旅先風信えくすとら11「ロシア」


先風信えくすとらvol.11

 


 

**Sex and The PeterburG**


早朝のサンクトペテルブルグは、凍るような空気と真っ暗な空に覆われ、初めてやって来た旅人を畏怖させるのに充分でした。
モスクワに続く第2の大都市だけあって、高層ビルなどはないものの見るからに都会です。早速道に迷いそうになりながら、幼児以下のロシア語で道を訪ねながらユースホステルへと急ぎます。
何せ、昨夜の開放寝台では、下のベッドのおっちゃんのいびきが凄まじく、どうも熟睡できたとは云いがたい。。。とにかく荷物を置いて、しばし静けさに身を委ね、落ち着きたい。
いかめしいヨーロッパ建築の街並みは、夜(って本当は朝なんだが…)の闇の中で見ると軽く身震いがします。アカーキイ・アカーキエヴィッチの幽霊が現れ出てもおかしくない、幽界のような不気味な静けさ。幽霊は出ないまでも、アル中のおっさんとか出てきたらマジで怖いな…。
それにしても、あの『外套』という話は悲しいなんてもんじゃなかったな…と、ふと思い出します。ドラマチックな悲劇より、よほど胸に刺さるエグさ。あれを読むと、人の一生ってただの冗談なのかなと真剣に考えてしまいます。

目指す宿パペット・シアター・ホステルは、その名のとおり人形劇場の隣の雑居ビルにありました。
モスクワのユースもそうだったけれど、この、古い雑居ビルのエントランスと階段って、めちゃくちゃロシア的、東欧的な感じがあふれていてゾクゾクします(変態?)。ヤン・シュヴァンクマイエルの『悦楽共犯者』に出てくるアパートがまさにこんなふうで、ボロくて不気味でどこかメランコリック。年季の入りまくったエレベーターはもはやアンティークの域で、ちょっと乗るのが怖いです(笑)。
うれしいことに、客が少ないので4人ドミを1人で占領できることになりました。時間はまだ7時過ぎ。少し仮眠を取ることにします…。

さて、サンクトの観光は定番中の定番、ザ・教科書通り、何のひねりもなくあそこからスタートですよ。
エルミタージュ美術館。
ついにこれで、わたしも世界の4大美術館を制覇したことになるのですが、惜しむらくは、それが自分の人生にも、世界平和のためにも、クソの役にも立っていないということ。。。
まっ、それはさておきエルミタージュ、とにかく巨大ということで、1日を費やす覚悟で乗りこみました。
11月は観光シーズンではありませんが、さすがにエルミタージュは大盛況です。
有名な、謁見の間の大階段は残念ながら一部工事中でしたが、ロシア帝国の栄華を見せつけるオープニングとしては、これ以上ないほどふさわしい威風堂々、豪華絢爛ぶりです。
そこからはもう、めくるめく絵画と装飾の世界。ここには、ロシア絵画以外の美術品は、たいがい何でもあるのです。
イタリア、スペイン、ルーベンス、フランドル絵画、レンブラント、印象派、イスラム、中国……ロシアにありながら、ロシアの香りすらしないこのラインナップ!(笑)
ちなみに、ロシア絵画はモスクワの「トレチャコフ美術館」やサンクトの「ロシア美術館」にあるみたいです。
レンブラントあたりは、前の旅でたらふく見せていただいたので(ほとんど覚えてないけど☆)、何やら懐かしさすら覚えます。

 大階段。微妙におっさん入り。

ああしかし、巨大美術館の観光につきものの疲労と倦怠が、じわじわとわたしを侵し始めます。
最初のうちこそ、1枚1枚を丹念に観ていますが、だんだん足が速くなってくるんだよな(苦笑)。
順路的に中盤に差し掛かったあたりの18〜19世紀フランス絵画の間なんて、申しわけないくらいの秒殺素通り状態、それぞれはきっと、とても素晴らしい絵であり調度品であるのに、もはやチラ見すらしない(できない)ありさまです。罰当たりにも程があるな!
まあでも、それはわたしだけではない、誰もがそこは素通りしても、ラファエロ御大の超〜小さな絵『聖母子像』には人だかりができているんだから、正しい美術鑑賞っていったい何?! あの、
裏にかかっている絵もちゃんと見たげてくださいね!
わたしも含めて何ゆえ人は、これほどまでに名画をありがたがるのでしょう? そこに、自分の判断基準ってどこまで入っているのか、自分でも正直すごく疑問です。確かに、ラファエロの描く女性は優美だと思う。でも、この絵にラファエロという冠がついていなかったら素通りしている可能性は大いにありうる…。
まあ、神社仏閣と同じで見ると(拝むと)御利益があるとか、そういうノリでありがたいのかな(笑)。

