旅先風信えくすとら「ブータン」


先風信えくすとらvol.17

 


 

**二つの王国**


まあ、いつもわたしの旅行はその国のダイジェスト版みたいなもんですが。それにしても今回は早かった…少なくとも、早く感じられました。
その昔、ヨーロッパでは節約のためにすごい勢いで移動していたわけで、あの頃はひとつの国にそれこそ1日、2日なんてこともあったから、5日も滞在できれば充分という気もするんですけどね。
ただ、当時と違うのは、今の旅は<日本><旅><日本>という構図になっていること。<旅><旅><旅>だった頃には感じなかった、“あっという間に終わる”という感覚が、常に旅を支配している。

見事なほど旅立ちにふさわしい、快晴の朝でした。
村を見渡せる食堂でゆっくりと朝食を摂り、最後の行程である西岡チョルテン(塔)に向かいます。
西岡京治さんという人を、わたしはブータンに来るまで知りませんでした。JICAから派遣され、ブータンに日本式農業を広め、ダショーという爵位を受け、最期はここに骨を埋めた日本人。
丘の上にひっそりと、しかし堂々と清清しく建つチョルテンの姿は、つい先日まで西岡さんを知らなかったわたしのような人間の涙腺をも、捻るに充分でした。
この辺境の地で、異国の人々の尊敬を集めるような働きをした日本人がいるという事実。リトアニアで杉原千畝を知ったときも思ったけれど、日本で知られるべき日本人や、日本の働きというのは想像よりはるかにたくさんあるのだろうと思います。
気ままな旅人のわたしは、いつだってただの客です。だけど彼らはそうじゃない、旅人が踏み込むことのない領域で、旅人よりもずっとユニークでフロンティアな係わり方をしていて、そういう人たちが実際に国と国とをつないでいるのですよね。

西岡チョルテン。前にいるのは、5日間お世話になったガイドのUさん。グラサンが渋い。

ガイドさん&ドライバーさんたちに空港まで見送られて、いよいよブータンともお別れです。
空港の税関をくぐったとき、伝統的な装飾が施された内装と民族衣装を着た3人の税務官を見て、おとぎの国にでも来たのかと思ったけな…。
こうしてブータンを後にする今、その印象は実際に、ある程度当たっていたように思います。
それは、単純に童話っぽいというよりも、もっと大人向きのおとぎ話。つまり、アナログな外見に、先進的なマインドを備えたニュータイプっぽい国だったというのが、わたしの中の総括です。
斬新ではあるけれども、むしろこの21世紀においてアナログを保つためには先進的な考えを採用せねばならないのでしょう。ゆるやかに、取捨選択しながらの発展は、もしかすると世界的にも前例のないことなのかもしれません。
ツーリズムの規制、景観保護のための建築規制、森林を守るための規制…こう書くと、何だかがんじがらめのような印象を与えてしまうけれど、こういうことはある程度、トップダウンで半強制的にやらなければ、なし崩しになってしまうのでしょうね。
そしてそれは、この規模の国だからこそできるのだと思います。世界から見れば日本も小さいけれど、ブータンの小ささはそれ以上。これくらい小回りがきけば、1人1人の存在意義や、享受できるものもそれなりに重みがありそうです。
ガイドさんも云っていました。「ブータンは小さい国だからそれができるけれど、もっと大きな国だったら分からない」と。
日本がそのままマネをすることは、できないとは云わないまでも困難ではあるでしょうねえ。だいたい、今さらアナログに戻れるでしょうか? ブータンにはもともと、ハードとしての先進国的要素は少なかった。だから、マインドというソフトをうまく取り込めたんじゃないかという気がするのです。…いや、先進国が回り道をしてたどり着こうとしている答えに、まったく別のアプローチで先にたどり着いたのかも知れませんが。

空港で、ストローバッグを実演販売する女性。見事に誘惑されてひとつ買いました(エリさんも)。

ヒマラヤ山脈を見渡せる贅沢なフライトを経て、4日ぶりにバンコクに帰ってきました。
エリさんは今晩、バンコクに住む友人の家に泊まるので、「じゃ、明日また空港で」と、待ち合わせの時間を決めようとしたら、帰りの便もバラバラなことが判明。お互い、日本便は同じだと思い込んでいたので、顔を見合わせて笑ってしまいました。
「じゃあ…また日本で(笑)」
いちおう2人旅なのに、現地集合、現地解散なんて随分ドライな感じもするけれど、旅を共にする友達との距離って、実はこれくらいがちょうどいいのかもしれません。最も、エリさんは旦那さんに「半年くらい会ってないんでしょ? 行く前に銀座でお茶とかしないの?」と云われたらしいですが(笑。何で銀座なのでしょう)。わたしは本来、ベタベタしようと思えばどこまでもベタベタできる依存心の強いタイプなので、少し突き放されるくらいの方が自分をキープできるような気がします。
一瞬の風のような寂しさを残しつつも、わたしは一人、バンコク市街へと足を進めました。

