外れそうになるのを抑えながら、ひたすら成田空港第2ターミナル駅に着くのを待ちました。
麻薬でも打ったようにしつこくTwitterに焦りをつぶやき、到着直前に信号停止で止まったときはもう発狂寸前になり……。
ドアが開いた瞬間、人生最速レベルの勢いでエスカレーターを駆け上がりました。改札を出、パスポートチェックを受け、出発ロビー目指して一秒たりとも休まず走り続けました。
わたしが乗る予定のジェットスターのチェックインカウンターは、ターミナルの一番端です。声も出ないほど喉が乾き、荷物を引きずって走る足は折れそうでしたが、5分前を切ったあたりで無事(?)到着。
大急ぎで荷物を測ってもらい(珍しく8キロ少々と軽かった)、うっかり入れていたライターも手荷物に移し替え、8割方安堵したところで、カウンターの女性は云いました。

「お客様、残念ですが、もう乗れません。締切を過ぎていますので」

……え? e? 絵? 江?
何何何ナニ、どういうこと!?
だって今、荷物も計って、パスポートチェックも済ませたよね??

「で、でもこの予約表には30分前って書いてありますから…」
「それは国内線です」

わたしは、予約表をまじまじと見つめました。
30分前の表記は、東京→ゴールドコースト便ではなく、ゴールドコースト→シドニー便(つまり国内線)にかかっていました。

……何故? 何故、気がつかなかったんだろう???
そのすぐ下に、東京→ゴールドコースト便があり、しっかり60分前と書かれていました。
編集者として赤字を入れたい、
「乗る順番で掲載してください」という赤字を!!
いや、しかし…会社でも、時間の有り余る電車内でも、何度も見返したはずではなかったか?
…そうだ、電車に乗っているとき、気休めにwebチェックインだけでもしておくかとサイトにログインしたら、締め切られていた。まだ60分以上前なのに、何でだろうと不思議に思ったけれど、どうせ空港カウンターでチェックインするんだし、と大して気にもせず画面を閉じてしまった。そういうことだったのか…!!

「ど、どうしたらいいでしょうか…」
情けなくすがりつくわたしに対し、カウンターの女性は冷静すぎるほど冷静に、
「こちらではチェックイン業務しかしておりません。コールセンターにお電話してください」と、ペラペラの紙切れを差し出しました。と云ってもくれるわけではなく、メモりなさいということでした。
とにかく、カウンターにいた女性3人には取りつく島もなく、わたしの存在を極力視界に入れないようにしているのかと勘ぐりたくなるほどでした。

今、わたしにできることは、兎にも角にもコールセンターに電話すること。
ナビダイヤルの冗長なアナウンスにイライラしながら言語選択やオファーをプッシュするも、一向に繋がりません。「待ち時間は5分です」というアナウンスに何度も騙されながら、またかけ直す、その繰り返し。
繋がらない電話にしがみついている間に、わたしが乗るはずだったフライトは離陸しました。そりゃ遅れたわたしが悪いけど、離陸までに30分はあったわけで、何とか乗ることはできなかったのだろうか…?
電話は一向に繋がりません。知らぬ間にさらなる混線に陥ったらしく、待ち時間は10分に延び、あげくの果てに「ただいま、たいへん混み合っております」ときた。混み合ってるのは分かってるわい! フリーダイヤルではないので、いったいいくらかかったのだろう……。
時間を持て余して、思わず彼氏に電話をかけて起こったことをまくし立てると、爆笑していました。。。いつものわたしなら逆ギレしそうなところですが、あまりにも心が弱っていたため、話してくれる誰かがいるだけでもありがたく感じられました。

他の航空会社のカウンターも続々と閉まり、清掃の人たちがそこここで掃除をしていました。
あれ、成田って24時間空港じゃないんだっけ…? 最後のフライトが22時台になってるけど…。
どんどん人がいなくなり、コールセンターも繋がらない。電話の課金だけが虚しく増えていく状況に耐え切れなくなり、どうにもならないと分かっていながら、一縷の望みをかけて再びジェットスターのカウンターに向かいました。
「コールセンター、もう1時間近く繋がらないです」
「そう云われましても、こちらは何もできませんので」
だよねー!! というわけで、会話は10秒で終了しました。機械的とはまさにこういうことを云うのでしょうか。
わたしだって会社員だから分かるよ。こういうめんどくさい客はイヤだし、仕事の範囲外のこと云われても困るしね…でも、この打ちのめされるような気持ちはいかんともしがたい。