絵の質量もさることながら、元・宮殿ゆえ内部装飾もすんごいことになっておりまして、キャビアとトリュフとフォアグラをわんこそば形式で食べているような、美味しいんだけどこの量は吐くだろ!! てなツラさを何度も味わいつつの鑑賞でした。
それでも、11時から17時まで、ほとんど休むことなくぶっ通しで観まくるわたしは、毎度ながら修行僧にも似た立派な求道精神の持ち主! 途中から半ば意識を失っていたけれども!
……まあ、初めてこの巨大美術館を、1回の訪問で全て堪能できるわけはないのですよ。
『地球の歩き方 ロシア編』は限られたページ数でよくまとめられていると思いますが、本当はオーディオガイドを借りるとか、せめて専用のガイドブックを買うとかしないと、もったいないんだろうなあ…多分わたしは今、とってももったいない観光の仕方をしているんだろうなあ…。この先、エルミタージュを再訪する確率は限りなくゼロに近いというのに!

 ハイライトのひとつ、「ラファエロの回廊」。

 絵画と装飾の嵐。

 マチスの「ダンス」。見覚えのある絵を見ると妙に安心する、矮小な心持の鑑賞者(苦笑)。

さて、このエルミタージュを創立したエカテリーナ2世は、ロシアの歴史上、わたしが唯一、少しばかりの知識を持っている人物でもあります。
初めて知ったのは10代の頃でしょうか、歴史上の女性偉人(悪女?)列伝みたいな本で紹介されていました。
他の女性たちもそれぞれ魅力的ではありましたが、エカテリーナ2世はスケールが違いすぎました。その後、もう少し年齢が行ってから池田理代子のマンガを読んで、うーんやっぱこの人は(いい意味で)怪物だなという認識を新たにしたのでした。
権力欲に取り憑かれた女性というのは、古今東西、あまたの数いたはずです。しかし、大半は我欲と直結した権力欲であり、そのためかどうか、多くはあまりよろしくない末路を辿ることになりました。国のために身を捧げるとか、国をこうしたいという確固たるビジョンを持って権力の座にいた女性となると、かなり限られてくるように思います。というか、政治のようなパワーゲームを、本当の意味で好きな女性というのは少ないんじゃないかしら…。
エカテリーナの凄さは、そこにあるのではないかと思うのです。しかも彼女はドイツ人。ロシアの血をその身に1滴も持たないにも係わらず、ロシアのために身を捧げたという事実だけでも、震えが来るような凄まじさです。
晩年は禁書令を出し自由主義改革者を抑圧したり、帝国主義の倣いとして民衆を搾取したりといった部分もありますが、歴代のロシア皇帝で“大帝(GREAT)”と呼ばれているのは、ピョートルとエカテリーナ2世の2人だけという点からも、政治家としては成功者の部類と云えるのではないでしょうか。

エルミタージュ内には、彼女の肖像画がいくつか飾られています。
伝記にも書いてありますが、エカテリーナは、いわゆる美人ではありません(池田理代子のマンガは美人すぎます)。
実際に肖像画を見ると、柔和そうなおばちゃんといった印象です。このおばちゃん(失礼)が、老いてなお、若い美青年の愛人をとっかえひっかえしていたというのですから(200人いたという伝説があるけれど本当は20人らしい…って、それでもすごいけど)、持てる権力の強大さを差し引いても驚くべき事実です。そういうキャリア系の女性と色気って、なかなか両立しないもんだとばかり思っていました…。
正直に云えば、ちょっぴりうらやましいではありませんか。自分の気に入った男性を、次々と愛人にできるなんて。
自分に無理やり引き寄せて考えるならば、北村一輝とチュート徳井とランビエールを年単位で愛人に出来るってわけでしょ(え、違う?)。単純に、うっとりしてしまうんですけど(笑)。

 エリカさまならぬ、エカテリーナさま。ってその2人じゃスケールが違いすぎますが。

でも、世の中的にはそういうことにうっとりしてはいけないのであって、先日「発言小町」(別名を時間泥棒)を見ていましたら、世間様の“浮気”に対する憎悪の凄まじさ、1人の異性と添い遂げること=絶対的正義とする思想の凄まじさに、何やら得体の知れぬ恐怖を覚えてしまいました。
「ダメだ、これを読み続けたら、結婚に大きな疑問と拒否反応を抱いてしまいかねない…」と慌ててウインドウを閉じたのでしたが、いや、なんというか…結婚っていうのはつまり、ものすごく厳密な所有の契約なんですかね。中世ヨーロッパで流行っていた貞操帯を思い出しました。
いやほら、なんかそのテの怒りのコメントを読んでいると、「わたしのもんだから、勝手に持っていくな!」と、なんつうか、旦那とか嫁とかっていうのがモノみたいに見えてくるんですよ。愛と所有ってまあリンクするものだけど、人の心はモノじゃないし、そもそも特定の人を所有するという感覚(表現が悪いですが)に、うっすらと違和感がある。
常識的に考えて、浮気が望ましいとはさすがにわたしも思わないけれども、愛というのは狭い鳥かごの中に入れて後生大事に所有しておくものなのか? なんかそれって違うんじゃ…と、ふと考えてしまうのでありました。どうしても結婚というものが、非常にクローズドなものに思えてならないのですが、そこが結婚のいいところでもあるのかしら…。結婚から生まれた生命のくせに、生意気を云ってすみません。しかも、自分がいわゆる浮気をされたり心変わりされたりしたら、その怒りが正当かどうかなんて関係なく、単に意地の悪い心持でせっせと復讐に励む可能性は高いです(苦笑)。
こんなことを単独でブログに書いたら要らぬバッシングを受けそうなので、旅行記にこっそり(?)混ぜてみました。そんなわたしでも、結婚にはいちおう、乙女らしい夢は見ているんです、えへっ☆