最後くらいはよかろう、と、本日の宿は、バンコクでいちばん高い建物・ホテルバイヨークスカイにしました。
パロ空港でエリさんに「宿取ってないなら、agodaで予約すれば? いいホテルでもかなり安く出てるよ」と教えられ、調べてみるとどうやら6000円くらいで泊まれることが判明し、その場でオンライン予約を入れました。
いや、なんかすげえなあ。今はこうやって、数時間後の宿をネットで予約する時代なのね。旅の経験はそれなりにあるはずなのに、どうも旅の技術がアナログっつうか(苦笑)下手なまま、あんまり進歩していないな…。
その手際に感心するわたしに、「わたしたち、大人になったんだよ」と云ったエリさんの声が、頭の中で反芻します。旅の技術を磨きたいという欲はそんなにないにしても、昔のように時間が無限にあるわけでなく、効率は重要だし、快適さもある程度求めてはいる。それが旅人として大人になるってことなのかな…というか、旅人もいずれ大人にならざるを得ないってことなのか。

バンコクの空を貫くように建つバイヨークスカイ(※写真は翌朝撮りました)。

うれしくなるような、しかし一人だと悲しくもなるような広い部屋。

ホテルにチェックインする頃には、すっかり夕方になっていました。
明日は昼イチの便だけど、そうそうゆっくりもしていられないしな…と思い、旅の最後の熱気を吸収すべく、特に目的もないまま外出しました。
バイヨークの下には、プラトゥーナム市場から続く屋台が隙間なく並んでいて、天空の国のようなブータンから戻ると、ああ、なんという俗界ぶり。この通りの屋台だけで、首都ティンプーで売られている物の総量に達するのではと思うくらいの、物質の洪水。まさに、“死ぬほど”売られていると表現するのがふさわしい。
夜になっても人と光と交通の勢いは衰えず、伊勢丹の前の広場ではタイのアイドルたちがチャリティ野外ライブを開いており、ショッピングセンターは相変わらず冷蔵庫のような冷房の効き具合で、そんな近代的建物群の周りを屋台が取り囲んで、路上で半裸で眠る人たちもいて…ああ、なんて素直な街なんだろう。分かりやすい欲望と発展に裏打ちされて、なんてこの街はエネルギッシュなんだろう。
その猥雑きわまりない風景の中に身を浸していると、桃源郷で感じるのとはまた違う、不思議な安らぎを覚えます。静けさや穏やかさとは程遠いというのに、これはこれで落ち着くのです。多くの旅人がバンコクを愛する理由が、改めて分かるような気がしてきます。

野外ライブに登場したアイドルのみなさん(一部)。真ん中の子が、某ジャニーズの某二宮くんっぽいと思うのは、わたしだけでしょうか…。

屋台ではやや贅沢に感じられるシーフード・トム・ヤム。ビールも付けちゃうよ♪

翌朝、出発までのあまりに中途半端な時間をどう過ごそうかと思案し、THANNあたりで高級シャンプーを買ったり、マンゴーカフェでアイスを食べたりが関の山かねえ…とぼんやり考えていたら、たいへんなことを思い出してしまいました。
「わたしはバンコクでひとつ、重大なものを見忘れているではないか!」
それは、バンコクの高級ホテルの片隅に存在するという……大量の珍棒を祀るエリアです。
確かエリさんも行ったことあるって云ってたよな…えーと、名前は何だっけか…高級ホテルって確かデシュタニ・バンコクだったよね?
と、このよーに極めて曖昧な記憶を頼りに、ほぼ何も考えず、飛び出せ!青春とばかりに、意気揚々とデシュタニまでやって来たまではよかったのです。

着きましたの。

しかし、肝心の“そのエリア”の名前を、わたしは完全に失念していました。
慌ててネットに繋ごうとしますが、こんなときに限ってフリーのWi-Fiとか飛んでないのよね!
こうなったらアナログ戦法しかありません。もともとスマホ頼みの旅ではなかったし、痛くも痒くもない!
…と、いうわけで、ホテルの従業員や警備員を捕まえては、「子宝の神様が祀られている場所で…」だの「妊娠の神様」だの、挙句の果ては
「ペ、ペ●スのある場所です!」などと口走ってみるも、まるで通じんっ!! まあ最後のやつは通じなくてよかった気もするけど!!
言葉がダメならジェスチャーかイラストです。ジェスチャーは…ちょっと無理なので、うんうん悩んだ挙句、カッパドキアのキノコ岩のようなものが6本くらい群れになった絵を、ものすごいスピードで描き上げました。
もう恥ずかしがる年齢でもないけれど、さすがに異国の地で、自らチ●コの絵を描いて他人に見せるというのは、なんというか…
陵辱プレイではないのか…。
警備員は、困惑した表情で「知らん」と諦め発言をしました。どうやら、これが男根ということにも気づかれていない…? 日本では多分この絵だと思うんだけど、タイでは違う描き方なのか??