再びコールセンターにかけ続けるという仕事に戻りました。
すると、「折り返しサービス」なるものが音声案内されました。
こんだけ繋がらないのに折り返しとかありえるのかよ?!と思いっきり不信感を抱きつつも、ダメ元でいちおう利用。電話を切って、またコールセンターにかけます。
無人の出発ゲートで電話をかけ続けていると精神に異常をきたしそうだったので、1階下のベンチへ移動しました。すると、ジェットスターからの折り返しが!!
わらをも掴むとはまさにこのこと、わたしは電話を必要以上に握りしめて事情を話し、返金はないとしてもせめて変更はできないものかと尋ねました。
答えは無情にもNO。…うん、きっとそうだと思ったけどね。他よりは安い航空券だし、さっきのカウンターでのやり取りからしても、温情の余地はないんだろうね。
しかし、せっかく繋がった蜘蛛の糸をこのまま切る気がせず、明日の便は空いているのかを訊きました。それは何とか空いていましたが、シドニー便はそもそも1便しかなく、今夜と同じ出発時間です。それでは明後日のエアーズ・ロック行きフライトに間に合いません。
何が困っているって、まずはそれでした。もう次のフライトを取ってしまっていること。
今、最善の策は、明日中にシドニーに着くことです。正直、シドニー便なんて他社でいくらでも扱っているだろうと軽く考え、ジェットスター便の空席はスルーしました。だいたい、間に合わない便に乗ってもしょうがない。

電話を切り、次はネットで明日のシドニー便を、フライト検索カレンダーを使って闇雲に調べます。が、さすがに明日の便は直前すぎてアクセスすらできません。
HISのサイトでまごまごしていると、カレンダーの下にある、東京デスクの電話番号が目に入りました。受付23時まで。こ れ だ……! 急ぎのときは人と直接話すに限る!
電話に出た担当の男性はとても話しやすい人で、わたしのドアホすぎる状況を分かってくれて無碍に断ることもせず、「ちょっとお待ち下さいね」とあれこれ調べてくれました。今後、手配関係は全部HISで頼もうと考えるくらい、その対応は素晴らしく、身に沁みました。
しかしながら、そんな素敵なNさん(お名前)にもできることとできないことがあります(そりゃそうだ)。明日の便、しかも明後日早朝までに着という無茶すぎる相談にも果敢に立ち向かって下さいましたが、結果、カンタス航空の夜便だけが空席アリで、翌朝のエアーズ・ロック便に間に合うことが分かり、そのお値段は、諸々込みで何と17万円弱でした。

この際、10万くらいなら出してもいいという覚悟は見事に玉砕しました。MILKの服を惜しげもなく買うわたしでも、おいそれと出せる値段ではありません。しかも、すでにジェットスターの航空券=63000円を失っているのです。
わたしは次なる岐路に立たされました。すなわち、この航空券を買う。もしくは、エアーズ・ロックを諦めてケアンズへ行く。……やっぱ後者か。現実的に考えて。
エアーズ・ロック便はカンタス航空の国内線です。英語のサイトを今の精神状態で読みこなすのはかなり辛いけれど、もう時間がありません。電子辞書を片手に四苦八苦して読んだ結果、どうやらわたしの取ったチケットは1年オープンで、返金キャンセルはできないが振替はきくようでした。手数料が60A$ほど発生しますが、そ、それでも首の皮1枚繋がったってやつ??
どの道、明後日のフライトに乗れないのなら、いったんキャンセルするしかない。そして次に、ケアンズ便の手配。エアーズ・ロックに行かない以上、シドニーに入る理由はもうないのです。
気分的に、ジェットスターという選択は避けたいところでしたが、他社便が安いとも思えないのでとりあえず席を調べてみたら、空いていました。但し、荷物オプションを省いても8万6千円かかります。翌日はさらに値上がりしていました。

…これを放棄するとしたら、後はもう、旅をやめるしかないだろうな…。
本当は、やめるべきなのかも? こんな、小学生でもやらないような自業自得のミスをしでかした。そのペナルティはもちろん、返金なしという形でしっかり課されているわけですが、もっと広義の罰として、或いは警告として、今回の旅は許されないのかもしれない。仕事の佳境時に休みを取ったことに対して呪いがかかっているのか? 送り出してくれた上司や後輩の顔を思い出すと、そういうふうにだけは考えたくないけれど…。

わたしはケアンズ便を買いました。
それに伴い、シドニーとエアーズ・ロックの宿にキャンセルメールを入れましたが、返金は、おそらくもうできないでしょう。
面白いように体からお金が流れて行く。強盗に殴られたとき頭から流れた血のように…。ドミノ倒しのようにすべてが崩れていく。予約なんてするタイプの旅人じゃないのに、何もかもオンラインで押さえて、ラクすぎるだろ!と思ってたんだよ(笑)。それが、完全に裏目に出るとも知らないでさ。
もうグダグダもいいところだけれど……仮に旅をやめて、休みも返上して、それが何になるだろう。どっちに行ったって気持ちは収まらないなら、やけくそ以外の何ものでもなくても、後でカードの請求書を見てひっくり返ることになったとしても、行った方がマシだよ…ね?!
1000円単位の出費には激しく過敏になるのに、大きな金額になると奇妙なほど麻痺してくる自分の歪んだ金銭感覚が、旅を進ませるために、今だけは吉と出るのでしょうか。

(2012年11月9日 成田空港第2ターミナル)
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