えらく脱線してしまいましたが、エカテリーナの話をしていたのでした。
さすがに大帝国の女帝ともなると、好色なんていう資質はスケールのデカさに紛れて、どうでもいいことのように思えてきます。最も、孫のニコライ1世には「玉座の上の娼婦」と皮肉られたようですけど…。すごいネーミングだな。
でも、よくある「愛人に権力を与えてしまう」ケースは、彼女にはほとんど当てはまらない。愛人と云えども使えないヤツは使えないとバッサリ割り切る冷徹さ! これって、できそうでなかなかできないと思うんですよね。
自分じゃさすがにここは目指せないけれど、女性のひとつの究極的な生き方として非常に興味深いものがあり、その名を聞くと無関心ではいられないのです。まあ、こんな女傑はめったにいるもんじゃないですが…。

1日目を、まるまるエルミタージュに費やして終了したので、翌日は改めてサンクトの他の見どころを…と思ったら、なんとほとんどの施設が水曜定休、つまり本日はお休みでやんの! 教会までお休みとは…。
そうか、本来ならエルミタージュ観光と逆転させるべきだったのか…。でもさあ、サンクトに着いたらすぐにエルミタージュに行ってしまうのが観光客の性ってもんでしょ?
ま、ほとんどの施設は入場料がかかるので、開いていたとしてもやめていた可能性はあるけど…。せめて、ユスポフ宮殿でラスプーチンの暗殺現場くらい見に行けばよかった…(見学時間が決まっているので、気が向いたら、というわけにはいかないのです)。
キジ島をあきらめることにしたから、お金に多少、余裕は出来たんだよね。
日本センターのかわいいおねえさん(ロシア人)に教えてもらった旅行会社で、キジ島のツアーについて聞いてみたところ、キジ島は冬季に入っており、オネガ湖はすでに凍結しているので船が出ていないという返答でした。ある程度、覚悟してはいましたが、やっぱりそうでしたか。
いつもなら、観光拠点となるペトロザヴォーツクまで行って薄い望みに賭けようという気持ちを捨てきれずに、悶々と結論を引き延ばすところですが、今回は懐に不安を抱えているので、わりと冷静にあきらめをつけたのです。
そのわりに、だったらマリインスキー劇場でバレエ鑑賞でも…と値段を聞きに行って、2000ルーブルという値段に怯み、いったん見送ってしまうケチくさいわたしなのでした。。。

 ライトアップされるマリインスキー劇場。

値段やなんやのチェックばかりで、歩き回ったわりには観光的にはあまり収穫のない1日でした。
モスクワほど大きくはないので、メトロを利用するほどでもないのですが、利用しないとしないでけっこうな距離を歩くことになり、なんとも難しいサイズ感です。そんでもって、寒い中(雪のぱらつく中!)歩くと、疲労の蓄積がすごい…。モスクワより数段厳しい寒さが、著しく体力を奪っていくようです。そりゃ、雪山で人が助からないわけだわ。
それでもまあ、多くの通行人で賑わい、きらびやかにライトアップされた建物が並ぶネフスキー大通りを歩きながら、途中で素敵な帽子屋を見つけたり、本屋に入って読めもしない本を物色したりしていると、何となくホッとするのは文明の申し子だからか。
そして、ユースのドミは本日も独占状態で、思う存分くつろげるのが大いなる救いです。
今夜は(も)つつましく、駅前のスーパーで買ったカニ味(!)のポテトチップスを夕食に、スターリン時代の旧ソ連を舞台にした米原万里の小説『オリガ・モリソヴナの反語法』を、満を持して読むことにします。懐は寂しいけれど、これは贅沢かも! ていうかちょっと引きこもりっぽいなわたし! 

※今回のタイトルは、写真に名前をつける際に、Sankt Peterburgと長くなるのが面倒でstpgと略したことに起因するもので、特に深い意味はありません。。。

※さらにおまけ
男性用貞操帯というものが存在していました。。。→こちら
女性用貞操帯。女性一人旅のレイプ防止グッズとしてもいいかもしれません。→こちら

(2010年11月17日 サンクトペテルブルグ) 
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