デシュタニの周りを、神経症の猿のようにうろつくこと30分あまり(怪しすぎる)…どこからどうアクセスしてもそれらしきものは見当たりませんでした。
こ、こうなったらもう、何としてもネットに繋いで日本語のサイトで調べるしかない。目の前まで来てすっぱり諦められるほど、わたしはサバサバした性格ではありません。
ホテルのWi-Fiが使えないため、泣く泣く近くのスタバに駆け込んで、カードを買いました。ああっ、こんなことならホテルの近くにあった「TOM TOM COFFEE」でゆっくりコーヒーを飲めばよかったあ!あそこはWi-Fiフリーって書いてあったんだよ!! でもつい急いじゃって、テイクアウトにしちゃったんだよお!!
余計な出費の上、ようやく繋がったネットで調べたところ…。

デシュタニじゃねえ!!!

そのエリア「チャオメートプティム」は、デシュタニバンコク内ではなく、スイソテル・ナイラートパーク・バンコク内だったのであります。
慌てて地図を開くと、スイソテルはサイアム・チットロンエリアにありました。こ、これはもしや…バイヨークから徒歩圏内だったのでは??
時計を見るともう11時を過ぎていました。チェックアウトまであと1時間足らず…しかし、ここタニヤからタクシーに乗れば間に合わない距離ではない。
1台目は「どこかわからん」と断られ(何でだ!?わたしの発音が悪いのか??)、すがるようにして2台目を捕獲し、人懐こいタクシーの運転手さんにタイ語で話しかけられ「マイカオチャイ(分かりません)」を連発しているうちに到着し、「チャオメートプティムはどこ?」と聞き回って、つ・い・に、たどり着きました!





いちおう(?)子宝祈願の場所なので、子どもの像も…(目が抜作先生)。

ハアハア…これです、これが見たかったんですよ…(泣)。
以前にネットで見た印象よりは小規模で、珍棒の数も少ない気がするのは、年々縮小傾向にあるのでしょうか。そして、そのことにちょっと物足りなさを感じてしまったわたしは、少なからず変態なのでしょうか。
ああああそれにしても、 珍棒ごときに振り回されまくった朝であったことよ!(珍棒に「オラオラ」と頬っぺたを叩かれているようなイメージ)
本当ならこんなに時間のかかる用事でもなかったはずで、余った時間はサイアムあたりで残ったバーツを使い果たすショッピングに励むつもりだったのに!
や、やっぱりわたしも旅人として大人にならなきゃ、ダメか。。。

今回はあくまでもブータンがメインで、バンコクの滞在は交通上の半強制的理由ではあったけれど、これはむしろ、あってよかったなと思います。
笑ってしまうほど対照的な二つの王国。バンコクの光と闇の強さ。例えば超近代的なビル群のすぐ脇に、ボロボロのスラムのような建物が並ぶ光景。ティンプー(ブータン)には、そんなコントラストはなくて、すべてが淡い春の陽光にでも包まれているようでした。
どちらがいい・悪いではなくて、どちらも世界を形づくっていて、その対比をわたしはうまく咀嚼しきれないけれど…。

…さて。帰国すると、ブータンの知名度が一気に上がっていました。
半年前くらいに、「今年はブータンに行くんですよ」と話しても今いち反応の薄かった会社の人たちが、すっかりブータンという名に馴染んでいるではありませんか。
若くて美形で好感度の高いロイヤルカップル、日本昔ばなしに出てくるような小さな山国の良きイメージ、それに何といっても幸福の国…ってなわけで、王様たちの訪問は大いに成功したもよう。
その後も、話題の国に行ったというのでわりと食いつきがよかったりするのが、少しばかりモヤモヤしてしまうけど(ブームってどこか欺瞞的だし…)、こうまでもてはやされるということは、ブータンに何かしらの夢を見たがっているのかな、と思います。もう疲れたし、勝ち負けとかどうでもいい、ゆっくり休みたい……なんていう声にもならない声が、ブータンのいいイメージに仮託されているのでしょうか。
ブームそのものにはあまり興味を持てなくても、その背景にある心情は興味深いですね。

「マンダラリゾート」の食堂から村を見下ろす。

(2011年11月) 
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